第3話
学園内にある書庫についたわしは、いくつか本を取りその辺の椅子に腰掛けた。
「ほぉ!これ程までにふかふかしておるのは初めてじゃ!」
硬い椅子ではなく、上流貴族などが座るような椅子に何度も勢いよく座り、その凄さを実感する。
よもやこの椅子が世間一般に蔓延る世界になっていようとは、たった数年で貴族もだいぶ寛大になったものだ。
「さてさて、まずはこれじゃ」
まず、あの男が言っていた-嘆きの渓谷-に興味を示したわしはその情報は載っている本手に取る。
目次ページを開き、その中で嘆きの渓谷があるページを確認、それより前に書かれているページを無視してページを開いた。
「嘆きの渓谷…そう名をつけられたのは今から百年前の事だった」
要約すれば、嘆きの渓谷はこう言うものじゃった。
-嘆きの渓谷-それはこの国ヴィージストの巨大な森の中にある大変危険な渓谷。
もし落ちたら最後、飛行魔法でも上がることは困難であるらしく、更には中にいる魔物まで上級クラスが多い。
そんな危険な警告だからか、警告内を散策する機会も少なく嘆きの渓谷関する資料も少ない。
百年前から今にかけて未だに渓谷内調査は行われているらしく、渓谷の広さから推測するにこの調子ならばあと200年は掛かるだとか。
「そんな風に呼ばれておったか…俺が生きていた時は聞かなかったが、単に知識不足だったか…」
-風-で本をどかす。
そして2個目の本、題目に世界史と書かれた本がわしの目の前に送られる。
「世界史じゃ?俺には要らぬ…が」
まぁ良いか、久々にもう一度振り返ろうではないか。
「にしても、世界史の本はこんなに分厚いものか?」
少し本の頁量に違和感を覚えつつ、わしは本の一頁からながら読みで本を捲り始めた。
♦︎
「……ありゃ?」
そこで、わしの手は止まった。
ながら読みをしてから二時間ぐらい経過したか、書庫外からは若々しい生徒の声が聞こえてくる。
「いや、でもしかし…これはどう言うことじゃ?」
中身は至って普通の世界史及び魔法の歴史などだ。
わしは大賢者になるついでに全ての歴史についてを全て読破及び覚えている為、普通の世界史で間違いない。
ただ一つ、最初から懸念していた部分がわしの手を止めた。
「まだ三分の二程度ではないか!」
今わしが手を止めた部分。
そこまでがわしの記憶している最新の世界史じゃ。
しかし、まだまだ分厚い本の終わりは見られない。
「えぇっと…つまりじゃつまりじゃ…」
机に肘を立ててその手に顎を置き、わしは考える。
この本通りなら、わしが記憶している最近の世界史が今の世界の歴史でいうところの三分の二程度のもの。
本の最後の頁から一枚一枚めくり、年が書いてある部分まで遡った。
そして一番最新の歴史では-マクマジョーン1523年-と。
この国は現国王の名前がその時の暦を表すときにも用いられる。
わしはこんな国王知らん、わしの時はティスタ国王と皆呼んでおった。
ティスタが生まれた年代は-1002年-…そこから最長で生きられるのは、およそ90年…よって1092年。
「…はぁ、そう言うことか」
認めたくない事実じゃが、頭で理解してしまった。
そこから導き出される答えに、わしは体を背もたれに体重の預け後ろに倒れる。
思えば、おかしなところは沢山あった。
まずは-嘆きの渓谷-、わずか数年であれ程道が入り乱れるものになるか?有り得ぬ。
たった数年で、民の家が俺の記憶より遥かに最先端を走っている家を作れるか?あれはたった数年じゃまず無理じゃ。
このふかふかの椅子やソファ、たった数年で貴族、王族の血筋達がこれを民にばら撒いた?世界一ありえぬ。
自分の利益最優先のクソ貴族どもが、他者のために、それも平民などにこの椅子をくれるわけがない。
そして、この本が何よりの証拠だ。
「……500年ぐらいかぁ」
思わず口に出す。
その時間の長さはわしが想像する以上のものじゃ。
処刑されてから数年経った後にこのように復活を遂げ、ティスタ国王と契約を持ちかけるのがワシの理想だった。
「にしてもじゃ、随分予想と外れた」
笑い事ではないが、少し苦笑してしまう。
これほど予想が外れたのは初めてだからだ。
世界史の本の先をペラペラとめくり、まずはざっくり歴史の動きについて見る。
「ほぉほぉ…それでそれで?」
歴史を見るのは好きじゃ。
人がどう言う物語を紡ぎ、因果関係のもと動く姿はとても美しい。
「ハッハッハ…お前も馬鹿じゃのう」
こうやって、歴史は人の動きに好き勝手に茶々を入れることもできる、これもまぁまぁ楽しいのじゃ。
わしが歴史の本を愛読していると、突然右肩の方をちょんと叩かれる。
「あの!!!すいません!!!」
馬鹿でかい声で、わしの耳を破壊した。
振り向く暇もない完全なる不意打ちを真横から全て喰らったわしは、思わず椅子から転げ落ちる。
「いたた…なんじゃ主は」
制服をきちんと着こなし、立ち振る舞いやオーラからはいかにも優等生っぽさが出ている水色髪の女性。
こいつを見ても恐怖しないと言うことは、いじめっ子ではなく友達という訳だ。
そんな女性が、椅子から転げ落ちたわしを見て少し驚きの表情を浮かべた。
「……主?そんなことよりこの三日間どこに居たんですか?」
「……三日間」
どうやら、この体が嘆きの渓谷に落ちてから三日も経っていたらしい。
そりゃ体が硬いわけじゃ。
「いや何、少し遠出というのか?まぁ主は気にする必要もない」
「さっきから主って、私にはきちんと-レクシア・レクサス-という名前があるんです、忘れたとは言わせません」
「…そうじゃったそうじゃった、もちろん主の名前は覚えておるぞ」
「レクシア」
「…レクシアよ」
知らないわい主の名前なんぞ。
「もうこの際そんな事どうでもいいんです、早く授業に行きますよ、今なら丁度次の時間に間に合います」
「授業じゃ?ならば早く行くのだな」
「あなたも一緒についていくんです」
開いた本のページをパタンと閉じられる。
その奥から水色の瞳が逃がさないとばかりにわしの顔をまっすぐ見据えていた。
はぁ、とひとつため息をついたわしは、さっきまで見ていた歴史書片手に持ち席から立ち上がる。
「この本を持っていってよいのなら行くぞ」
「じゃあ早くいきましょうか、あなたは私が守ってあげますから」
こんな小娘に守られるほど、わしは弱くない。
と言いたいところだが、元の体が初級魔術しか使えないので、そう言うやつがいても不思議ではないか。
そうして、書庫から出たわしは手に持っていた目の前のレクシアを片目に歴史書を見ながら着いて行った。
♦
「ほぉ…ほぉ、俺がいないうちにこんなことになっていたとは」
私こと、レクシア・レクサスの後ろを歩いて追いかけながら独り言をブツブツと呟く一人の紫髪の少年。
この子の名前は-トーリ・ファーミン-、この学園じゃある意味では最も有名な子。
「なぁ主…レクシアよ、俺の名前を当ててみてはくれぬか?」
「また訳の分からない事を…トーリ・ファーミンですよね」
「正解じゃ…なるほど魔法主義…」
用事が終わったのか、またすぐにトーリは手に持っている歴史書に視線を移した。
なんと言うか、彼は変わった。
「一体この三日間で何があったんですか?」
私がそう聞く。
彼は本に視線をやったまま、「まぁ色々じゃ」と適当にはぐらかした。
「………」
彼が変わったと思う要因は幾つかある。
一つ目は私に敬語を使っていたことのに対し、今の彼はと言うもの初めからそうだったようにタメ口だ。
二つ目、彼が周りの視線を一切に気にしていないこと。
昔のトーリはその小柄な体型に似合ったような弱気な性格で常日頃から他人からの視線を肩を狭めて警戒していた。
まさか気がついていないのか、どんなに別のことに集中しても感じるほどのこの視線を、受けている本人が気付いていないのか。
「何じゃ、ジロジロ見て…俺の顔に何かついてるか?」
「いえ、相変わらず健康そうでで良かったです」
三つ目、これが一番の要因。
私には、他とは違う特別な力がある。
(うん、やっぱり見える)
目に力を入れるように集中し周りを見れば、生徒の体からゆらゆらと上に流れる透明な膜のようなものが見える。
色も人それぞれで、赤、青、緑などなど多種多様だ。
私は先天的に、人が内包している魔力を視覚で捉えることができる。
本来後天的に身につけることができるこの技術を産まれ時から得ていた私の才能だ。
だけど、今のトーリからは何も見えなくなっていた。
三日前までのトーリからは普通の人より多くの魔力量が見えていたから分かりやすかったのに、今の彼からは体に纏わり付く薄い膜すらも見えない。
そんな人私が生きてきた17年間で誰もいない。
生徒でも、赤ちゃんでも、冒険者でも、この国の騎士団長でも、私の中では例外など今までなかった。
魔力量が見えなくなったとしても、それは決してトーリの魔力が無くなったわけではないはず。
この謎を、私はこのまま放っておいて良いのだろうか。
「ギェッ」
そんなことを考えていると、突然出たトーリの変な声に私は振り返る。
一人の男子生徒が本を見ていたトーリの肩に勢いよくぶつけたのだ。
「悪い手が滑ったぁ」
などと言っているが、表情は言葉に似合わず薄気味悪い笑みを浮かべている。
さらに周りの生徒から、クスクスと押し殺した笑い声が一体を包み込む。
その空気の中に私は一歩踏み出すように声を出す。
「何してるんですか!今すぐ謝ってください!」
「だから悪かったって言ってるじゃん、大体こいつがチビでノロマで初級魔術しか使えない魔術師なのが悪いんだよ」
彼、トーリがこの学園である意味で有名なのはこれだ。
魔法至上主義があるこの国では、強い魔法使いが偉く弱い魔法使いが理不尽な扱いを受ける。
その主義からしたら、トーリほど都合の良い自分のストレス発散道具はこの学園にはいないのだ。
それには教師も黙認してしまっているため、状況は依然として改善されない、トーリはほぼ全員からいじめられているようなものだ。
でも、それは間違いだと私は思ってる。
「魔法が使えるかどうかなんて関係ないです!体をぶつけた事に謝ってください!」
「はいはい、保護者様はうるさいなぁ、ごめんなさーい」
そう言うと彼は、私たちに背中を向けて歩き去っていった。
保護者と言うのは、私が彼にずっと張り付くようにいじめから守っている事から付けられた名だ。
別に不名誉なんて思わない、私がしたくてやったことで皮肉じみた名がつけられるのはもう仕方がないのだ。
「トーリ大丈夫ですか?」
「…レクシアよ、一つ」
トーリは私に本を預けて自分で立ち上がると、さっきぶつかった男の方を振り向いた。
「何故俺を助ける、主までいじめられるぞ」
「だって、酷いじゃないですか」
「俺が虐められるのがか?しかし今この国はそういう主義なのじゃ、何故主は俺にここまで入れ込む?」
「……私は魔法が使える使えないだけで、地位が高いだとか低いだとか考えたくありません、あくまでその人がどう言う人なのかで判断します」
「…簡潔に答えてくれ、この世界は魔法至上主義で突き詰めれば強い奴が正義と言うことか?」
「まぁ、確かに…って!?」
私の回答を聞いた瞬間、トーリはすぐさま駆け出した。
その先は、さっき肩に意図的のぶつかった生徒がいる。
その生徒との距離3メートルぐらいで、トーリの体が跳ねた。
跳ねた瞬間に廊下に轟く悲鳴。
その声に、ぶつかった男子生徒は後ろを振り返った。
否、振り向いてしまった。
「すまぬ!!手が滑ったぁぁぁ!!」
跳ねたトーリの左足は振り向いた男子生徒の右頬を強く捕えた。
そして、男子生徒は蹴られた衝撃に耐えられずそのまま落ちるように下へ地面に体制を崩していった。
「………えぇ」
私は、その予想外の行動に呆然を立ち尽くすしかなかった。
足じゃん、と心のツッコミを添えて。
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