第20話

 騒ぎが起きていた。

 大声で何事かを呼ばう声が満ちていた。

 干し煉瓦貼りの床を踏み鳴らす足音は、あの大堂院から外に向かって逃げている。幾条も交差する足音の木霊が、その音量を上げていた。

 駆け回る僧たちや下僕が、狂騒状態で喚いていた。

 スンタヌは意を決した面持ちで、内部へ歩を進めた。彼の背にはこの都市の命運が背負わされているのだろう。

 堂内は火柱が立つような熱と光がこもっていた。

 甚だしい光量は、闇に慣れた眼を痛打した。私は瞼を閉じ、再び開いた。瞼の下にもうひとつの半透明な内瞼があり、眼球の痛みはやや和らいだ。

 堂内はすり鉢状に中心に向かうにつれ低くなっていた。

 その中心点には禍々しい塊が起重機の上に乗せられていた。

 大きさは小牛ほどで、これまで見たことのない金属でできていた。重砲を思わせる噴射口から、禍々しい熱波と波動を、中天を焦がす如き奔流を発していた。私の部隊をも焼き尽くしたヴィナマが、人智を超えたものだと認めた。

「なんだ。これは」

 スンタヌはこたえず、ただ嫌々とかぶりを振りながら震えていた。私は彼をその堂内に突き飛ばした。見る間にその肌に火ぶくれが起こり、水疱が生じた。

「どういう状況なのだ、これは」とさらに口調を変えず、私は訊ねた。

「最早・・圧縮崩壊へ向かっております。何とかこれを緊急停止させないと!」

 その答えは最早、悲鳴に近かった。

「あれでも小型の発動機なのか・・」

「はい・・・はい。姿勢制御用の補助発動機になります」

 私はさらに彼を蹴って、奥に追いやった。水疱が次々と花咲くように増殖していた。かっ、と彼の着用していた袈裟が発火した。

「待て」

 と背後で声がした。聞き覚えのある声音であった。

「シアタか」

「何をするつもりだ」

 声が熱波に掠れていた。シアタは片手を床に突き、もう一方で錫杖棍しゃくじょうこんもたれていた。そして息も絶え絶えのなかから、渾身の声を振り絞っていた。

「お前に問いがある。私のこの身体の化身アーヴァタールはどうしたのだ」

 と、自身で既に了解していることを訊いた。シアタに反撃の余地があるかを探るためであった。

「ランカのインドラよ。しかしランカすらひとつの輪に過ぎぬ。ランカも神人プルシャの知識の欠片を受け継いで護っていただけだ。母親からへその緒で血を分けてもらうようにな」

 シアタは何度も堂内への突入を試みていたらしい。肺の内部に熱気を吸い込んだ荒い呼吸と、まるで火箸を当てられたかのような、腫れた身体がそれを示していた。

 しかし彼のように熱さを知覚できる生物が、この内部に踏み込むことはできぬ。熱気を打ち消すほどの恐怖に支配された者か、己が生命すら俯瞰ふかんで見据える冷たい意思を持つ者のみが、それができる。

「お前にも聞き覚えがあろう。リシ人よ。あの神々と交わった混血の人々の蓄えた知識の一片が、まさにランカのシャリーラの如く、この街にも伝えられたのだ」

「この身体は元に戻せるのか」

「判らぬ。混ぜ合わせたものを戻せるか、それは墨と朱を混ぜたものから、純然たる朱を取り出せというようなものだ。あるいはその知識を持つ都市があるやもしれぬ。しかしそれはこのコト・ディジではない」

「充分だ。それが聞けたならな」

 私はスンタヌの顔先に、拾い上げた槍を突きつけた。

 槍の刃は、火箭かせんの炎を照り返して朱く輝いた。大火傷を負いそうな程の熱がその刃身にあり、私の右掌からも陽炎のような水煙があがった。

「操作はできるな」

 彼の皮膚は赤く焼けてきた。水疱は見る間に潰れ、その後から更なる水疱が現れている。意識はすでに忘我の果てに達しているようであった。

「この発動機の推力を最大にせよ」

 意味を為さない声を上げながら、彼はのろのろと壁に設えてある操作盤に向かった。

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