Chapter.Ⅳ 繋がる時間軸
Karte.18 VOICE
瑠璃羽がアビスと契約を交わして初めての朝。
夢の中なのかさえわからないような、現実との定義が曖昧になって、頭の中を浮遊しながら脳髄を突き刺すような声が響いた。
(また遅くなるのね……帰れるくせに家事やるのが嫌なだけでしょ)
(子供がいるって言うのに夜勤入れるなよ)
(一人にしてる自覚があるなら、少しは家事とか手伝ってほしいわ)
(また軽く見てるな……こいつには母性があるのか不安だ)
「う……うぅ……」
瑠璃羽はまるで悪夢に
両親の会話から聞こえる心の声だろう。
会話までは聞こえないが、心の声は一階と二階を隔てても聞こえてくるようだ。
瑠璃羽が想像で組み立てた会話の内容はこうである。
「今日も遅くなる」
(また遅くなるのね……帰れるくせに家事やるのが嫌なだけでしょ)
「あら、私も今日は夜勤よ」
(子供がいるって言うのに夜勤入れるなよ)
「ってことは、また瑠璃羽は一人か」
(一人にしてる自覚があるなら、偶には帰って来て少しは家事とか手伝ってほしいわ)
「あの子なら大丈夫よ」
(また軽く見てるな……こいつには母性があるのか不安だ)
内容からして強ち間違ってはいないだろう。
それに瑠璃羽は、両親に裏の顔があることは想定の範囲内であったため、若干朝から不快ではあるが、意外でも無ければショックでもなかった。
この状況において母親に顔を合わせるのは癇に障るが、夜勤まで一緒に家にいるのも面倒だし、学校が心底嫌いではなくなっているため、階段を降りて洗面台へと向かった。
「あら、瑠璃羽。おはよう」
「…………」
瑠璃羽は寝惚け眼で母親を見つめている。
「挨拶くらいしなさいよ」
(全くこの子は可愛くないわねぇ……)
そしてすぐさま眼光だけ母親を射抜く目で睨んで、右の口角を上げながらせせら笑った。
「……悪かったわね。可愛くなくて」
母親の表情がどんより曇った。
瑠璃羽は少しだけ意地悪をしてみたかったのだろう。
アビスも横で「あなた最高!!」と指差しながら嘲笑っていた。
そして用意を済ませて、少し早めに家を出ることにした。
とにかく家に居たくないという気持ちが強かったのだろう。
そして、瑠璃羽は統合失調症で感じた幻聴と比較するように、目をあちらこちらに動かしながら見渡して世間の声に耳を傾けている。
僅かながらに聞こえてくる声。
「ねぇ、アビス……心の声ってそもそも何??」
「ん?……どういうことかしら?」
「いや、人間なんて所詮は煩悩や雑念の塊じゃない? もっと幾つも折り重なって複雑に絡み合うほど聞こえてきても良いはず……正直、全て聞こえてきたら頭が爆発するんじゃないかと思ったけど、街を歩いている限りそうでもない」
「ふふっ……やっぱり見込んだだけの事はある……瑠璃羽は頭良いわね……初日でそこに気付くなんて……」
「全ての声が聞こえる訳では無いのね」
確かに人間の脳内というものは思っている以上に複雑で、形にすらなっていない言葉や何気なしに考えていることまで聞こえてきたら瑠璃羽の言っている通り、それこそ耳の痛くなるどころの騒ぎではないだろう。
「まあ……一言で言ってしまえば……聞こえる声は邪念よ……」
「邪念なんて……統合失調症のわたしには、一番聞きたくない声ね」
「そうね……つまりは負の感情……本来は人間が隠したがったり……隠すことを美徳として生きているような部分かしら……」
聞こえてくる声の正体は、本音と呼ばれるような怒りや恐怖や不安などの感情から、僻みや嫉妬など人間が声には出さないようにしているネガティブな部分だ。
そんな話をしながら歩いていると、他の生徒たちと出くわす場所まで来たため自然と会話は止まった。
(やっぱり瑠璃羽さん可愛いなあ……あんな子が彼女だったらなぁ)
(あぁ……学校行きたくねぇ)
(まじであの先生ムカつく……いつか絶対仕返ししてやる!)
(あ、転校生の子だ。ちょっと可愛いからって調子に乗りすぎよ!)
(親がお金持ちだからってお高く止まってる子だわ……)
通学途中に聞こえてくる自分のことや他人の愚痴のような声に、想定内……想定内……そう思い込んでやり過ごしていた。
(あっ、瑠璃羽ちゃんだ! 本当にあたしと仲良くしてくれるのかな……いや、でもここは勇気出して今日も声掛けよう!!)
「瑠璃羽ちゃーん! おはよう!」
「おは……よう」
背後から手を振りながら話しかけてきたのは、零花だった。
瑠璃羽は零花の意外な一面を知ることとなる。
積極的に話しかけてくれる子だと思っていたが零花は実は繊細で、仲良くしてくれるか不安に思っていたのだった。
「利己的な遺伝子の話、すごく興味深かったよ! また全部読んだら感想教えてね。」
「うん! わたしも聞いてくれる人たちばかりで嬉しかった」
(よかった。嫌われていないみたい……全然違う価値観の子だと思われていたらどうしようと思っていたから)
零花からは瑠璃羽に対する愚痴のような声は聞こえてはこない。
むしろ仲良く出来るかという不安のほうが強くて瑠璃羽は少し嬉しく思っていた。
(あぁ、いつ歩いても慣れない。今日は特に酷いし、人が無機質なマネキンみたいだ)
「あ、零花と瑠璃羽ちゃんおはよう」
「景どうしたの? 今日なんか元気なくない?」
(景が元気ない日ってあたしもなんか調子出ないのよね……)
どちらの心の声も聞こえている瑠璃羽は、迂闊に話しかけられず二人の会話をそっと聞いてみる。
「いや、今日は少し離人が酷くてね……」
(絶対理解なんてされないんだから、あまり話したって意味ないよ)
「そうなんだ。大丈夫?」
(いつも全然話してくれないけど、すごく心配なのよねぇ)
瑠璃羽は二人の会話を聞きながら、最良の選択肢を探っていた。
「おっ! なんか二人とも見つめ合っちゃって、恋が始まる感じ??」
明快が茶化すように会話に割り込んできた。
「また明快ってば!!」
明快の一声で自然と和んだことに安堵した瑠璃羽は、同時に不思議な感覚さえ芽生えた。
心の声なんて読めなくても、場の空気を変えてしまうような明快の楽観的なところ、そして何より明快の心の声が聞こえなかったのだ。
学校生活も何気なく過ごしてなんとか事なきを得た瑠璃羽だった。
「瑠璃羽……契約して初日の学校生活……どうだった?」
「なんかアビス楽しんでない?」
「……あら楽しいわよ」
「アビスに裏の顔は無いわね。体験してみてわかったけど、アンビバレンスみたいなものね」
瑠璃羽は飲み込みが早く頭も良い。
もう心の声の実態というものに気付いたかのように核心を突く。
「なるほど……両価性ってやつね……瑠璃羽が統合失調症を患っても……うまく操れてた理由がわかったわ……賢いのね」
「人は逆の感情を同時に持っていたりする。愛情を感じる一方で、相手に対してどこか憎しみを感じたり、食べたいけどダイエットのために食べないとか……正と負の感情は常に表裏一体で揺れ動いている。正の感情が表に出た時に負の感情がわたしの耳に聞こえてくるって構造かしら?」
「そこまで理解できれば上出来ね……もっと言えばその負の感情が暴走した状態が景くんの蒐めている悪魔なのよ……」
「ふぅん……面白くなってきたかも」
「瑠璃羽次第……さあどう動く?」
瑠璃羽は頭は良いが、意外と冒険的でスリルとリスクを求める性格なのだろう。
面白くなってきた……さあ未来はどう動く??
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます