暴装愚連狂騒曲

@ninxnin

序章

第0話


「──《纏装てんそう》っ!夜露死苦よろしく


実行ラン──4Dプリンター起動》


 男の掛け声と共に、UFOのように、頭上に浮かぶ円盤型の無人機ドローンが、機械音声を響かせた。真上からフラフープのような光のリングが舞い降りる。男をスキャンしながら、無人機ドローンのインジケータが赤から緑に変わった。


 すかさず無人機ドローンからスプリンクラーのように、知能インテリジェンス性・機能スマート性の形状記憶電磁性流体金属が、ばら撒かれた。全身に浴びながら、男は両腕、両足を広げる。電磁場に反応し、自動的に形状を変化させ、データ通り造形していく。


 仕上げに余分なサポート材を除去後、円盤型の無人機ドローンが背部ユニットとして、装着し、全貌を明らかにした。


 上半身は比較的ほっそりとしている。肩や肘から先は分厚い装甲で覆われており、どこかマッシブな印象だ。両肩から両肘を覆う装甲と、二の腕や拳部を保護する籠手ガントレットには、鉤爪が並ぶ。その指先は長く太く、拳部は巨大な爪を思わせるほど大きい。


 しかし下半身は逆にスリムで脚部装甲レガースが太股辺りまで伸びるなど、極限まで絞り込まれていた。脛部は左右に張り出しており、踵の部分はやや太く厚い。最も目立つのは胴体部分だ。胸部装甲と腹部装甲の境目が張り出し、太股と同じく左右に張り出している。力強さを全身で表現しているのだ。


 フルフェイスヘルメットの頭部は逆立つ髪のように、刺々しい突起部アンテナが突き立ち、赤い獅子を模している。透過風防部フェイスシールド──いわゆる面頬バイザーが無表情さを演出していた。


 剥き出しのネイキッド型とは違う。白の出力供給線エナジーライン焔波模様ファイヤーパターンを走らす流線形のフルカウル型だ。その色合いは赤と形容するには程遠い。深紅の装甲は、まるで血に濡れたかのようで、男を禍々しい存在に見せていた。


 これこそが電脳義体ニューロボディクス技術の結晶、神経接続型強化義体装具〈義装ニューロボディスーツ〉別名「リギング」だ。


 四大メーカーの一つ、サカキバラ製、紫電改の《偽装レプリカ》いわゆる特『甲』服には、


 ──鬼が出るか、蛇が出るか

 ──人なればこそ鬼にもなれば仏にも

 ──為せば成る、為さねば成らぬ、何事も

 ──拳魂一擲けんこんいってき、人生といふは死ぬ事と見つけたり

     ──《烈怒雷音レッドライオン》──


 と立体装飾文字ホログラム・デコレーションが浮かび上がる。このようにド派手な特『甲』服の纏い手は、こう呼ばれる。


 ──暴装族デスペラードと。


 そして。


 その名を体現するように、男は暴力を開始した──




 ──それは正しく暴力の嵐だった。


「なんだアレは……?」


 《鬼魔威羅連合きまいられんごう》の一角を担うチーム《呪天童子しゅてんどうじ》七代目総長、郷田は眼の前に広がる光景が理解できなかった。


 男が腕を振り、叩き付ければコンクリートは無残に陥没し破裂する。拳を突き出せばコンクリートの壁が一撃で崩壊した。脚を踏み抜けば壁が崩れ、大穴が空くのだ。その暴力を喰らった仲間が吹き飛ばされる光景は最早悪夢。男は人の形をした砲弾だ。


 義装リギング──これこそが纏い手の超人化を可能とした理由。ニューラルネットを介して全身に走る電気信号に反応し、機械と筋肉を繋ぐニューロ・インターフェイスだ。纏装した人間は生身の人間が有する能力以上のパフォーマンスを可能とする。また痛みや負荷による自律神経の乱れも皆無。故に生身の肉体を凌駕する膂力、速力、反射速度そして機械の硬度を手軽に得られるのだ。


 男は拳を、蹴りを、膝を、肘を、膝を撃ち込み続ける。ついに男が振るった拳が衝撃の渦を生み出しながら、金の立体装飾文字ホログラム・デコレーションに黒い特『甲』服の特甲隊全てをを薙ぎ払った。


「まさかあいつが……あの伝説の」 


 そして最後の一人──総長である剛田へ向かって来る。その白い焔波模様ファイヤーパターンに紅い特『甲』服──紫電改の伝説を剛田は知っていた。


 暴装狂戦国時代の黎明期、《武洛大牙ブラックタイガー》と全国制覇を巡り幾度となく争い、後の覇権チーム《堕惡天使ダークエンジェル》でさえ恐れたという伝説の一人族ワンマンチーム。だが二代目を巡る争いを機に、《堕惡天使ダークエンジェル》により潰された──はずだ。


 それが最近一人の男により復活したという。その男の名は御厨蓮二みくりやれんじ。噂に郷田は興味を示さなかった。どうせ噂は噂。眉唾物の噂話にすぎないのだから。


 そして今──噂話が眼前にいる。まさかここまでとは思ってもいなかった。まさかこんなことになるとは──。


(本物だ……)


 一目で剛田は理解した。あれは違う。今まで剛田が相手にしてきた雑魚共とは違う。剛田は恐怖で歯がカチカチと鳴るのを抑えることができなかった。怖い──ただ単純に怖いのだ。抗いようのない暴力に剛田は絶望した。まるで死神のようだと思った瞬間──それは来た。


 男──蓮二は無造作に腕を振り抜く。全身から高圧電流がほとばしり、蓮二を中心に青白いスパークが広がる。空間を引き裂く衝撃が空気中の電子を弾き、雷光が走り──


「──雷吼光撃!」


 蓮二の咆哮と共に、電磁加速した拳が剛田の頭部を撃ち抜いた。フルカウル型のヘルメットがひしゃげながら、吹き飛び、地面を跳ねる。


 剥き出しになった顔を晒しながら、剛田は宙を舞った。派手な音を立て、転がる。


 何故、こんなことになったんだ? 確かに剛田は暴装族デスペラードの中でも腕っぷしには自信がある方だった。喧嘩で負けたこともないし、そこらの雑魚に後れを取ったこともない。だが、そんなものはあの男の前では無意味だ。


 獲物を狙う肉食獣のように、蓮二はこちらへ歩いて来る。悠揚迫らぬ足取りだ。


(殺される……)


 剛田は死を覚悟した。いや、そうせざるを得なかった。恐怖で剛田の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっており、足はガクガク震え、歯もガチガチと鳴っている。


 そんな剛田に蓮二は近付き、問いかけた。


「──戦争がどうやったら終わるか知ってるか?」


 剛田の返事も待たず、蓮二は右手を振りかぶった。


「完膚無きまでに叩き潰すんだよ」


 こうやるんだとばかりに拳に纏わりつく、雷蛇が牙を剥き──


 次の瞬間、剛田の脳裏で光が弾けた。


✳✳✳


 一発の銃声が世界を変えることもあれば、小さな一歩が、歴史に刻まれることもある。


 一夜にして《鬼魔威羅連合きまいられんごう》の一角、呪天童子しゅてんどうじが壊滅。


 これが後に日本中を震撼させる抗争の始まりであるとは、この時誰も気づいていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る