第一章

第1話

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 特別司法警察課、通称〈特察〉の第一強襲班ファーストレンジャー班長レッド、比良坂陣は、廃墟と化したビルの屋上に立っていた。レッドとは呼称暗号コードネームだ。


 視線の先には第二次関東大震災により、廃棄された街──東京臨海副都心復興再開発地区、通称〈棄望街〉が広がっている。「この街に入るものは一切のスクラップを捨てよ」という標語の通り、ビルや家屋は倒壊し、道路には車が乗り捨てられていた。あちこちに瓦礫や破壊された残骸が転がっているのが見える。


 比良坂の容貌は「特察レンジャー」に恥じない、精悍なものだった。頬の削げた浅黒い顔、野性味のある鼻梁から顎にかけてのライン。だが、眉間に深い皺を刻み、不機嫌そうに下唇を突き出している様は、まったく「特察レンジャー」らしくなかった。


 不意に比良坂の纏う制式義装ホンゴウ製、《翔天しょうてん》の透過風防部フェイスシールドが顔を覆い、フルカウルモードへと変形トランスフォームする。翼のように背部にスラスターを背負った、白と黒のツートンカラーの天使のような外観だ。


 すかさず透過風防部フェイスシールドに次々と電子情報が投影された。義装リギングに搭載された補助知脳アシスタント・ブレインが、青──副班長ブルー及びそれぞれの強襲処理班員レンジャーイエロー一番、グリーン一番、ピンク一番の呼称暗号コードネームを持つ合計四人の部下のバイタルデータを表示する。


 バイタルデータを確認後、義装リギング搭載の補助知脳アシスタント・ブレインを通じて通信が入った。


 通信とは、頭部に埋め込まれた極小チップ、通称、《電脳チップ》によって行われる各種情報共有システムである。音声だけでなく文字データでもやり取りできるため、非常に便利なものだ。


《……こちら特別司法警察課本部所属の支援班オペレーターチーム。どうぞ》


強襲班レンジャーチーム班長レッド。どうぞ」


《……支援班オペレーターチームオレンジ一番です。《棄望街きぼうがい》絶望通り沿いの廃工場にて、《マル通》より、暴装族デスペラード同士の抗争と通報あり。《現急》お願いします。どうぞ》


「了解」


 短く返答し、比良坂は通信を切る。同時にビルの屋上から飛び降りた。落下する速度は相当なものだが、微塵も気にせずアスファルトに着地する。反動を巧みに制御し、まるで猫科の動物の軽やかさで立ち上がった。


《──今から現場の座標を送る》


 比良坂は電脳チップに送られてきた座標を元に、部下に指示を飛ばす。


《了解》


 比良坂の指示に強襲処理班員レンジャー達は一斉に動き出した。比良坂に続き、次々と強襲処理班員レンジャーがビルの影から飛び出し、合流する。


《──出力解放オーバードライブ


 合流後、無機質な人工音声と共に、比良坂はアスファルトを踏んだ。いや、蹴破った。砕いた石や土塊が散弾銃のように飛び散り、周囲の大気を歪める。


 一瞬でトップスピードに達し──


 背部ユニットのスラスターで浮力を確保し、低空を滑るように飛行する。周囲の景色が凄まじい速度で流れていく。五人一組ファイブマンセルブルーいわゆる副班長ブルーにそれぞれグリーン一番、イエロー一番、ピンク一番の強襲処理班員レンジャーの四人が続いた。


「こんな夜更けに暴れやがって、トライブめ」


 先頭の比良坂の口から愚痴が漏れる。無理はない。暴装狂戦国時代と呼ばれる昨今、暴装族同士の血で血を洗う抗争劇が毎夜繰り広げられている。猫の手も借りたい位忙しいのだ。


 こんな暮らしを続けて、比良坂も長いことになる。だが、いつまで経っても慣れない。


 比良坂は、苛立つをぶつけるように、加速した。後続との距離が開く。


 やがて前方に目的の廃工場が見えて来た。不気味な程、静まり返っている。


速度抑制スピード・リミット──実行ラン


比良坂の速度が急速に減少し、


「静かだな……」


 そう口にした途端、停止した。強襲処理班員レンジャー達が次々と現着する。整列し、班長レッドの指示を待った。皆一様に緊張した面持ちだ。


 同時に透過風防部分フェイスシールドに電子情報が投影された。補助知脳アシスタント・ブレインが、各種装備、センサー類を順次チェックする。


 チェック完了後、透過風防部フェイスシールドを暗視モードに変更。深呼吸しながら、呼吸を整える。戦闘隊形フォーメーションを取ると、比良坂は先陣を切る。「進め」のハンドサインを出した。


 慎重に歩を進める。廃工場の開け放たれたドアから踏み込むと同時に、


「特察だ!」


 名乗りを上げた。


***


 第二次関東大震災後、復興及び震災被害者支援の名の下に、人間の神経を通じて、肉体に外装部品を組み付け、能力を拡張する義体ニューロボディとして、神経接続型強化義体装具、通称「リギング」が開発された。電脳技術や義体ニューロボティクス技術の結晶、《義装二ューロボディスーツ》いわゆるリギングは、臨時震災復興庁の管轄下で、復興土木作業など広い分野に利用され、ラインナップの多様化及び価格競争による低価格化が進む。


 空前の《義装リギング》ブームが訪れ、義装事故や義装犯罪が急増するが、それでもなお未成年にとっておいそれと手を出せるものではなかった。


 だが、4Dプリンターの普及で、簡単且つ安価で造形できる準義装や略義装が闇市で出回り、違法立体印刷された義装いわゆる偽装レプリカは、ジャンクやスクラップと呼ばれる不良達を中心に広まった。彼らは独自に改造を施し、偽装レプリカは、特『甲』服として不良ジャンク達のステータスとなった。


 当初、治安悪化から地元を守る自衛的な色合いが強かったが、彼らは次第に過激化・集団暴徒化して行く。これこそが後に社会の屑鉄ジャンクと呼ばれる暴装族デスペラードの誕生であった。


 彼ら堕惡世代ダークジェネレーションによる暴装族同士の血みどろの抗争が多発し、雨後の筍の如く、チームが現れては消えた。やがて災幽鬼さいゆうき呪天童子しゅてんどうじ鬼燐愚童流キリングドールから成る鬼魔威羅連合きまいられんごう羅愚奈麓ラグナロク夢愚怒羅死流ユグドラシル、そして沙羅卍蛇亜サラマンダー武龍那駆ブリューナクから成る虚暴髏須ウロボロス連盟はたまた女楼蜘蛛じょろうぐも邪威暗徒ジャイアント堕惡天使ダークエンジェルなど錚々たるチームにより、暴装狂戦国時代と呼ばれるに至っては、警視庁も本腰を入れて立ち上がるほかなかった。


 《暴装族》取り締まり法通称「暴装法」の施行に始まり、違法立体印刷義装いわゆる《偽装レプリカ》取り締まり強化の一環として、特別司法警察課が設置された。


 内務省警保局保安課の直接指揮下に置かれ、五人一組ファイブマンセル強襲班レンジャーチーム支援班オペレーターチームで構成される特別司法警察課直属の暴装族処理班を人はこう呼ぶ。


 ──特察とくさつレンジャーと。


「──大人しくお縄につけ!」


 仰々しく投降を呼びかけるも返ってきたのは静寂ばかり。辺りは惨憺たる有り様だった。地面は赤く染まっている。暴装族のメンバー達は、全員地に伏していた。比良坂は目配せで、副班長である久原凱斗くばらかいとがに指示を送る。透過風防部フェイスシールドに透ける涼し気な目をしたイケメンだ。階級は警部補。警部で目上の比良坂に対して、久原は素早く跪き、生存を確認した。顔認識コードが、前科者リストと照合しながら、それぞれの名前、年齢、所属の暴装族名などを透過風防部分シールドに表示する。


 どうやら辛うじて息はあるようだ。久原は補助知脳アシスタント・ブレインを通じて通信を開き、救急車を手配した。


 久原をよそに他の強襲処理班員レンジャーは、戦闘隊形フォーメーションを取りながら、警戒する。どうやらマル被は逃走済み、遅かったかと思った──その時だ。


「!」


 比良坂の熱源センサーが鬼火のように、闇に浮かぶ熱源を探知した。ぞわりと背筋が震えるのを感じる。


「──」


 途端、その者が動いた。恐ろしいスピードで逃走を開始する。


「まちやがれ!」


 比良坂は素早く右腕を大きく引いた。


《腕部収束──電網射出兵装スタンネットランチャー解放リリース


 同時に右拳の装甲がスライドし、電撃スタン用の投網型射出装置ネットランチャー──電網射出兵装スタンネットランチャーが覗いた。出力供給線エナジーラインが伸び切り、肩回りのフレームが青く光る。


 比良坂は一気に左拳に右拳を引き付けて、電網スタンネット射出体プローブを発射した。非致死性の通称「電網投射銃スタンネットガン」はトリガーを引くと、電極と銅線から成る投網ネット型の射出体プローブが発射され、広範囲に捕らえた標的へ電流を流し制圧する。精密な電子機器である義装リギングには有効な武器だ。


「ちっ!」


 だが、電網スタンネットは外れ、比良坂は舌打ちした。背後に仲間の気配を感じながら、熱源を追尾した。熱源は廃工場の裏口へ吸い込まれた。比良坂も続いて外に飛び出す。


「こっちだ!」


 廃工場近くの竹林の中に、熱源を見つけた比良坂は仲間へ叫んだ。獲物を追う猟犬の如く、追いかける。


 だが廃工場の敷地を出た途端、見失った。熱源だけでなく各種センサーにも反応がない。


「消えた……だと。こっちは最新鋭の制式義装だぞ」


 苛だたしげに吐き捨てる。


(それに白い焔波模様ファイヤーパターンに紅い特『甲』服…いや……そんなはずは……)


 考えあぐねる比良坂。そこへ仲間が追いついて来た。第一強襲班ファーストレンジャーが総出で熱源の追跡に当たる。


 だが、肝心の《マル被》を見失った以上、手詰まりだ。比良坂は、補助知脳アシスタント・ブレインにより、通信を開き、本部とコンタクトを取る。


《こちら本部。どうぞ》


 即座に応答があった。


《こちら第一強襲班ファーストレンジャーチーム鬼魔威羅連合きまいられんごうの一角、呪天童子しゅてんどうじの壊滅を確認。及びマル被を見失いました》


《了解》


 本部との通信を終えると、彼は独り言ちた。


呪天童子しゅてんどうじが壊滅か……これは戦争が、始まるぞ」

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暴装愚連狂騒曲 @ninxnin

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