Karte.5 再生の朝
離人症性障害の朝はたまにおかしい。
起きたときに、ここにいたんだという感覚で目覚めることがある。
普通に普段生活している自宅なのだが、前日の記憶や夢などが影響しているのか、一瞬どこかわからなくなるような、かと言って初めて見る朝という言葉もしっくり来ない。
モニターに映し出されたような再生の朝と景は呼んでいた。
「今日も再生の朝だ」
違和感を覚えながら目覚めた朝、少し時間が経って実感する景色。
薄墨色のベッドに鈍色の枕、鼠色の掛布団、灰色の天井と見慣れた光景をひとつひとつ確認作業が行われていった。
友達には全部同じ色と言われるが、景にとってはどれも違う色に感じている。
そして、やっと今ここにいるという現実を受け入れていく。
朝ご飯の匂いがして、リビングへと向かった。
パンの匂いにまるで郷愁を誘うような気持ちになり、朝から謎に感じていた未知なる不安をかき消してくれた。
「景、おはよう」
「おはよう」
母親はいつものように笑顔で朝を迎えてくれる。
あまり時間も無かったので、景は朝ご飯を食べてすぐに着替えて出ることにした。
体感的には数分のはずが、違和感を消し去るのに思いの外、時間が経過していたようだ。
離人症性障害には、まあよくあることだった。
通学路を歩いていると、いつも挨拶してくるクラスメイトたちがいた。
「景、うぃーっす!!」
「明快おはよう!」
最初によく会うのは同じクラスの
明快は金髪に髪の毛を逆立てていて見た目も性格も不良少年といった感じで、景とは一見不釣り合いのような存在だが、親友と呼べる間柄だ。
小学生の頃に転向してきて、当時いじめられていた景を救ってくれたのが明快だった。
そこからずっと仲が良い。
明快は捻くれてはいるが、弱い者いじめは許さないというまっすぐな男だ。
「景、明快おはよう」
続いて、会うのは
黒髪セミロングの見た目は清楚で、ぱっちり目の可愛い系の女の子だ。
学年でもトップになるほど学力が高い。
「おはよう、零花」
「零花ちゃん、うぃーっす! 邪魔したら悪いからオレはいなくなるよ」
「おーい。そんなんじゃないって言ってるだろ!」
「本当に景と明快が仲良いのって周囲から見たら意外よね」
「そうかな? 小学生の頃から一緒だから、ぼく
は違和感無いなあ」
「明快がいなかったら、今より苦しかったかもしれないしね。ああ見えて、正義感はある男だよね」
「確かに、命の恩人だよ。そうだ、病院行ってきたけど話やすいし、ちゃんと話も聞いてくれる優しそうな人だね」
「そうでしょ?? 実花姉ちゃんはすごいよ。すごく優しいし、落ち込んでいる所を見たことがない」
何気ない会話に、景はいつも浮遊と着地を行き場なく漂いながら会話している。
聞いてないと思われることも多々あるが、それが離人症性障害の特徴でもあるのだった。
それでも必ず朝はやってくる。
毎日違うようで同じようなもので、疑わなければ何事もない景色。
同じ朝、見えている景色は同じでも見え方はそれぞれ違う。
離人症性障害の人間にしかわからない世界もある。
それが、景がこの先に見せていく世界。
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