第40話 最終話

 九条と別れてから数日後。


 叔父さんがうまいメシをおごってくれるという話が、雫と琴海にも広がっていた。


 メシの情報は、九条から伝えたらしい。


『自分だけ抜け駆けをしては、不公平でしょ?』


 愛を独占したい。ただ、競争はしたい。勝利した上の独占がいい。


 相反するような考えが、九条を動かしたそうだ。


「で、これはどういう状況になるんだろうか」


 焼き肉屋にきたのは、僕を含めて四人。


 九条、雫、琴海。サシを提案したはずの叔父さんは不在だ。


『若いのだけでやりなさい。はなからそのつもりだったから』


 電話越しの叔父さんは、うれしさを隠しきれていなかった。


 そんな粋な計らいにより、叔父さん持ちの実質タダ飯が成立した。前回会った際に、万札を何枚か握らされた。


 いささか体裁が悪いが、食べる前から全員気分上々なので、よしとしよう。


「せいくん、きょうは一番高いやつだけを頼んでもいいのだな」

「好きなのを食べてもいいが、限度はわきまえてほしいよ」

「だな。私の注文だけで、予算オーバーなんてのは笑いものだしな!」


 雫は食べる気満々だ。メニュー表に目を輝かせている。


「そうですよね。かのユーリ様も『選ぶならグレードの高いものを』とのことでしたし!」

「やはり琴海殿もよーくわかっているな」

「ふたりにとって、ユーリ様は教祖なんだね」

「「当然」」


 このアニメの話題になると、雫と琴海は完全に結託する。共通の趣味は人の距離を近づけるのに役立つ。いい実例だ。


「デザートは、私が誠一郎君に食べさせてあげようかな」

「食前からデザートというのも、気が早いね」

「そう?」

「おい、せいくん。この紗夜という女、さらっとアーン宣言をしていたが」

「だめ? 私と誠一郎君の仲なんだし」

「それは――」


 自分は抜け駆けをしたくない。九条はそういっていたはずだ。数日前と意見が真逆だ。


 隣という最上のスポットをちゃっかり確保している手前、いい訳の余地はない。


「そういう態度をとるんですね。なら、私だって負けていられません。同時にデザートを突っ込みます」

「新入りが調子に乗っているな。そんなんだと、古参の怖いところを見せるが?」


 ためしに、三人から同時に箸を伸ばされる光景を想像してみる。


「その感じだと、僕は餌付けされる運命らしいね」

「餌付けね。そのとおりよ。誠一郎君を従属さえる一環ね」

「紗夜殿、従属とは物騒ではないか。私の場合、せいくんを堕落させるための仕上げ作業といったところだが」

「ふたりともいけません。一方的な従属とは野蛮ですね。時代は共依存ですよ」


 それぞれ従属に対する信念の違いがあるようだ。


「みんなして、自分は正常者とでもいいたげだね」

「私は別におかしくなんかありません! 三人同時進行で仲を深めて平然でいる安田くんと同じように!」

「……客観視は難しいね」


 斜め前に座っている琴海。彼女の意見は核心を突いていた。


「それぞれの思想表明も終わったことだし、さっそく焼き肉パーティー開始といきますか」


 グラスをかかげる。


「タダ飯の焼き肉に全身全霊の感謝を。そして、優柔不断な相談役、せいくんと出会えたことに宇宙へ感謝を!」


 テーブルを挟んだ正面にいる雫。彼女は、流れるようにいいあげた。熱心な信者が、経典をそらで唱えるようだった。


「乾杯っ!」


 復唱して、僕らはグラスをぶつけあった。


 余韻に浸るまもなく、次々と流れる肉を焼く作業に移行。


 雫は焼きが甘くても食べてしまうタイプ。逆に九条や琴海はじっくり焼きたいタイプ。


 よって、きた肉の多くは、雫の体内に飲み込まれた。


「これが焼き肉を制する者の極意よ。ハハハ」


 序盤は強気だったが、力量をわきまえぬハイペースだったのが裏目に出た。


 早々に箸を動かすペースが遅くなり、口数もすくなくなった。


「向こう見ずはこうなる運命なのよね」

「衝動は抑えられぬのだよ。おいしい肉を前にしたときは、特にな……」

「じゃあ、私たちはおいしいところをじっくりと味わうとしますか」

「ですね~!」

「ぐぐぐぐぐぐ」


 雫。食べたい気持ちはあっても、体が悲鳴をあげるせいで食べられない。ドンマイ。


「他の肉、サイドメニュー、スイーツの夢まで消え去った。私は馬鹿だ……」

「卑下しないでいいんだよ。そのうちお腹の調子も落ち着くはずだよ」

「なるほど。諦めるにはまだ早いな」


 雫はよく食べる。ふだんなら、まだいける。調子にもよるが、限界はこんなものじゃない。


「私、誠一郎君にお肉を食べてほしいな。はいっ」


 いきなり目の前に現れた箸。つままれた肉。


 口は肉を拒否することなかった。驚いているその間に、僕は咀嚼を始めていた。


「お、おいしい」

「作戦成功。びっくりした?」

「そりゃそうだよ。いきなりのことだったんだから」

「よかった。計算通りで」

「九条、最初からそのつもりで?」

「私はいつでも計算ずくだから」


 雫の歯ぎしりと、琴海の素早い瞬きが、九条が僕らに与えた衝撃を物語っている。


「大丈夫です。私はいたって平然です。安田君が私以外の女の子に意識が向いていたって、ナイフを抜くことも、机の上に置いてあるハサミを行使することだって――」

「平然とは程遠いよ!?」


 琴海の闇をのぞいてしまった気がする。


「そうそう! 誠一郎君、いい加減に九条って呼ぶのは卒業してほしいかな」

「唐突だね」

「いつだって行動は唐突なの。雫、琴海みたいにさ、サヤって呼んで。ね?」

「サヤ――紗夜。しばらくは、慣れないかな」

「知らないうちに定着させてみせるから」


 九条改め紗夜とのやりとりをしている間に。


 雫と琴海は、呆然とした状態から戻っていた。


「戦術家は、緻密な長期戦がお得意なようだ。しかしな! 時に突発的な行動を起こす、私のようなタイプが、下剋上してくると忘れないでもらいたい」

「出る幕があれば、ご自由に」

「もちろん、私だって同じ気持ちです。強くて思い気持ちは、毒のようにまわってすべてを制するんですからね」


 全員、相変わらずといったところだ。


 こんな相談役になるのを、当初の僕は想像できただろうか?


 胸を張り『正しい道を選んださ』といえる日は、いつやってくるのだろうか。


 彼女候補が複数いる以上、今後の道は決まってくる。


 三人の仲からひとりになるのが先なのか、日本が一夫多妻制をとるのが先なのか。それとも、どちらでもないのか。


「なに思いにふけってる? 過去か未来を考えるのも自由だが、いまを見ようではないか。我々は、いまを生きているのだから」

「そのとおりだね。この瞬間、精一杯楽しもう」


 きょうという日に、乾杯。


 僕は唐突にそんなことをいって、グラスをあげた。


 新しいドリンクがつがれたグラスを、僕らはぶつげあうのだった。


(完)

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