『獣臭いこの街で』

小田舵木

『獣臭いこの街で』

 くっせえケモノ臭がこの店を満たしている。

 当然だ。俺は今、博多でもなければ長浜でもない久留米ラーメンの店に居るのだから。

 豚骨ラーメンの源流。それが久留米ラーメン。

 現代化された博多や長浜と違い、未だに獣臭が強いラーメン。

 俺はコイツが好物だ。獣臭の中に濃厚な旨味がある。

 

 俺には連れが居て。相方は顔をしかめている。

 福岡の男だというのに情けない。お前もこの臭えラーメンの栄養で育ったんじゃなかと?

 

「なーに顔しかめてんだよ、石橋いしばし?」俺は相方に問いかける。石橋、久留米に多い名字だ。

「あん?」石橋は怪訝そうにこたえる。

「お前、この店入ってからずっと顔しかめてんじゃねえか」

「臭えんだよなあ」

「お前久留米んもんやろーもん」

「ラーメンが臭えなんて言ってねえだろ」

「んじゃあ?何が臭えってんだよ」

「微かに香水の匂いが残ってる。それが気になんだよ」

「香水だあ?中洲のねーちゃん達が仕事上がりに食っていったっちゃない?」ここは天神、今泉の辺りであり。中洲はほど近い。拙い推論でもないだろう。

「ねーちゃんの香水ではないな、コレ」

「男もんね?ホストでもおったっちゃろ?」

「ホストにしては趣味ん悪か」

「…ガキかよ?」

「ガキやろーね」

「ったく。最近はガキの天神に遊びに来るけん、タチの悪かあ」

「巣にこもってろってんだよ」

 

 ガキ。これは普通のハイティーンのガキどもを指す言葉ではない。

 この福岡の街、特に博多、天神エリアの周辺には住宅街…いやスラムが広がっている。

 かつてのブラジルのファベーラを思わせる高集積な掘っ建て小屋街。

 そこは当然治安が悪い。昔は小綺麗な住宅地であったが。

 

 この福岡の街は。古来より海外への玄関口であった。

 三韓征伐で有名な神功じんぐう皇后の伝説が残ってるくらいだ。

 だが。その立地は悪さをも引き寄せる。

 東アジアからの移民の受け皿になってしまった。

 それがこの街の発展の始まりであり、スラム街の形成の始まりでもあった。

 移民が流入すると、この街はパンク寸前まで人口が膨れ上がり。溢れた人は勝手に街の周囲に小屋を建て始めたのだ。

 そして。掘っ立て小屋街では、無秩序に子どもが産まれ。

 その子ども達は教育も受けずに、街を跋扈ばっこした。

 そんなもん。放っとけば火事が起こる。

 かくして。現状はありき。

 

 その移民街のガキは最近、こっちの『シマ』、街、天神エリアに『遊び』に来る。

 片手にお手製の『お菓子』を持って。

 『お菓子』ガキが密造しているクスリ。あらゆる薬物を混ぜ合わせた依存性の高いブツだ。

 

「そろそろボスの怒るやろうねえ」俺はラーメンをすすり終えると言う。

「だな。『大掃除』にかかるかも知らん」

「めんど臭かあ」

「とは言え。俺達の食い扶持を荒らされちゃあな」俺達も『お菓子』とは別の薬物をサバいてる。ガキどもと同じ穴のムジナだ。

「ガキば殺すと好かんちゃんねえ」

「それは俺もそうだが。どうせアイツら不法移民の子だ」

「人権はないってか?」

「税金ば収めんヤツは街を追われるったい」

「俺達も大して払ってなくね?」

「まあな」

 

 俺達は連れ立ってラーメン屋を後にする。店を出ても獣臭は追いかけてくる。

 とりあえずは家に帰って寝る。どうせ明日からは忙しい。

 

                  ◆

 

「街ばするぞ」部屋の奥に鎮座する我らがボスが言う。

「…掃除ですか」俺は応える。

「掃除だよ。最近はガキが多くていけん。『お菓子』なんぞ配り歩いてからに」

「お陰でこっちは商売上がったり」

「だなあ。古賀こが、最近売上が少な過ぎる」古賀、俺の名だ。これまた福岡、佐賀に多い名字。

「俺はガキば殺すと好かんとですが」

「俺だって好きじゃねえ。だが。殺して見せしめにせんと、いくらでもスラムから湧いてくるけん」

「あーあ。弱い者いじめはしたなか」

「弱い者だあ?古賀ぁ。ガキどもをナメ過ぎだ」

「ん?銃の類は持っとらんでしょ?」

「アホだな。クニから取り寄せてやがる」

「マジすか。キツイ掃除になりそうだなあ」

「ま、ウチらにも銃はある」

「街の中でぶっ放すのは勘弁願いたい」

「警察には俺から話をつけた」

「…カネかかったでしょ?」

「ああ。だから、年末のこの機会にやってこい。大掃除だ」

「へい…」

 

 ああ。面倒な話になっちまった。

 予想はしていたが。銃でドンパチやるなんて聞いてねえぞ。

 

 俺はアジトを後にする。アジトを出れば中洲川端の商店街が広がり。

 作戦を考えるついでに糖分を取ることにする。

 

 中洲の川の側にはぜんざい屋がある。それは、かつて日本一甘いぜんざいとして知られていたモノだ。

 俺は店の外の椅子に座りぜんざいをすする。

 

「銃ば持ったガキと喧嘩ねえ…」俺は呟き、頭を回転させる。

 ガキどもはどのレベルまで装備を整えているのだろうか?

 一応は。俺達のシマを荒らして稼いだカネがあるだろう。

 すると―まあまあの装備をしている可能性が高い。自動小銃くらいは出てくるのではなかろうか。AK−47のような。

 …ガチな戦いになりそうである。

 俺はぜんざいを啜りながら苦い顔をする。ボスめ。面倒な事をしてくれやがった。

 

「古賀?ついに言われたと?」石橋が現れる。

「言われたに決まっとろう」

「面倒くせえな」

「ああ。しかも銃撃ドンパチせなならん」

「死にたくねえな」

「まったくだ…なあ。石橋。ガキどもと交渉できんとね?」

「あのな。ガキどもは単一の集団じゃねえ。親の出身国で別れてる」

「…なあ?大掃除する意味あんのか?」

「ボスに聞かんね」

「聞けるか阿呆」

「まったくよ…んで。まあ、ガキどもとは交渉できんぞ」

「もしかして―言葉通じない系?」

「ザッツライ。学校教育受けてねえもん」

「…そして移民コミュニティあるしなあ。日本語なんてマイナー言語使う必要ない訳な」

「そそ。辛い仕事になるぞお」

「…あーあ。逃げてえなあ」

「俺達は。逃げれんぞ」

「ボスに首根っこ掴まれてるからな」

「さ。作戦考えっぞ…」

 

                  ◆

 

 学校教育を受けても阿呆な俺達は大した作戦を立案出来ず。

 結局は正攻法に頼る事にした。

 

 今は私鉄の駅の裏、警固けご公園に来ている。

 ここは今の福岡のクスリの取引の中心である。

 かつては公園の側に交番があったが、今はなくなってしまっている。

 

 夜の公園。行く宛のない人々が群れている。

 その中にはいろんな国籍の人が混じってる。アジア系もいればヨーロッパ系も居る。天神の周囲には海外のIT企業が多いのだ。

 

「さって。ガキば探さんといけんが」俺は喫煙所でタバコを吸いながら言う。

「んなモン。待ってれば勝手に寄ってくる。香水臭いガキがな」石橋は顔をしかめながら言う。

「…」

 

 公園をよくよく眺めてみれば。身なりの悪いガキが辺りをコソコソ這い回っている。

 公園に集まる人の中で『お菓子』を買ってくれそうな人を物色している。

 大胆な取引方法。だが。ここ、天神ではその程度の事見逃される。

 

「オニサン」背後から声がし。

「なんだい?少年」俺はその声に応える。

「アマイアマイ、キャンデ、タベナイ?」少年の顔は浅黒い。東南アジア系か?はたまたインド系か?

「甘さの程度に依るなあ」俺はクスリの詳細を尋ねる。

「バットトリップシナイ、シャブヨリアマイ」

「一つもらおうか」

「マイドアリ。ゲンキンデハラウ?バーコード?」

「現金で」まさかキャッシュレスにも対応してるのか?馬鹿じゃなかろうか?取引履歴の残る決済方法でブツをやり取りすれば。摘発の可能性は上がる。こりゃガキの浅知恵だな。

「ンジャア。コレ…ン?オキャクサン、オカネオオイ。チップ?」

「…チップじゃねえが。少し付き合ってくれないか?」

「…マアイイケド。ワタシノオシリキモチクナイ」

「ホモじゃねえよ。少し話に付き合って欲しいだけだ」

「ハナシ…ナニ?」

「ま、ここじゃ何だ。路地裏にでも行こうや」

 

 俺と石橋と『お菓子』売りの少年で。路地裏に入って。

 俺と石橋は『お菓子』売りの少年を囲む。

 

「オキャクサン。3Pナライッパイオカネチョウダイ」まだ、俺達をホモだと勘違いしてやがる。

「違う…そうじゃない。ちっとお前を痛めつけなならん」

「悪いが。覚悟してもらう」石橋は拳をボキボキ鳴らす。

「…テメエラ。アソコノシマノオッサンドモカ」『お菓子』売りの少年は顔つきを変える。獣のそれである。

「そうだ…邪魔しやがってからにっ」石橋が少年に殴りかかる。

 少年はひらりと身を躱して。構え直したのだが。その手にはジャックナイフ。

「タダジャヤラレナイ」

「2対1だぞ」俺は言う。

「モシ、ワタシコロシテモ。ナカマガオマエラヲコロス」

「それがお望みな訳。巣から出てきてもらう」そう言って俺は懐にしまったサイレンサー付きの拳銃を取り出す。そして。かの少年の頭を狙う。

「…ブガワルイ。イイヤ、ワタシコレマデ」少年は諦めた調子で言う。

「物分りの良いガキは好きだ」俺は引き金を引きながら言い。


 シュッという発砲音の後に。浅黒い少年の死体は転がる。

 石橋は。死体の側に近寄り、スーツの中に隠し持っていたナイフで死体を荒らす。

 俺は。スーツの胸ポケットにしまっていたカードを取り出す。

 そのカードには赤い鷹のシルエットが印刷されている。俺達の組織のシンボルだ。

 コイツを少年だった死体の口にくわえさせ。俺達は路地裏を後にする。

 

                  ◆

 

 ガキの死体はニュースになったが。

 今のところ音沙汰はない。ガキどもも警察もダンマリを決め込んでいる。

 そもそも。この街の警察機構は死んでいる。市民の安全なんか守っていない。金でいくらでもなびく。持っている市民しか守らない。

 

 俺と石橋は天ぷら定食の店で顔を突き合わせている。

 次々と揚げて、揚げたてを持ってくるスタイルの店。福岡特有の文化らしい。

 

「暇だな。古賀っち」

「暇だな。仕事した割りには」

「…あいつらには仲間意識がないんかね」

「と。言うよりは時間を稼いでいるような気がするね。武器でも整えているんだろ」俺は海老天を食べながら言う。

「面倒くせえなあ…手榴弾とか持ち出してこんやろか」

「…それされると。キツイなあ。アジトでも安心できんやん」

「俺達はそういう星の元に産まれちまった」

「俺達はどこで道を間違えたかね」

「あの組織に入っちまった日じゃない?」

「…まともな就職先があればなあ」俺達が就活していた頃は。まともな企業は求人を出していなかった。AIの台頭でサラリーマンはかなり職を追われた。その影響をモロに喰らったのが俺達の世代で。

「しょんなか。飯食えてるだけでも御の字たい」

「でも俺達は組織の鎖に繋がれたままだ」俺達の属するマフィアは。厳然とした規律で縛られており。抜ける事など不可能だ。要するに一生このままだ。いつ死ぬか分かったもんじゃない。もしかしたらガキどもに殺されるかも知れない。

「…自由になりてえな」石橋は言う。遠くを見つめ、キス天を食べながら。

「無理無理。俺達、何人ヒト殺したよ?」

「もう両手じゃ数え切れん」

「…血塗られた人生よ」

「こうやって飯が美味いのだけが救いかな」

「まったくだ」

 

 俺達は店を後にする。

 そして地下鉄で中州川端に帰り。アジトに顔を出す。

 

「掃除は進んどるね?」焼酎をかっ喰らうボスはく。

「進んでないです…音沙汰がないんですよね」

「今頃、爪ば研ぎよる」

「…勘弁してほしいっすね」

「よかろーもん?ただのガキば殺すと嫌っちゃろ?」

「かと言って。自動小銃掲げたガキに穴ボコにされるのも勘弁願いたい」

「そんなもんたい。クスリば売るっちゅう事は」

「好きでこの稼業に入った訳じゃない」

「ナマ言うな。拾ってやった恩ば忘れたと?」

「…忘れてないっす」

「なら。ガキば殺してこんね。武器はいくらでんある」

「ま。群れになってやってきたところを―」

 

 なんて。会話をしているアジトの。窓が急に割れて。

 手榴弾らしきものが投げ込まれる。

 俺とボスと石橋はそれを見た瞬間、アジトの出入り口までダッシュ。

 とりあえずはなんとかアジトを脱したが。俺らの背後でアジトが爆発した。

 

「…しょぼい手榴弾で助かった」ボスは燃えるアジトを見ながら言う。

「爆発までがやけに長かった」俺はゼイゼイ息をしながら言う。

「粗悪品掴まされとるったい」石橋は言う。うんざりしつつ。

「…ガキも苦労してるな」

 

                  ◆

 

 アジトの爆発に巻き込まれた俺とボスと石橋は。

 中洲から離れた武器庫に避難してきた。

 天神から少し離れた平尾の辺りである。ちなみにスラムの近く。

 

「お前ら。殺ってこんね」ボスは銃火器を弄り回しながら言う。

「つっても。どの辺のガキだか」俺は困る。

「…この間の『お菓子』持ってるか?古賀?」石橋は言う。

「…確かスーツのポケットに入っとる」俺はスーツを弄り。パケットにされた錠剤を石橋に見せる。

「…ううむ」と言いながら石橋は錠剤の匂いを嗅ぎ。

「何ぞ臭うか」

「臭うね…恐らくは東南アジア系じゃないかな」

「お前、鼻の良かねえ」

「ま、少ない特技の一つだ」

「東南アジアの何処だ、石橋?」ボスが訊く。

「ベトナム系な気がするなあ。ややパクチー臭い」

「ベトナム系ね…となるとだ。最悪な事に平尾だな」ボスは言う。

「最大のベトナム人街がある」福岡の発展の初期からこの街に住むベトナム人は。平尾に街を構えた。

「…仕事だ。野郎ども」

「ういっす…」

 

                  ◆

 

 俺達は。武器庫に避難した後。組織のありったけの人員を揃え。

 銃火器背負って、平尾のベトナム人街に繰り出す。

 さあ。大掃除の時間だ。

 俺らがアホやってる間にアイツらも武器は整えただろう。

 

                  ◆

 

 ベトナム人街に入った俺達。

 掃除の時間だぞと知らせる為に、銃を鳴らす。

 そこら辺に居た人たちはみな、逃げ惑う。

 

 その中に。目つきの鋭いガキどもが混じっており。

 銃撃線は始まるが。

 

 ああ。所詮は移民街の悪ガキどもなのである。

 銃撃戦には慣れていないらしい。

 最大火力を誇るのがAK−47とは。

 

 俺達には重装気味の銃火器があり。

 あっという間にガキの死体の山が出来た。

 ああ。獣臭い匂いがする。

 久留米の豚骨ラーメンと似たような匂いが。

 殺しているのは獣じゃないが。所詮はタンパク質で似たようなモノなのである。

 

 一時間後には。

 俺達は勝利していた。この平尾のスラムの悪ガキ共は制圧した。

 死骸の山を作った俺達は。

 この街を後にする―

 

                  ◆

 

 くっせえ獣臭が店を満たしている。

 銃撃戦を終えた我々はまたもや天神は今泉の久留米ラーメンの店に来ている。

 獣を狩ってきた我々と久留米ラーメン。どっちがより獣臭いだろうか?

 

「なあ。石橋」 

「あ?なんだあ。古賀」

「俺達は何時までこんな日々を過ごせば良いんだろうな」

「死ぬまでやない?今回のベトナム人街制圧で街のパワーバランスは崩れる。こりゃしばらく荒れるぞ」

「ったく。年末の大掃除で終わりじゃないのかよ」

「そううまく話はできてない」


 俺達は着丼したラーメンを啜る。

 獣臭い。だが、その奥には旨味がある…

 それは今のこの福岡の街を思わせる。

 俺達はこの獣臭くて、奥に旨味のあるこの街で生きていく他ない。

 足元には重たい鎖が付いている。

 それに対して俺はどう思うか?

 そういうものとしか形容できない。

 

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『獣臭いこの街で』 小田舵木 @odakajiki

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