三股男は彼女たちの秘密に気付かない

青樹空良

三股男は彼女たちの秘密に気付かない

「今日は楽しかったね。また来週会えるかな」


 デートの終わりに彼女の詩織しおりが言った。


「あー、ごめん。来週はちょっと」

「そっか。何か用事がある?」

「あ、ああ」


 残念そうにしゅんとする詩織に、俺は出来るだけさりげなく笑ってみせる。


「友達と遊ぶ約束してて」

「ちょっとさみしい。でも、友達も大事にしなきゃだもんね」

「そうそう。そうなんだって。たまには、な」

「って、今日だって結構久しぶりだよ。でも、大輝だいき君忙しいもんね。しょうがないよね」

「あ、あー。そうだったな」

「そうだよ。もっといっぱい会いたいのに」


 詩織がちょっぴり目に涙を溜めている。


「ごめんな」


 ちょっと重いと思うが、こういうしおらしいところも詩織の魅力だ。守りたくなる女の子というか。


「でも、またすぐ連絡はするから! 俺も楽しかったよ!」

「うん。あ、そっちの電車の方が先に来ちゃったね」

「じゃあ、またな」

「気を付けてね」

「詩織もな」


 俺は電車に乗り込む。

 詩織はまだ俺のことを見ている。

 ドアが閉まる。

 詩織が俺に手を振っている。

 俺も軽く手を振り返した。

 詩織はいつも、こうして最後まで俺のことを見送ってくれる。

 そういうところをすごく可愛いと思う。

 俺が思わず綻ばせてしまったせいか、詩織もにこっと笑ってくれた。

 電車が動き出す。名残は惜しいが、すぐに詩織の姿は見えなくなる。

 そして、俺はすぐにスマホを取り出した。

 さあ、次の約束だ。




 ◇ ◇ ◇




「お待たせー! 待ったー!?」


 改札を抜けて、活発そうな女の子が俺に向かって一直線に走ってくる。亜衣あいだ。


「遅っせーよ!」

「えー! どうせ大輝だって今来たばっかりなんでしょ?」

「バレたか」


 へへ、と俺は笑う。

 詩織と別れてから慌てて待ち合わせ場所に来たのだが、少し遅れてしまった。だが、待ち合わせの場所には亜衣の姿はまだ無かったのだ。仕方ない奴だ。

 俺も遅れているのだから人のことは言えないが。

 詩織だったら、絶対に先に来て待っていてくれる。

 だが。


「なにぼんやりしてるの? ほらほら、行こうよ!」


 亜衣が俺の手を取って走り出す。


「こ、こら。危ないだろ!」

「なに言ってんの。時間限られてるんだからさ! 楽しまないと」


 振り向いてにっこりと笑う。

 亜衣はこういう屈託の無いところがめちゃくちゃいい。

 がさつっぽくて女らしさというものが無いように見える亜衣だ。だが、手の柔らかさは完全に女の子で、そのギャップにやられる。


「今日はラウンドワン行く約束でしょ! へとへとになるまで付き合ってもらうんだからね」

「お手柔らかにな」


 俺は苦笑する。

 けれど、可愛い女の子と思いっ切り汗を流すのも悪くない。こういうのは詩織とは出来ないことだ。

 だから、どっちも捨てがたい。




 ◇ ◇ ◇




 そして、次の休日。


「あ、大輝さ~ん。こっち! こっちですよぅ!」


 今日は千奈ちなとの待ち合わせだ。

 千奈はどこか子犬みたいな感じの年下の女の子だ。妹系とでも言うべきか。


「ごめんな。ちょっと遅れたか?」

「大丈夫です。私、大輝さんのことだったらいつまでも待ってますよ」

「なんだそれ、忠犬か。千奈は偉いなー」

「えへへ~」


 あんまり子犬みたいで付いていないはずのしっぽまで見えてしまう気がして、俺は千奈の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「あー! 髪の毛ぼさぼさになっちゃいます!」


 千奈が頬を膨らませている。

 身長自体はそこまで低いわけじゃないのに、キャラのせいか小さく見えるから不思議だ。


「ごめんごめん」

「もう! 大輝さんてば! ……でも、なでなでされるのは嫌いじゃないです」


 一応謝っておくと、千奈は上目遣いに恥ずかしそうに微笑んだ。

 これは……、反則だ。


「全く、千奈は可愛いな」

「えへへー」


 千奈は再び見えないしっぽを振っている。


「じゃあ、行こうか」

「はい!」


 詩織はいつも隣を歩いているし、亜衣はすぐに前を走っていく。

 千奈は後ろから、ちょこちょことついてくる。

 女の子、と一括りにするけれどそれぞれが全然違ってみんな可愛いから困る。




 ◇ ◇ ◇




『今日は楽しかったよ。またどこか行こうな』


 と、これは千奈に送るメッセージだ。

 今日会っていない詩織や亜衣に送ったら大変なことだ。


「慎重に送らないとな。よし」


 いつも指さし確認で間違えないように細心の注意を込めてメッセージを送っている。

 モテる男は大変だ。


『私もです! また遊びましょうね!』


 千奈からの返事はすぐに帰ってきた。


『来週は会えるかな。今日は大輝君に会えなくてさみしかったよ』


 千奈に返事をしようとしたら、今度は詩織からだ。


『今なにしてる? あたしは筋トレ!』


 これは亜衣だ。

 さっそく返事を打とうとして。


「待て、慌てるな」


 俺は自分を戒める。

 慌てておかしな返事を送ったら怪しまれてしまう。

 本当に、モテる男はつらいもんだ。

 けれど、三人とも可愛いからいけない。誰か一人に決めるなんて俺には出来ない。

 みんな幸せならそれでいいじゃないか。

 俺はいそいそと、それでいて慎重に、それぞれのメッセージへの返事を打ち始めた。




 ◇ ◇ ◇




「あ、来た」


 私は大輝から送られてきたメッセージを見る。


『今度は動物園とかどう? 千奈、動物とか好きだろ』

「そうそう」


 私はスマホでメッセージを打ち込む。


『好き好き! 絶対行きましょう!』


 千奈はそういう設定だ。

 それから。


『来週は夜なら大丈夫だけどそれでもいい?』


 こっちは詩織に送られてきたメッセージだ。


『昼は用事あるの?』

『ちょっとね』

「って、千奈とデートでしょ」


 これは呟いただけで、もちろんメッセージには打たない。


『なら夜だけでも会えると嬉しいな』


 送信。


『俺は今、家でだらだらしてるとこ』

「お」


 今度は亜衣にメッセージだ。

 だらだらとしているんじゃなくて、女の子に送るメッセージを必死に考えているのを私は知っている。


『大輝もちょっとは鍛えなよ。今度また身体動かしに行こうね!』

『お手柔らかになw』

「よし、こんなもんかな」


 今頃、大輝はにやにやしながら三人からのメッセージを眺めているんだろう。モテる男はつらいなんて浸りながら喜んでいるに違いない。


「全部私とも知らないでね」


 そう。大輝が付き合っている女の子は全部私だ。

 メイクや服を変えただけで騙されるんだから、チョロいもんだ。私の演技力も大したものだと思うけど。


「この前、年上系の女を目で追ってたよね。今度は甘えさせてくれるお姉さんにでもなって近づいてみようかな……。先回りしないと、別の女に目移りされたら困るもんね、うん」


 今度はそっち系のメイクをマスターして服も揃えよう。そういうキャラも研究して、なりきってみせよう。


「絶対に浮気なんてさせないよ。大輝は私だけを見ていればいいんだから」


 その私が別人だと思われていてもいい。

 浮気性の大輝が好きになるのが全部私なら。


「大輝は私だけのものなんだから……」


 スマホの待ち受けに映る大輝の笑顔を見ながら、私は呟いた。

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三股男は彼女たちの秘密に気付かない 青樹空良 @aoki-akira

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