第13話
朝焼けが綺麗だった。
神社の建物の下で一夜を過ごした。
祭りの後の神社はものすごく寂しさが
残った。
片付けられたテントが並んでいる。
お店はもちろんどこもしまっている。
人はどこにもいない。
景色がセピア色になった。
「何してんだよ。」
ジーパンとシャツにジャケットを着た
俺がいた。
猫のはずだと思っていた
もう1人の俺は、
病衣を着て立っている。
猫の名残があるのか、
首がかゆくなった。
首輪がないのに、鈴の音がした。
「は?」
俺は俺に聞く。
どっちが本物で、
どっちが偽物。
タイムスリップしてるのはどっちだ。
「なんで、ここにいるんだって。」
「なんでって言われても。」
「お前、死んでるんだぞ。」
「え?嘘だろ。」
昔流行った漫画の
筋肉マッスルの男のセリフにそっくりだ。
指で繰り返し攻撃された覚えがない。
「ここはお前の世界じゃない。
元に帰れ。」
もう1人の俺は後ろを振り返り、
肩越しに言う。
カッコつけてるのか。
「は?意味わからない。」
俺は、突然、後ろに引っ張られる
感覚になった。
ものすごい強い風が渦を作るように
吸い込んでいく。
巨大な扇風機があるようだった。
セピア色の神社の景色から
真っ白な空間にどんどんと
後ろ向きで吸い込まれた。
抵抗できない。
前に進もうにも進めない。
後ろを向くなってよく言うし、
前向きに考えるって。
後ろに引っ張れられてる。
無理。
後ろにしかいけないみたいだ。
どこかの誰かのアドバイスの
言うこと聞けないや。
俺の体はこんなに軽かったのか。
肉体じゃないから動きやすいのかも
しれない。
地面に体を叩きつけられた。
ここはどこだ。
いつも飛ばされる白い空間だろうか。
もうここに来るのも慣れてきた。
猫でいる時も
俺でいる時も
ここに来た。
自分の手を触った。
ゴツゴツして
手が乾燥している。
ハンドクリームなんて塗ったことないけど、
仕事で手をアルコール消毒することが多く、
油分が足りないのか。
体を確かめた。
猫じゃない。
確かに人間だ。
深呼吸をした。
トクントクンと確かに聞こえる鼓動。
手首の脈も測る。
生きてる。
血が流れている。
顎を触るとひげも生えている。
眉毛もボサボサになってきたが、ある。
髪の毛は切ってから3ヶ月は
経っているのだろう。
耳元に髪がかかってきた。
確か前は美容院じゃなくて
1000円カットでツーブロックに
してもらった気がした。
あの時、髪を切った帰りに
久しぶりに食べた牛丼は
美味しかったなと思い出す。
服が病衣からいつも着るお気に入りの
長そでグレーのワッフルニット、
黒いジーンズを履いていた。
結愛といつも映画に観にいく時に
オシャレ着だった。
映画、そういや最後に見たのは
何だったか。
新山監督の
「あなたはだれ?」だったかな。
新しく出たチョコレートポップコーンは
美味しかったかな。
あれ、俺、楽しいことしか思い出してない。
悲しかったことって何だっけ。
辛かったこと。
嫌だって思ってたことって。
何だかどうでも良くなった。
両手を広げて、
また深呼吸した。
白い空間が
山々と森に囲まれた
山頂に切り替わった。
大地に広がる雲海が
夕日に照らされて綺麗だった。
俺、なんで死にたいって思ったんだっけ。
大事なことってこういうことだったのか。
自然いっぱいに囲まれてると
なんでこんなに安心するんだろう。
実際に登ったわけじゃないけど、
何故か登った人に憑依したの感覚で
底知れない達成感があった。
もう一度深呼吸した。
空気が薄かったが、
酸素のありがたさを感じる。
俺は生きてるんだ。
夕日が少しずつ水平線に沈んでいく。
1日が終わっていく寂しさを感じた。
今度は黄色く眩しい光に包まれた。
目を開けていられない。
腕で目を隠した。
また別な世界に飛ばされた。
◇◇◇
小さな丸い核が次々と細胞分裂していく。
だんだんと人の形になる。
臍の緒をつけた赤ちゃんが
指をくわえていた。
母乳を飲む練習をしている。
母のお腹から帝王切開で生まれた。
おぎゃおぎゃと元気な産声を上げた。
「おめでとうございます!!
元気な男の子ですよ。」
「わぁ。」
汗を大量にかいた出産直後の母は
憔悴し切っていたが、
この上ない喜びを得ていた。
やっとうまれてくれた。
何時間もなかなか出てこない難産で
緊急帝王切開となっていた。
抱っこされる赤ちゃんはまだ目が見えない。
母の温もりで一瞬安心したようで
泣き止んだ。
病室の出入り口では
白い猫が影から覗いていた。
赤ちゃんが産まれたことを確認すると、
ほっとしたように
窓に向かってジャンプして
また振り返って
決心したように外に出たかと思うと
さっと消えていった。
「齋藤 結愛さん。
こちらの病室ですよ。」
個室にベッドのまま安心された。
帝王切開のため、
手術後はゆっくり休まなければならない。
「赤ちゃんは、ナースステーションで
預かりますね。
母乳が出そうな時は教えてください。」
「はい、ありがとうございます。」
担当ナースは、病室を出て行った。
ベットから窓の外を覗くと
朝日が煌々と登っていた。
天気も良く爽やかな青空だった。
「名前…。
空って付けようかな…。」
飛行機が飛ぶ音が病室に響いた。
ほんの数キロ先に空港があった。
飛行機雲は出ていない。
明日は天気は良さそうだ。
結愛が目をつぶって眠ると
青い空の上を白い猫が空中を飛んで
様子を伺いながらジャンプして
さっと消えていった。
【 完 】
オーバードーズ(過剰摂取)に見せかけていたら、いつの間にか転生しちゃう話 もちっぱち @mochippachi
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