こちら「名も無き探偵事務所」
夕凪いず
日常に人匙の変化を
「名も無き探偵事務所」
それは、とある街にひっそりと存在していると言われる探偵事務所。本当に存在しているとされているものの、事務所についての噂が絶えない、不思議な事務所。正式な事務所名もあやふやとなっており、通り名としてこの名が広まっていると言う。
「速水君、そこの報告書取って!」
そんな謎多き探偵事務所に、探偵助手として働くこととなりました。
「えっと……これですか?」
机に広げられた資料の中から、それらしき書類を渡す。
「そうそう、いやぁ……僕探し物下手だからさ、速水君がやってくれると楽なんだよね」
と言いながら目の前で優雅にコーヒーを飲む人物を見つめる。
──彼の名前は
この「名も無き探偵事務所」の経営者であり私立探偵である。ついでを言うと、俺が探偵助手として働くこととなったきっかけを与えた人物でもある。
「君の名前は?」
「……
「速水君、うちで探偵助手やらない?」
ひょんなことから探偵助手(その後ろには見習いがつくのだが)にならないかとスカウトされ、とんとん拍子に事が進み、こうして彼の助手として働いている。説明を受けた時は、基本的には事務所の書類整理などが主な仕事と伝えられたが、初日に書類が見つからないと事務所中を隈なく探すなどと言う大捜索をする羽目になった。彼曰く、事務所掃除を引き受けてくれる人が現在出払っているのが原因だと言うが、未だその人物と顔を合わせたことは一度もない。ここまで来ると本当にいるのかを疑いつつある。
「瀬戸さん、書類整理くらいは自分でやってください」
「速水君の方が早いし綺麗になるもん」
「ほら、適材適所ってよく言うでしょ?」
などと言う瀬戸に、速水はため息を吐きながら言った。
「せめて机くらいは自分で掃除してください」
褒められているように聞こえるが、実のところ掃除を押し付けたいだけなので最低限は自分でするように伝える。
「うちの助手が冷たい……」
などと呟く瀬戸を無視して作業に戻る。時々、そんな子に育てた記憶はないなどと呟く声も聞こえるが、そもそも育てられた記憶はない。
「──お、依頼発見」
その声で書類をまとめていた手を一度止めて、顔を上げる。
「なんの依頼なんですか?」
頭の中で探偵によくありそうな依頼を考える。簡単に終わるものだと嬉しい。
「ストーカー退治……的な依頼?」
それを聞いた速水は、先ほどまで考えていた事の撤回の必要性を考える。明らかに簡単に終わるような依頼ではないなとため息を吐く。
「速水くん……この書類のコピー知らない?」
そんな速水の心情を知ってか知らぬか……そう言って瀬戸が見せて来たのは、速水が昨日から頑張ってファイリングした筈の書類で、瀬戸が使うと言うので1時間程前にコピーを渡したもの。
「……瀬戸さん、俺そのコピーいつ渡したか覚えてますか?」
「えっ、あ〜……に、2時間前?」
「俺、1時間前に、しっかりと、渡したと思うんですけど?」
1時間前と言うのを強調して伝えると、目を逸らしながら瀬戸がおどおどと口を開く。
「速水サン、モウイチマイダケデモモラエナイデショウカ」
「嫌ですよ。自分で探してください」
そう言うと、慌てて瀬戸は机の上に積まれた書類の中から探し始める。こうなるから書類を丁寧にファイリングした筈なのに、気づいたらこんな調子で書類の山が出来上がってしまうのは何故なのだろうか。
「依頼人さんが来る前に書類片付けますよ」
「速水くーん……手伝って?」
「俺まだやることあるんですからご自分でやってください」
そう言って積まれている書類を丁寧にファイリングしていく。瀬戸の方もコピーを見つけたようで、積まれた書類の分別をしていた。
────依頼人が事務所にやって来たのは、今から1時間後の話だった。
こちら「名も無き探偵事務所」 夕凪いず @yunagi_izu
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