第2話【完】

***


「お願いします! 痴情のモツレってやつで、ここの監視カメラ、見させてもらえないでしょうか!」

「ああ、いいよ」

「ありがとうございます!」


 モモはコンビニエンスストアのバックルームに突撃し、店長から監視カメラ映像の閲覧許可を取っていた。

 大抵のコンビニは外に置いてあるゴミ箱や来店者が見えるようにカメラを置いている。結果として、外を行き交う人を撮っている場合が多い。


「それにしても珍しいね。いつもは愛想のない刑事さんなのに」

「実は私、探偵、みたいなやつなんです!」

「へぇ、若いのに偉いねぇ」


 太っちょの店長は、興味あるのかないのか、適当な返事をする。

 モモは監視カメラの時間を巻き戻し、事件当日のカメラを早送りで再生する。

 『事件当日の日時など彼女に走る由もないはずなのに』被害者女性の傷跡からピッタリの時間を逆算し、そして見たこともないはずの男の顔を、まるで分かっていたかのように捉える。


「見つけた」


 ぱしゃ、とスマホでその画像を写真に収める。


「オッケーです。ありがとうございました!」

「もういいの?」

「はい! あ、特選豚まん買って帰るんで!」

「そりゃ毎度あり」


 豚まんを買って、モモはほくほく顔でコンビニを出た。

 次に向かうべきは、小学校だ。


***


 モモはお爺ちゃんっ子だった。猟師をやってるお爺ちゃんの元で、大自然から情報を読み取る能力を授かり、その後天的技術と先天的な才能が化学反応を起こした結果、その才能が開花した。モモにとって、人が起こした事件も一目見れば、まるで逆算するように答えが分かるのだ。

 異常なまでの洞察力。それがモモの才能だ。


 モモは地元の小学校の門をくぐり、我が物顔で職員室の扉を開けた。


「おっ邪魔っしまーす!」

「あら、八坂ヤサカさん。また来たの?」

「ちょっと卒アル見たくてー」

「また? まぁいいけど。減るもんじゃないし」


 地方の小学校ほどセキュリティはぜい弱だ。母校ならなおさら。

 モモは迷うことなく自分より七つも上の代の卒業アルバムを取り出し、ページをめくる。

 そして、スマホに残った画像と比べて、かすかに面影がある程度の児童の顔を、ぴたりと指さした。


田辺銀次タナベギンジ


 モモの目には見えている。

 猟師の目だ。

 過酷な大自然の中では、僅かな兆しさえ見逃せば人の身など一瞬で死んでしまう。そんな極限状態を常に発揮できるモモにとって、この程度の感性、なんてことはない。


 パシャリ、とその顔も写真に収め、卒業アルバムを棚に戻す。


「お邪魔しましたー!」

「あら、忙しないわね」

「また来まーす!」


 ガラガラ、と元気よく扉を開け閉めするモモの姿を見て、教員はふぅと嘆息した。


「小学生の時より小学生してるわね、八坂さん」


***


 モモにとって。

 推理とは、必要のない物である。なぜなら見ただけで答えが読み取れてしまうから。ゆえに探偵も不要なものである。彼女にとっては逆算するだけの作業でしかないから。

 それがどんな人物か、どのような境遇を経て、どのような感情を有し、どのような人生を歩んで、どのように道を外れてしまったのか。その全てが手に取るようにわかるのだ。


 モモは件名なしで二枚の画像と彼の自宅の電話番号をメールの本文に乗せ、ヨモギに宛てて送る。

 そして―――。


 さぁ、と風がなびき、モモは肩にかかるくらいの自分の髪を抑えた。

 そして、公園のベンチに座り、ペンを取って手紙を書く。

 これは業務に関係のない、ただの私事だ。

 余計なことだと分かっている。だけど、モモには止められなかった。

 誰よりも犯人のことが分かってしまうからこそ、止められない。

 モモはペンを走らせ、手紙を書いていた。

 他の誰のためでもない、犯人のために。


***


 田辺銀次。


 五人家族の次男坊。手間のかかる兄と、可愛い妹の間に生まれて育った。

 貴方は手間のかからない子供だった。何故なら手間のかかる兄を見て学び、先んじて親の迷惑にならないよう行動していたから。

 貴方は賢くて、気が利けて、思いやりのある人だ。

 でも、ふとある時に思い出した。自分が手間を、

 だから貴方は、愛されたかった。

 でも、親から愛を受け取るには、貴方は年を取り過ぎていた。

 だから他者から愛されることを望んだ。皆もそうしてる。でも世の中は、一般的な世の中は「愛されたい」と願う女の子ばっかりだ。もしかしたら、貴方のその願いは女々しいと思われたかもしれない。

 愛するばかりで、愛されていないと不安に駆られる夜もあっただろう。

 貴方は男としての重圧に耐え切れず、自分は愛されていないと思い込んだ。

 本当は、誰からも愛されていたはずなのに。

 思い出して。貴方は、恋人からも、家族からも、友人からも、世界からも、愛されていたことを。

 貴方の彼女は貴方を探しているよ。裁きたいんじゃない。貴方に会いたがっている。貴方を、愛しているから。

 みんなそうなんだよ。

 貴方を愛しているから。

 だから、顔を出してあげて。


***


 ヨモギが田辺銀次の自宅のインターフォンを鳴らすと、本人が出てきた。

 ヨモギは事情聴取するまでもなく、涙ですすり切れている男の顔を見て、察した。


「刑事さん……自首させてくれ。俺、俺は、こんなにも愛されていたのに……酷いことをしてしまったんです……」


 ヨモギは嘆息し、頷いた。


「数日はご家族とも話せなくなるかもしれない。事情を話してきなさい」


 銀次はしかと頷いて、涙ながらに刑事に感謝した。


***


 某アイスクリーム屋の前のベンチにて。

 いつか見た光景のように、今日は青と白のオーバーサイズセーターを着て、ロングスカートを履いているモモがチェリーショコラとバナナ&アップルの二段アイスを食べていた。


「モモ。お前、また余計なことをしたろ」

「お手紙書いただけだよ」

「捜査手帳の提出は、俺だけにしろ」

「欲しいの?」

「そ、そういう意味じゃないっ。俺には、いらない!」

「そうなの?」


 大きく慌てたヨモギは、チョコチップアイスを落とさないよう気を付けながら、こう言い足す。


「お前のは捜査手帳じゃなくて、ラブレターなんだよ!」


 ふふん、とモモは余裕っぽく笑う。


「見えないだけで世界は愛に満ちているのだよ、明智君」

「……~っ。そうかよ、ワトソン君。それじゃあ、こいつは今回の礼だ。ちゃんと確定申告しとけよ」

「アイサー、オフィサー」


 そう言いながらも、可能な限り小さく丸めた万札の束を見て、モモは苦笑する。

 こんな秘密のやり取りをしておいて、法を守れだなんておかしなことを言う。

 モモは報酬を手に、えへへと笑って、アイスを持ったままウキウキでステップを歩く。


「今夜はやっきにっくだー♪」


 約束をしていた、イロリと一緒に行くことを思い描きながら。

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ハトに恋する捜査手帳《ラブレター》 ナ月 @natsuki_0828

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