第21話

 聖職者バラモンの矜恃がスンタヌを衝き動かしている。

 彼は操作盤の上で、操縦桿らしきものを握り締めた。

 そして体重の重みの分だけそれを下げると、そのまま固まってしまった。黒く焦げた身体から、白い骨が覗いてきた。溶け出した肉が足元に流れ、それがまた脂となり、さらに火勢を増した。

 しかし私はその熱を《視る》ことでしか感知できない。

 鱗に鎧われた身体でも、その熱に煮え始めていた。体内の血液が沸騰していきそうだったが、まだ冷静さすら保てた。

 だが長居は無用だ。発動機の唸りは更に増した。

 火神アグニの供物として奉げてくれん。

 私は槍をつがえ、熱の中心点を狙い、で放たれた矢のごとき速さと重さで放った。

 シアタがうずくまったまま、化鳥のような悲鳴を上げていた。

 太陽がその場所に堕ちてきたかのような光球が、灼熱の圧力を伴い膨張した。

 そして泡が弾けて割れたように、一気に拡散した。

 瞬時に、全てが溶解した。


 覚醒したときに自身が信じられなかった。

 しかし目覚めた。そのことは私を暗澹あんたんたる思いで噛み締めた。苦い鉄の味がした。

 そこは厚く堆積した砂地の懐であった。私は砂の重圧のなかで時節が到来したのを知った。砂を探り、両指が動くのに驚いた。両指である。左手が再生されて、在るのだ。

 まずは指先で掘り、手首で抉り、胸の上まで手繰り寄せるのに数日を要した。その間もぼろぼろと皮膚から剥離していくものがあった。

 手を自由に動かせる空間を掘り進めると、その剥がれていくものは、己が皮膚であることを知った。脱皮である。砂中のなかで脱皮と冬眠を繰り返し、右手すら再生し、春を感じて目覚めたのである。

 私は笑い声を上げた。

 人間が天界から追放される罪を負わせた蛇は、アーリア人には忌み嫌うべき生物である。しかしこの再生する力こそは、ドラヴィダ人の信仰を集めているのだ。

 私は泳ぐように砂を掻き、上半身を外界へと導いた。

 風の匂いを嗅ぎ、耳を澄ませた。

 用心のため内瞼をしたまま、眼を開いた。

 満天に星が吹き散らされていた。星座の位置で時節の移ろいを確信した。

 中天にかかる月は鋭利な刃物のような形をしていた。

 私は砂を払って、立ち上がった。

 そこはもうコト・ディジではなかった。

 寂寥せきりょうの砂漠のなかに、焼け焦げた石柱が林立する都市の残骸であった。私は軽い眩暈に悩まされながら、歩を進めた。

 市外の端には人家の様相がまだ残っていた。しかし痕跡に過ぎなかった。そわそわとぼろ布が、家屋の柱に巻きついて、風の音を拾っていた。その柱はむくろのなかから肋骨が顔を出しているような様相であった。

 誰何すいかしても返事が返りようもない、私は無言でその家に踏み込んだ。

 内部は砂に呑まれそうなほど流砂が堆積していた。

 外見から計るよりも、滅びは内部に篭もるようであった。

 私はそのなかから、頃合の丈の袈裟を見つけ出した。両肩を覆う道服は、私の鱗を衣の下に包み込んだ。

 幾分か、蛇紋の肌の広さが少なくなった気がする。人肌の部分には温かみが戻ってきた気がする。烈火傷を負ったこの身体を再生することで、スンタヌのいう毒抜きができたようだ。

 見覚えのある錫杖棍しゃくじょうこんが、砂地に突き立っていた。

 私を待っていたかのような姿で、僅かに右に傾いていた。

 錫杖棍を抜き取り、その軸をもって捻ってみた。その穂先に白刃がきらめいた。

 間違いない。

 私はそれを脇にたずさえた。石突きに付けられた三本の輪が、細い音色を届けた。

 何れに参るか、とも思った。

 私はどちらの民族にも属せない。

 この血の出自と、蛇の肉体が両者を阻む。

 緩い風の流れる荒野ばかりが目前に広がっていた。砂嵐が近いのかも知れぬ。

 道は己でつけるものだ、と一歩を踏み出した。

 ちりん、と細い音がそれにこたえた。


  了

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餓 王 化身篇 百舌 @mozu75ts

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