第3話

 そうして一月ひとつきの時が流れ、俺達二人の曲が完成した。


 二人とも納得出来る内容にする為、何度も打ち合わせを重ね、修正を繰り返した。おかげで満足出来るクオリティには仕上がっている。

  

 後はボーカルのレコーディングをして、編曲をすれば完成だ。この調子なら、奉歌祭の受付は十分間に合うだろう。


 そして、肝心のボーカルは雪菜に任せることにした。


 元々雪菜の歌詞をベースに作った曲だ。雪菜が歌った方が、俺達が目指す曲のイメージにより近づけると思ったのだ。


「――ねぇ あなたは思い出せますか あの日歩いた雪道を」


 カラオケで何度も聞いた、伸びやかで芯のある歌声。


 思えば、雪菜が恋愛ソングを歌っているところを見るのはこれが初めてだ。いつもは明るくてノリノリな曲ばっかり歌っていたからか、新鮮みがある。


「――雪解け道を歩く度 私はあなたの影を見る  隣で感じた温もりは 昨日の私が独り占め」


 落ち着いた曲調に合わせ、雪菜の歌声もいつもと違う雰囲気を纏い出す。


「――だからせめて忘れない あの日の私の恋心」


 ラスト一節を歌いきる直前、彼女はふと儚げな笑顔を浮かべてこちらを向く。


 その視線が、俺には何かを訴えていたかの様に思えた。


「――……ふぅ。ねぇ春喜、どうだった!?」


「ん……あぁ、ばっちりだ。後は編曲すれば完成だ」


「そっか! よかったぁ~……」


 雪菜は我慢していた溜息を一気に吐き出す。


 慣れない作詞に作曲の手伝い、そして今日のレコーディングと、未経験の彼女にとってはさぞ大変だった一ヶ月に違いない。


 それでも一度たりとも投げ出さず、こうして完成まで持っていけたのはそれだけ雪菜がこの曲を大事にしているからだろう。


 集中していたせいか、いつの間にか外がすっかり暗くなっていた。


 俺の部屋で軽く休憩した後、雪菜を家まで送り届ける。


 降りしきる雪の中、二人の足音が夜闇に響く。


 街灯の灯りに導かれること数分、ふと自販機が目に留まった。


「ちょっと待ってろ」

 

 雪菜にそう告げると、小走りで自販機まで駆け寄る。


 悴む手つきで小銭を中に入れ、ボタンを押す。


 そうして出てきたホカホカのミルクティー二本を握りしめ、雪菜の元へ戻る。


「ほら。お疲れ、雪菜」


 片方を手渡すと、鼻を真っ赤にしたまま嬉しそうに「ありがとう!」と返してきた。


「あったかいね~」


 雪菜はペットボトルをカイロよろしく両の手で掴む。釣られて真似をしてみるが、確かに暖かかった。


 そうして貴重な熱源であるミルクティーをちびちびと飲みながら帰る俺達。


 あともう少しで雪菜の家に着くという所で、無情にもペットボトルは空になってしまう。


 両の手に蓄えたはずの熱もやがて、冬の寒空に奪われていく。

 

「寒……ッ」


 中身がなくなり、カイロとしての機能を失ったただのペットボトルを片手に歩く雪菜。


 俺の手にはまだ、熱が残っている。


「…………」


 俺は黙って雪菜の手を掴んだ。彼女の微かな温もりを感じただけで顔が赤くなるのが分かる。


 横を振り向くことが出来ない。雪菜はどんな顔をしてるのだろうか。


 ――ギュッ……。


 俺の手を握り返す確かな感触が伝わってきた。


 俺達は二人、雪道を歩く。重なり合う手の温もりを大切に。


   * * *


 いよいよ奉歌祭当日を迎えた。


 今年は去年の応募数八千を優に超える大盛況振りとなり、祭りは例年以上に盛り上がった。


 奉歌祭を取り仕切る神社の周辺には屋台が幾つも立ち並び、多くの人で混み合っている。


「相変わらず、凄い人気だね」


「ホント、何でこんなに人来るんだよ……」


「そりゃお祭りだもん! 皆楽しみにしてるんだよ、きっと!」


「楽しみにし過ぎだろ……」


 人混みをどうにか避けながら、神社の本殿を目指す。


 この奉歌祭は参加者が各々曲を作って土地の神様に向けて奉納するというのが主な内容なのだが、実はこれだけではない。


 奉納された曲は奉歌祭運営及び外部の著名作曲家によって審査がなされ、特に優秀であると判断した作品には各々賞が授与される。


 しかも優秀賞、最優秀賞に選ばれた作品は奉歌祭当日、神社の本殿にて特別に奉納されるのだ。


 だから俺は雪菜を連れ、こうして祭りの会場までやって来たということだ。


「――お待たせいたしました。これより、優秀賞及び最優秀賞の発表と奉納を行います」


「よかった! 間に合ったみたい!」


 道中よりも明らかに混み合う本殿前でアナウンスに耳を傾ける。


 確か優秀賞は二作品、最優秀賞は一作品だったよな。


「――それでは、まずは優秀賞、一作目の発表です。タイトルは――『裂火』」


 アナウンスが終わると、スピーカーから音楽が鳴り始める。


 それに合わせ、本殿前では神主が舞を奉納する。観衆も流れる曲と神主の舞に意識を集中させる。


 そうして曲が終わると、周囲は目が覚めたように再びざわつき始めた。


「――力強い、迫力のある曲でした。それでは二作目の発表です。タイトルは――」


 ……そろそろだ。


「雪菜、ちょっとこっちに来てくれ」


 俺は雪菜の手を引き、人混みの中を進む。


 そうして神社の外れに着いた頃には、二曲目も終わりに差し掛かっていた。


「どうしたの春喜? もうすぐ最優秀賞の曲が――」


「雪菜」

 

 俺は決心を固め、彼女の顔を真っすぐ見つめる。


「お前に、伝えたいことがあるんだ」


 本殿から聞こえる喧騒が鬱陶しい。早く静まれと気持ちが焦る。


「――それでは、いよいよ最優秀賞作品の発表です」


 辺りが静寂に包まれる。皆がアナウンスの一言一言に耳を傾ける。


「――この曲は近い将来、離れ離れになってしまう男女が互いの思い出に残るように、との願いを込めた一曲です」


 今のアナウンスで雪菜も気がついたようだ。


「――また、この曲を応募してくれた男性は『自分のこれまでの気持ち、全部を込めて作りました』とコメントしております。それでは聞いてください。タイトルは――『メモリースノウ』」


 そうして神社のスピーカーから曲が再生される。


 身に覚えのあるメロディ、何度も頭を悩ませたフレーズが背後で流れる今、俺は迷いなくこの言葉を雪菜へと送る。


 ――好きです、と。



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【短編】メモリースノウ ~俺(私)はこの曲に何を込める?~ フェイス @fayth3036

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