隣人をのぞくとき、隣人もまた俺をのぞいているのだ

池田大陸

第1話

 現在、俺には会社から帰って必ずやることがある。


 ――盗聴である。



 高校三年生の時、俺は卒業と同時にとある女性と結婚した。本当に彼女が好きだったし彼女もそうだったはずだ。しかしここから俺は大失敗をしてしまう。

 博愛主義とでもいうのかな。人を平等に愛するってのが俺の信念だ。ちなみに性欲が強いとも表現される。

 実は当時他にも好きな子がいて、その子のところにも頻繁に行き来したりして楽しんでいた。

 世間では浮気と呼ばれている行いだ。後に何度怒られたか分からない。

 まあ、当然のようにバレて色々あって嫁とは離婚。同棲予定の家は追い出された。


 今は会社員をやりつつアパートで一人暮らしをしている。

 過去の辛い経験から女はもういいや……となるはずもなく、いろんな女といろんな事をして楽しんでいた。

 過去の失敗から学び、特定の彼女は作らず遊ぶだけの生活だったハズだ。

 ……でもなんだろう?幸せなはずが時々襲ってくるこの虚しさは……。



 そんなある日、隣の部屋に1人の女子高生が越してきた。

 制服姿でこれがまたかわいい。

 とりあえず廊下ですれ違いざま笑顔で挨拶というチャレンジをしてみた。


「こんにちは!」

「あ、こ……こんにちは!」


 おおっ!初々しい反応!素晴らしいいいっエクセレントッ!俺の心は躍った。


「最近引っ越してきたの?僕、隣の部屋の北村です。よろしく~」


 馴れ馴れしく話しかけたので気持ち悪がられるかなーとか思ったけど、それはそれで全然オッケー。

 変態とかじゃないんだけど、実は女性に嫌われるのも結構好きだったりするのだ、フフ……。

 しばらくジーッと俺の顔を眺めるjk、そして笑顔で言った。


「よろしくお願いします!村上です」

「よろしく~」


 一旦それで会話は終わり、村上さんは隣の部屋へ入っていった。


 ――その時からもう俺の関心は隣の203号室のことしかなくなった。

 何かと暇さえあれば壁にへばりつくように聞き耳を立てた。わずかに聞こえる食器を洗う音、蛇口をひねる音でさえ俺に興奮を与えてくる。

 ……はい、変態だなーとは思ってますよ、ええ、でもその瞬間がたまらなく好きなんですよ。……フフ。


 ある日、隣の村上さんが作りすぎたというカレーを持ってきた。食べてくださいという、なんていい子なんだろう!更に嬉しいことにこうも言ってきた。


「あの、良かったら北村さんのこと色々聞かせてくれませんか?」

 と笑顔で言う。


 もちろん俺はドアの中へエスコートする。

「おーーーおっけおっけおっけ!さあっ、遠慮なくお入りください!」

 もはや狂喜乱舞である。


 村上さんは若干ためらう仕草を見せたが、

「はい、お邪魔します」

 と中に入ってきた。最高だ、しかしそれにしても積極的な子だなー。


 とりあえず俺は持ってきてくれたカレーを食い。食事が終わったという村上さんには家に置いてあったお菓子を出した。


「あ、そういえば聞きたいことがあるんでしょ?何でも言ってみなさい」

 俺は胸に拳を当てて言った。


「今ってどんなお仕事をしているんですか?」

「んー今やってるのは営業っていう仕事で、まあ要するに自分の会社の売り込みだね。こんな商品がありますよーどうですかーみたいな」

「大変ですか?」

「俺にとっては天職かな。人と話すの好きだし。今こうやって君と話してても楽しいし」


 というと、村上ちゃんはちょっと照れたようにうつむく。その姿がまた可愛すぎる。はあ……

 なるほどこの子もいずれ就職するかもしれないし先輩に色々聞きたかったのかな。


「あの、失礼かもしれませんけど今彼女さんとかいますか?」


 おおおおお!なんということでしょう!?

 この質問……この子もしかして俺に気があるのでは?――などと浅はかにも考えてしまいますが――、


『今の彼氏との付き合い方でアドバイスください!』


 っていうパターンもあるので注意が必要ですねえ!ええ……。


「んー、まあそれは……ノーコメントかな」とバツが悪いので適当にはぐらかす。

 すると意外にも少し憤慨したような大きめの声でこう返ってきた。


「答えて!」


 迫真の声だったのでちょっとびっくりした。しかし、村上ちゃんはハッとしたように、

「あ、ごめんなさい……」

 と、すぐにしおらしくなった。

「いや、気にしないでよ。っていうか……ぶっちゃけ彼女はいません」


「え?」


 すごく嬉しそうに顔を上げる。


「遊び友達(セフレ)はいるけどね」

「俺の職場は男が多いからそんな出会いもないし、女性といえば隣の201号室のおばちゃんぐらいだよ。常にサングラスにマスクに帽子で、あいさつも返してくれたことねーし」


 と笑いながら自重気味に答えてみる。村上ちゃんはどうすればいいかわからないような顔をしている。


「村上さん下の名前は?」

 俺はそろそろ聞いておきたかったので尋ねてみた。


「あ、私……涼子……っていいます」

「おっけー、じゃ涼子ちゃんは彼氏がいるのかな?」


 と言いながら立ち上がり涼子の隣に座る。

 警戒されるかも……、と思ったが意外にも動じていない様子だ。


「いないです」


 涼子はこちらをじっと見つめている。


「なろほど、でもまあいずれ絶対できるだろうし……ん??」


 ここまで言って何か違和感を感じた。


 んんんん!?



 引き続き涼子ちゃんの顔をガン見する。

 そして冷静になって考える。いや、しかしなんで?……。


「……あのさ、もしかして涼子ちゃん。君は……」


 そこまで言った時、涼子はスマホを取り出して誰かと通話し始めた。


「もういいよ、来てくれる?……うん、じゃ」


 これはもしや……冷や汗が俺の顔をつたう感じがした。涼子は小さな声で俺に言う。


「気づいた?



 コンコンとドアのノック音がする。玄関の方からだ。俺が動けないでいると涼子が出迎えに行った。


 俺はもう頭がいっぱいいっぱいだ。とりあえずこれから合う人物にひれ伏さないといけない気がする。



 俺の前に姿を現したのは、そう、さっき涼子に言ってた201号室の隣人だった。

 隣人は帽子とサングラス、そしてマスクを外して言った。


「久しぶりね」

「……真希か、18年以上?ぶりだな」


 村上真希、俺の元嫁の名前である。


「あんたと分かれてから妊娠が発覚したのよ。驚いた?」

「めっちゃ驚いた」


 そりゃね。


「単刀直入に言うけどここに来た目的は一つ。『3人家族で暮らしたい』それだけよ」

「さ……3人で!?」

「あんたのせいでそれができなかったのよね」

「は、はい。すいませんすいません」


 とりあえず謝る、これ大事。


「でも復縁するとなると心配なのがあなたの浮気だった。だから今のあなたの生活や恋愛事情を知っておきたかった」

「だから最初は私だけが201号室に住んであなたを観察してたの。幸い結婚も同棲もしてなかったようで安心したけど彼女がいるかまでは分からない」

「なるほど、それで涼子に調べさせようと……」

「それもあるけと涼子が、――娘があなたと会ってどう思うかの方が大事だと思った」

「あー」


 とりあえずあーとしか言えない。その時である涼子はハッキリと言い切った。


「私もお父さんとお母さんと一緒に暮らしたい!」


 そう言っている涼子の瞳は涙で潤んでいた。俺も思わず目頭が熱くなり、深々と土下座をして謝った。


「俺もそうしたいです」


 そのまま3人は寄り添うようにして言いたいことを言い合った。



 ん?浮気性と博愛主義はどうなったかって?もちろん俺自身の性格なんて変わらない。女友達ともたまーに合ったりする。


 ――でも、今の家族以上に大切なものが出来そうな予感は、……一向にないのだった。

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隣人をのぞくとき、隣人もまた俺をのぞいているのだ 池田大陸 @hand_man

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