karte.6 ファウスト

 最後の授業の終わりを知らせる予鈴の鐘の音が鳴った。


「終わったー! 今日は同好会の日だな」


「そうだね。図書室に行こう」


「あたしもこれ終わったら行くね」


 景と零花と明快は週に一度、読書同好会として活動している。


 図書室に集まって今読んでいる本や、面白かった本などを紹介しあっている。

 今日はその同好会の日だった。


「おまたせー」


「よし、みんな集まったな。まずオレから今読んでる本を紹介する。」


 こういうときは大体は明快が仕切ることが多い。


「俺は1日1ページ読むだけで身に付く日本の教養って本を読んでる」


「そのシリーズ好きね。前も世界の教養読んでたよね?」


「1日1ページと言わずに読み進めて、好きなところでやめられるから良いんだよ。小説とかはまだ手が出せないな」


 元々読書とは無縁だった明快は、まだ2人に本を進められて読み始めるような段階だった。


「あたしも相変わらずなんだけどね…面白いほどよくわかる他人の心理学って本を読んでる」


「零花は精神科医か心理学者を目指してるんだったね」


「そっ! だからついこういう本ばかり読んでしまうの」


「景は何読んでるの?」


「ぼくはファウストを読んでいる。ゲーテの戯曲で色んな人に翻訳されているんだけど、何度読み返してもわからない……でもなんか自分の今の感情にリンクしている所が多いから理解はしたいんだよね」


「聞いたことはあるな。面白そうだなとは思ってたから、読んだら感想聞かせてくれよ」


 こうして、今読んでいる本を持ち寄っては放課後に話し合っている。


 たまに雑談なんかをしたりもしているが、感想を言い合ったり、お互いの解釈を聞いたりするのを楽しんでいるようだ。


 読み終えて感想を話し合う次の機会までは、そんな長引くことなく少しの雑談などで終わる。


「そろそろ終わりにするか。また読み終えたら感想話し合おうぜ」


「そうだね。今日は解散!」


 こんな何気ない日々に人は特に何も思わない。


 雑談とか何気ないことなんて普通に過ぎて、すぐに忘れてしまう。


 正確には頭では覚えていて、また思い出したら話す。


 ただそれだけ。


 景の場合、なぜ僕はここにいるんだろうなどと考えてしまったりする。


 そして人と会話や行動を共にしているときにも、離人がたまに悪戯をする。


 会話に参加している当事者のはずなのに…


 一緒に遊んでいる仲間のはずなのに…


 その場に自分は居るはずなのに…


 突然やってくる孤独のような空間迷子。


 急にその場を俯瞰して見ているような感覚に囚われる。


 決して仲間外れにされていたり、会話の中に入れていないからでは無い。


 意識追いつかぬままに、急に切り替えられてしまう。


 まるで感情を見失った何者かに、脳内ネットワークを支配されて、無作為にニューロンとシナプスを分断されているかのような感覚になるのだった。



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