Karte.15 ACTIVATE RESONATE
「今、説明したのが認知行動療法よ。景くんの場合、自分の症状をノートにまとめたり、自己分析する能力は持っている。だから、それをうまく治療に結び付けていけると思うわ」
「わかりました。かなり前向きな気持ちに持っていけそうです」
景には元々、自己分析する癖が付いている。
離人症性障害の場合、俯瞰して見る能力もあるので、意外と認知行動療法は合っているのかもしれない。
「もう一度簡単に説明すると、自身のストレスにまず気付くことよ。どのような状況で起きて、どのような感情が起きているのかを考える。そしてその感情が、行動にどう影響しているのかを探っていく。そして思考のクセに気付いたら、周囲や現実とのズレに注目して物事の見方を変えていくという感じね」
「すごくわかりやすいです」
「よかったわ。でも前に会った時より、すごく顔色が良い気がするけれど、何か心境の変化でもあったのかしら?」
「周りにすごく助けられているんだと思います。母親も友達も責めることもなく、みんな受け入れてくれるんです」
それ以上にきっと、ヴィランという薬が影響しているからだろう。
今後、副作用みたいなものが有るのかという得体の知れない感情を抱きながらの確信の笑みが、周囲には快方に向かっている表情のように見えているのかもしれない。
「周囲の理解はすごく大事よ。みんな良い人たちばかりで良かったわね」
景はヴィランのことは黙っておくことにした。
離人症性障害の症状は出てくるものの、それを楽観的かつ、整合性の取れた脳細胞の到達地点へと辿り着き、的確な視点で物事を見れるようになる。
でも、悪いことをしているという感覚が少しばかりあるのだろうか。
「何かあったら、電話してもらって構わないけれど、これからは1ヶ月おきに診察に来てもらえればいいわ」
「わかりました。ありがとうございます」
そう言って、景は診察室を後にした。
実花は次の患者を控えていた。
すると、一本電話が鳴った。
「はい。精神科です」
「こちら総合案内です。本日ご予約の山本様から、お電話が入ってますので繋ぎます」
「はい。お願いします」
内線より外線へと繋がった。
何度か来ているうつ病患者からの電話だ。
「はい、お電話変わりました精神科、天近です」
「山本です。今日の予約キャンセルでお願いします」
「どうされました?何かご事情でもありましたか?」
「実は…うつが治ったんです! なので病院にはもう行きません!」
首を傾げて眉をひそめながら実花の表情が曇った。
確かに声色からもすごく聡明なほど元気になっている様子が伺えた。
「どういうことかしら? 自己判断は危険なので、もう一度受診してもらえないかしら?」
「助けてくれたんです! メフィスト様が!」
「メフィスト様? 何を言っているのかしら?」
「失礼します!」
「あ、ちょっと、待って……」
患者から一方的に電話を切られてしまった。
咄嗟にパソコンから患者のデータを調べ始めた。
「山本さん……山本さん……あったわ!」
症状を今一度確認する実花であったが、確認してすぐに驚愕することになる。
「嘘よ……。治ったなんて……職場での陰湿なイジメやパワハラで、仕事復帰も難しかった患者さんじゃない……」
実花の心臓は自ずと高鳴った。
「メフィスト……か。嫌な予感がしないか?」
ハッとした瞬間、ソファーで寝ていた我生が口を開いた。
もはや日常すぎて、もうそちらにはもう驚きもしない。
「ええ……。真実の時と何か似ている気がするわね」
二年間に渡り、遷延性意識障害になっている実花の婚約者である真実との類似性を、お互いが感じていた。
その推測は当たってしまうのだ。
「確か…真実の時は、アモンと名乗っていたわね」
「悪魔としての見解では、アモンは召喚した者に過去と未来の知識を与え、人間同士の不和を招いたり逆に和解させたりできるという悪魔らしいが、今回はメフィストか」
「メフィストフェレスのことよね」
「実花でも聞いたことはあるか。恐らくファウストに登場するメフィストフェレスのことだろう」
「何となくは…メフィストはどんな悪魔なの?」
実花は自身の婚約者である真実との関連性を知りたいのもあって、感情として表には出さないものの心臓を抉り取られるような気持ちと、荒ぶることなく憂い帯びた気持ちが渦巻いていた。
「契約した者の望みを叶える代わりに、最後は魂を貰い受けるという誘惑の悪魔だ。ゲーテの原作では一応は救済されるが、作品によっては魂を奪われてしまうものもある」
「恐ろしいわね…真実のようになる前に止めないといけないわ」
「まだ確信は無いが…調べてみるか」
「ありがとう。過去にも人脈を上手く使って調べてくれてたわね。またお願いするわ、もう二度とあんな想いはしたくないから」
「わかった」
過去と未来が共鳴する。
繋がらないはずのもの、相反するモノ、両極に浮かぶ対なる存在でさえも重なってしまう恐ろしき世界を、あの時に抉じ開けてしまっていたのだ。
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