第2話

「春喜、出来たよー!」


「はぁ!? 出来たって、まだ書き始めて二日しか経ってないだろ!? ……ホントに出来たのか?」


「ホントホント! ほら、さっきデータ送ったでしょ?」


 通話中の携帯を耳から外して確認すると、確かに一通の通知が届いていた。中を確認すると、テキストチャット上に長々と文字が並んでいる。


「……確かに、歌詞にはなってるな」


 てっきりどんな内容のものが来るのかと身構えたが、予想以上の出来だった。


「ホント!? 良かった~……」


 電話越しに安堵する声が聞こえてくる。


「……なるほどな。雪菜はこういう歌詞を書くのか」


「な、なんか、こうやって自分が書いた歌詞を見られるのって恥ずかしいな……」


「遅かれ早かれ誰かに聞かれるんだから、我慢しろ」


 雪菜にしては意外にも詩的な文章で綴られたそれは、まるで自身の胸の内を打ち明けるような――。


「……あれ? この歌詞、何処かで……」


「そ、それじゃ春喜! 後は任せたからね――!」


 何かを察したのか、その場から逃げる様に雪菜は通話を切った。


「あッ! おい、雪菜!」


 静まり返る室内で、雪菜が送ってきた歌詞を口にする。


 ――冬の空 あなたと歩いた帰り道 


 繋いだ手の温もりを 明日は覚えているのかな


 並んで続く足跡に 降り積もるのメモリースノウ


 積もり積もった雪道が 春の光で溶けていく


 ねぇ あなたは思い出せますか あの日歩いた雪道を


 雪解け道を歩く度 私はあなたの影を見る


 隣で感じた温もりは 昨日の私が独り占め


 だからせめて忘れない あの日の私の恋心――


 ……やっぱりだ。


 この「冬の空 あなたと歩いた帰り道」とか、「繋いだ手の温もり」とかの部分、奉歌祭の話をした日のことがそのまんま書いてある。


 作詞の経験がない雪菜には当然、普段から蓄積しているアイデアのストックも培ってきた経験もない。


 そんな彼女がこんなにも早く歌詞を完成させることが出来た理由を考えれば、一つしかない。


 それはつまり――自己表現。


 自分の中にあるものを歌詞という形に変えて表現する。作詞においてもよく用いられる方法だ。


 となると、俺の中で最も気になるのはあの部分。


「だからせめて忘れない……あの日の私の、恋心……」


 恋心。


 これまでずっと一緒にいてきた仲だ。当然、友達としてではなく、異性として雪菜を意識した時はある。


 しかし、「友達」という一線を越えてしまえば、これまで俺達が築いてきた関係が別の形へと変わってしまう。崩れてしまう。


 だからこの感情はあくまで俺のエゴ、そう思う様にしてきた。


 けど、もしもこれが俺のエゴだけでないのだとしたら――。


「…………」


 俺は目の前の歌詞、その意味に頭を悩ませるのだった。


   * * *


「ダメだ。何か違う……」


 今は俺個人のことは考えない、まずは曲を完成させようと作業に入り始めてもうすぐ一週間が経つ。


 曲の方向性は粗方決まったが、どうアプローチしても「これじゃない」という思いが俺の中で強く残ってしまう。


 元々自分の感性を重視して作曲するスタイルだ。こうやってインスピレーションが湧かない時はとことん完成しないのは自分が一番よく分かっている。


「……一回、外の空気でも吸いに行こう」

 

 頭を冷やせば、新しいアイデアが浮かぶかもしれない。


 コートを羽織り、靴紐を結んで玄関の扉を開く。


 外は一面の雪景色で、俺が一歩歩く度に新雪で出来た歩道に跡が刻まれる。


 確か、雪菜が書いた歌詞の中にも何度か「雪」が出てきたっけ。


 雪菜と歩いた帰り道。楽しそうに奉歌祭について話す彼女の顔が鮮明になって思い出される。


 あの時は一人じゃなくて、二人分の足跡が揃って続いていたんだと思うと、途端に胸の奥が冷たくなった。


 そうして特に行く当てもなく雪道を歩いていると、風に乗った温もりが俺の元まで運ばれてきた。


「……図書館」


 風の吹く方を見ると、丁度大量の本を抱えた人が自動ドアを開けて建物の中に入っていくところだった。


 図書館にはこれまでの奉歌祭で奉納された歌の内、特に優秀であるとして表彰された作品が視聴出来るはず。


 今は兎に角材料が欲しい。参考までに入って何曲か聞いてみるが、どれも流石の完成度だ。自分達が表現したいことは何なのか、それを理解しているのだろう。今の俺にはそれが足りてない。


 あの曲を完成させるには俺自身が曲を通じて何を表現したいのか、それを理解する必要がある。


「――ん? 何だこれ?」


 視聴ブースに一つだけ置かれた古い本。背表紙には「奉歌祭 その成り立ちについて」と記されていた。

 

 中にはそのタイトルの通り、奉歌祭が開催されるようになるまでの過程が記されていた。


 時は平安時代。


 とある貴族の男性が一人の女性を好きになったものの、貴族の中でも位が低いという理由から相手の乳母によってその恋路を絶たれてしまう。


 しかし、それでも己の恋心を抑えきれなくなった男性は女性の元へと赴き、歌を詠んで思いを告げ続けた。


 始めは乳母の言いつけを守っていた女性だったが、幾度ともなく訪れては歌を詠む男の姿に次第に惹かれていった。


 女性は歌への返事として自らの琴を奏で、やがて二人の奏でる歌は屋敷中を魅了し、二人は晴れて結ばれることとなった。


 そのことがきっかけとなり、この地では男女で歌を紡ぐと神様がその恋路を叶えてくれるという伝承が生まれ、やがて風習として根付いていった。


 しかし、時代の変化と共にかつての伝承は廃れ、現在は「神様に向けて歌を奉納する祭り」として認知されている。と、本にはそのように記してあった。


「歌を男女で紡げば、結ばれる……か」


 あの奉歌祭にそんな背景があったとは知らなかった。


 もしかして、雪菜はこのことを知ってあの歌詞を書いたのか?


 いや、歴史の授業すら居眠りするような奴だ。何処かで聞いたことがあったとしても、到底覚えてるとは思えない。


 なら、あの歌詞はやはり雪菜なりの自己表現……ということになるのか。


「――よし」


 曲のインスピレーションが次々と湧いてくる。今なら完成させられる気がする。


 それに、せっかくの奉歌祭。雪菜との最後の思い出作りだ。


 これで離れ離れになったとしても、決して後悔しないように。


 俺も、俺に出来る最大の自己表現で応えることにする。



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