第4話

「え……え、は?」


 男子生徒は、自分が受けた状況をまだしっかりと理解できていないようだ、周りも固まって声ひとつ出さない。

 そりゃそう、今まで散々いじめてきた奴がいきなり反撃したのだ、唖然とするだろうな。


「ハッハッハ!気分はどうじゃ?今まで散々いじめてきた奴の蹴りは痛いか?なんとか言ってみたらどうじゃ!!」


 わしは更なる追撃に男子生徒の右頬にまた蹴りを入れた。

 鈍い音と同時に男子生徒は小さく呻き、吹っ飛ばされるように顔が動く。


「……テメェ、何なんだよ!」


 意識を覚醒させた男子生徒がわしを罵倒する。

 この30秒間で出た声がそれか、なんとも滑稽に見える。


「元気なのは良いが、主は声だけか?」


 ニヤリと笑い、奴の眼前にわしの頬を見せる。

 プルプルと震え、堪忍袋の緒が切れた男子生徒が勢いよく立ち上がった。


「死ねッ!!」


 立ち上がりながらのわしの頬目掛けてパンチ。

 わしは倒していた体を引いて避ける。


「テメェ、絶対に殺す、タダで済むと思うな!」


 おぉおぉ怖い怖い。

 確かに散々いじめてきた奴にこれほどの不覚で、周りの生徒からのイメージダウンは計り知れない。

 自分のプライドを守るためにそこまでするか…わしには分からんな。


 そら、早速奴から魔法陣が現れたぞ。

 学園内で魔法使っていいのか、生徒が騒いでおるから絶対違反じゃろ。


「火球ファイヤーボール!!」


 火球ファイヤーボール、この世界に則るならば中級魔術に相当する技。

 虐めるだけあって少しはやるようじゃが、わしからすれば赤子のだす魔法と遜色ない。


「……そうじゃな」




 見せしめに一人ぐらい半殺しにしても誰も文句言わないじゃろ。


 火球ファイヤーボールに合わせて右手を前に出し、攻撃を受ける準備をする。

 さて、まずはこいつを受けるか…いや、貫くか。


「-こお」

「しゃがめ!!」


 火球ファイヤーボールがわしの手に当たる直前、横から飛んできた謎の飛来物がそれを破壊した。


「ありゃ」


 飛んできた方向を半目で見れば、三十代ぐらいの青黒い正装を着た威厳ある男が魔法陣を展開していた。


 今のは、氷針クリスピアか。

 相性問題もあるが火球ファイヤーボールよりも数段高い熟練度と誰にも二次被害が及んでいない操作性、さしずめ教師と言ったところか


「騒ぎは聞いた、二人とも今すぐ私について来てもらおう」


 教師は服の襟を一度正してから、わしらを凍らせるほどの低い声で全身を縛り上げていた。

 特にわしの目の前にいる男子生徒にそれはそれはよく効いてたようで、ガタガタを全身を震わして教師の後ろをついて行っていた。

 それに続き、わしもゆっくりとその教師の後ろ歩いて行った。



 ♦



「それで!俺が廊下を歩いていたら、急に!本当にきゅーに!こいつが後ろから蹴ってきたんですよ!」


 この教師の後ろをなぞるように歩き、ようやくたどり着いた場所は普通の部屋だった。

 ソファにテーブルに、書庫の椅子よりも少し座高が低い物が置いてあるその奥に、事務仕事をするような机があった。

 隣の男子生徒は着くなりその机の椅子に座った教師に息を吸っているのかさえ分からぬ程の早口で呪文のように弁明の始めて今に至る。


「…さっきから黙っているが、お前の弁明は無しか?」

「この隣のやつが終わるまでしゃべらん方がいいだろ、それに嘘に嘘を重ねた奴の言い分に呆れて何も言えない」

「クソカス魔法使いのくせに嘘つくんじゃねーよ!」


 ホラ、これじゃ。

 先ほど知った魔法至上主義、弱い奴が悪で、強い奴が正義、及びに地位が高い。

 今のわしがなんと言ってもこの状況は覆らない、わしの意見など到底聞いてもらえるものでは───


「言え、お前の弁明は公平に裁くために必要だ」

「………」


 どうやらこの男、本気でそう思っているらしいの。

 レクシアに続いてこの男も今の主義に不満を持っている者か、運の女神はわしに味方しているのかもしれんな。

 ともかくチャンスじゃ、こいつの経歴を利用するとしよう。


「知っての通り俺は初級魔術しか扱えない、それをいい様に解釈し訳の分からん虐めにまで発展した、長年誰にも言わずに堪えていたが今日廊下でわざとぶつかってきたこいつに、つい理性が反応しなくなってしまってこやつの頬を蹴ってしまった」

「……何故魔法が放たれていた?」

「知らぬの、こやつが逆上して魔法を展開したのだ」

「俺じゃない!こいつが魔法を使ったんだ!」


 馬鹿かこいつ、わしはこの体の設定上初級魔術しか扱えないのだぞ。

 貴様の言っている中級魔術を扱うのは不可能なのじゃ。


 男は俺が話したこの要約を紙に書くと、教師はわしに目を向けた。


「……何故今だ」

「…と言うと?」

「お前の事は知っている、まさか虐めがあるとは思っていなかったが、それでも入学当初から耐え続けたお前がここにきて急に理性のなくすとは思えない」

「それはただの推測で、俺からしたら本当につらくてもう耐えられなかったんです」

「お前!アーティック先生にその口の利き方…!」


 その直後にバン、と机を叩いた音が響き、男子生徒の動きを止めた。

 教師アークからの鋭い視線が刺さるたびに、男子生徒は自分の体をどんどん小さくしていった。

 何でこんなことにと思っているかもしれんが、主のせいじゃぞ。


「今はお前の話を聞いていない…トーリだったか、お前の言い分は正しい、痛みのさじ加減などその本人しか知りえないからだ…だが、それはあり得ない」

「いったいどういった理由で?」

「人には本能がある、お前は今までこいつや他のやつからいじめを受けていただろう、それに伴い反逆の意を燃やすのは分かる、だが行動に移せるか?その人に本能的な恐怖を覚えたお前は、奴に一歩踏み出せるのだろうか」

「さっきから言っているじゃないですか、あの時の俺は理性が飛んでいたんです、本能的に感じる恐怖とか、そういうのは理性ありきでしょう」


 なるほどなと、アーティックは苦笑した。

 その出来事に隣の男子生徒はとても目を見開き驚いていた。

 確かに強面の男だがそれでも人間、笑うぐらい別にいいだろう。


「おい、そこのお前、もう処罰は決まったから出ていけ」

「は、はいぃ!」


 隣の男子生徒は「失礼しました!」と大きな声で言い、ドアを閉めた。

 さて、じゃあわしも…


「話の続きだ」


 わしが部屋を出ようとすることを読んでいたのか。

 アーティック教師はその言葉を強調してわしに投げかけた。


「お前には理性が残っていた、理性がなくなった奴の暴力は単調、飛びつくか殴るか、大体はこの二つだ。だが、お前はさっきなんて言った?」

「……あ」


『頬を蹴ってしまったんじゃ』

 そうじゃ、わしは確かに蹴ったと言った。

 アークティック教師と同意見じゃ、理性を手放した者の暴力は単調、そんな奴が二度も足を使うか?いや使わん。


 わしはいつの間にか墓穴を掘ってしまっていた。

 まぁ別に、勝負をしていたわけではないが何故か負けた感じがする。


「もういいでしょう、最初の目的からだいぶズレた話です」

「そうだな、じゃあ最後にお前の処罰を決めよう」


 男は引き出しを開けてゴソゴソと手を動かす。

 そうしてから数秒、引き出しから一枚の紙を宙に投げた。


「お前の処罰は…」


 ひらひらと落ちてくる紙がわしの視界の大半を占めた瞬間、紙が突然後ろの壁に突き刺さった。

振り向けば、紙が氷針クリスピアによって後ろの壁に貼り付けられていた。


紙こう書いてあった。

-退学届-ありゃ。


「退学だ、二度とこの学園に入ることを許さない」

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初級魔術の大賢者 -転生先は魔法至上主義のある国の落ちこぼれだった- 超あほう @coming1234

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