Karte.24 Amon
「過去も未来も意に違わず! 天国と地獄は紙一重! 色の無い深淵に間引かれようと、天秤止めるは我の鼓動! 光と闇が同居したこの楽園において
「どうした? いつもより演技に迫力が無いな」
「すみません」
「疲れてそうだし、今日はもう無理せずやめておくか」
「はい、ありがとうございます」
真実の劇団での稽古風景はいつもこんな感じらしい。
脚本から演出まで全てを仕切っている代表は八舞士郎という人間で、私は顔さえ合わせたことは無いが聞く所によるとかなりストイックらしい。
それでも、役者の体調やメンタルを察知してすぐに稽古は中断するという徹底ぶりだ。
演目のため、役者のため、無理はさせないということを信条にやっているのは良いことだ。
この日は稽古が終わったあと真実が家に来ることになっていた。
彼は実家暮らしだったため、とりあえずの間はそのまま私の家に転がり込む形で同棲を始めようという考えで落ち着いた。
研修の休憩時間になり、病棟内に軽めの飲食なら可能な職員専用休憩スペースがあるのだが、そこを自由に使っていいとのことだったので、自動販売機で飲み物を購入して休憩させてもらうことにした。
研修と言っても私ひとりだけだ。もうこの大学病院に新たに新設される精神科に配属されるまでの最終段階だ。
「休憩時間か……どうだ調子は?」
一人掛けのソファーを器用に並べ、横になって寝ていた人物がアイマスクを外して話しかけてきた。
その男が我生である。精神科が新設される前はここを寝床にしていたということになる。
「よくもまあ、こんな所で器用に寝ていられるわね。おかげさまで順調よ」
「そいつは良かった。真実とも順調か」
「相変わらず読めないけどね、信頼はしている。今日から私の家で同棲も始めるし……貴方は結婚しないの?」
「今のところメリットが無い」
「メリットって……」
私には理解の出来ない考えだった。そもそもメリットという言葉を引き合いに出して結婚をしないという選択はよくわからない。
「これだけ忙しいと、相手も困るだろうし付いてきてくれる人間がいるだろうか……」
「まあ、色んな意味で付いていける人間はいるかどうかって気がするわね」
「ん? どういうことだ?」
「なんでもないわ」
多分わからないだろうし、逆の言葉で論破されるのはわかっていたのであえて言葉を濁した。
「あ、実は明後日に東京に出張に行くことになった。担当医は幾らもいるからな。しばらくは変わってもらう」
「何でまた? 東京に出張なんて」
「良くわからんが、向こうの大きな病院からのスカウトらしい」
「すごいじゃない!!」
私は自分の事のように喜んだ。身内が東京の大きな病院からスカウトされたと知れば素直な反応であるが、彼は違った。
「いや、うるさいから行くが……恐らく断る」
「どうしてよ?」
我生らしいと言えば我生らしいのかもしれない。
「興味がない」
「そんな……大チャンスじゃない!」
「行って何になる?」
「実力を証明できる?」
「証明できるのは実績だけだ。もっと他に大切な理由が無きゃ、受ける意味がない」
「貴方にとって医者の目的は何なの?」
「単純だ。場所なんか関係無い。アスファルトだろうが無人島だろうが患者が居れば俺はメスを握る。この考え方に地位や名声なんてものは邪魔なだけだ」
彼はこういう考えであったことを忘れていた。大きな病院に行って出来なくなることが増えるなら、今の病院で一人でも多くの患者を救う。
この病院は大学病院だから大きいのだが、我生は地元の病院で好きに出来ている。
決してぬるま湯に浸かっているわけではなく、大きな病院に行って結果を残すということに捕われて、患者を救うという最大の目的を見失ってはいけないということを誰よりも心得ているのだ。
「恐れ入ったわ。患者を救うためという本来の目的を忘れている医者は多いのかもね」
「そういうことだ。邪魔したな。研修頑張れよ」
「あ、ありがとう」
振り返りもせず手だけで挨拶をしてそっと休憩スペースを出ていった。
まあ、助かる。研修ももう少しだし頑張ろうとそう思えた。
今日の研修は無事に終えて、自宅で真実を待つことにした。
あまり私は典型的な女子という考えは持ち合わせてはいないが、やはり同棲が始まるということにはなんだか少し嬉しい。
張り切ってご飯を作りながら待っていた。
稽古の帰り道に真実が遭遇した出来事にこの時は気付いてもいなかった。
――――――――――――
「荷物も準備したし、実花のところへ行くとするか」
……。
「確か、ここを曲がった先だったはず……」
「見つけたよ……真実」
「誰……ですか?」
「私は
「ジョーカーの使い?」
「そうさ……薬を渡してくれと頼まれた……イーヴィルという薬だ」
「なんかその名前大丈夫ですか?」
「君にしか頼めない……この薬を使って人間の邪悪な感情を集めて欲しい」
「邪悪な感情?」
「そう……その薬は君の能力を最大限に引き出せる……このソロモンの指輪も授けよう……この宝石部分に感情を吸い込ませてほしい」
「わかりました……やってみます」
――――――――――――
「実花! お待たせ」
「おかえり。今日から真実の家でもあるのよ。料理作ったから食べましょ」
私は何も知らずに受け入れた。
「荷物は後でいいや、お腹空いちゃったよ」
「近いから実家にすぐ戻れるとはいえ……それだけ?」
二泊三日程度の旅行にでも行くのかというくらいのキャリーケースだけだったのには驚いた。
彼は生粋のミニマリストではあるが、行き過ぎと思えるくらいシンプルなものだった。
「十分だろ。さっメシ、メシ! 何作ったの? 楽しみだなあ」
今思えば、ジョーカーという人物に洗脳されていたのではないだろうか……でなければこんな話に二つ返事で乗りはしない。
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