【短編】メモリースノウ ~俺(私)はこの曲に何を込める?~

フェイス

第1話

「もうすぐ始まるね! 奉歌祭ほうかさい!」


「あぁ、そうだな」


 雪の降りしきる帰り道。二人分の足跡が雪の上に刻まれていく。


 この街には古くから続く「奉歌祭」という風習がある。簡単に言えば、祭りに参加する人達が各々曲を作り、この土地の神様に向けて奉納するというものだ。


 誰であっても参加出来るし、曲のジャンルも特に決められていない。


 毎年多くの人が参加する為、この時期になると外からこの祭りを見に来る人で街に人が溢れるくらいには大規模なイベントになっている。


「ねぇ、春喜はるきは参加しないの?」


「いや、俺はいいよ。他の人の作品聞いてるだけで満足だし」


「けど、春喜だって曲作れるじゃん」


「作れるけど……インスピレーション湧いた時くらいしか作る気しねぇんだよな」


 俺の作曲はあくまで趣味。溜まった創作意欲を発散する為の自己満足に近い。


 だから他人に聞かせることはあまり考えていないし、ましてや神様になんてとても奉納する気になれない。


「……ねぇ、折角だしさ、私達で曲を作って奉納しない?」


「はぁ? 何で急にそんなこと言い出すんだよ、雪菜せつな


「だってさ! もうすぐ高校も卒業しちゃうし、春喜は東京の大学に行っちゃうんでしょ? なら、こうやって二人で帰ることだって出来なくなっちゃう訳だしさ。最後の思い出作り……ってのは少し違うけど、二人で思い出残そうよ!」


「……思い出、か」


 確かに、俺達はもう高校三年生。互いに進学先の大学も決まっている。


 俺は東京に行き、雪菜はこの街に残る。そうなれば、必然的にこうして会う機会も少なくなる。もしかすると、俺がこのまま東京に行ったきり、この街に帰って来なくなるかもしれない。


 雪菜とは長い付き合いだ。小学校、中学、そして高校まで別々になることなく、これまで長い時間をかけて関係を紡いできた。


 その最後がこのまま何もないままお別れというのは、些か薄情だろう。


「……けど雪菜、お前曲なんて作れたのか?」


「えぇっと……、作曲は出来ないけど、作詞なら?」


「言っておくが、作詞も十分ムズいぞ」


「うっ……。け、けど! どうしてもやりたいの! お願い! お願い~!」


 雪菜は俺の手を掴み、ぎゅっと頼み込むように握り込む。


 二人とも素手のせいだろうか、熱を求めて俺は自然と手を握り返していた。


「……分かった。分かったよ」


 雪菜お得意のおねだりに負け、こうして俺達は奉歌祭へ向けて曲を作ることになった。


   * * *


「う~……ん」


 小学生の頃から愛用している机一杯にノートを広げて一時間。


 何度も鉛筆を走らせたが、結局消しゴムの跡しか残らなかった。


「作詞がこんなに難しいとは思わなかったよ~」


 曲作りの手順として、まずは私が作りたい曲のイメージを歌詞にして、それを元に春喜が作曲する。


 つまり、私が作詞を終わらせないと一向に曲が完成しないのだ。


「え~っと、『作詞 やり方』……っと」


 こうなっては手元のスマホが頼りだ。何か役に立つ情報があればいいのだけれど……。


「あっ! これとか良さそう! 『誰でも出来る作詞のやり方講座』!」


 すぐにそのサイトに飛び込み、中の文字を必死にスクロールしていく。


「作詞をする為に必要なのは、あなたがその曲を通して何を表現したいか。これが最も重要なことです……」


 何を表現したいか、か。確かにそこら辺はあまり深く考えてなかったなぁ。


「例えば『誰かを応援したい』、『感謝を伝えたい』などですね。『誰かに恋を伝えたい』、なんてのも素敵だと思います……」


「曲のイメージや目的が明確になっていなければ、たとえプロの作詞家でも歌詞を書くのは難しいです。逆に自分の中で何を表現したいのかが明確になっていれば、迷うことなく作詞を進めることが出来ます……。なるほど……」


 なら、まずは何を表現したいかを考えよう。


 この曲は……やっぱり、私と春喜の一生の思い出になる様にしたい。 


 例え離れ離れになっても、この曲を聞けば春喜のことを思い出せるように。


 そして春喜もこの曲を聞いて、私のことを思い出してくれるように。


 その思いを胸に作詞を続ける。何度も鉛筆を削り、消しゴムを取り出し、ページを捲った。


 けど、いくら書いても「これじゃない」という思いが私の中で強く残っている。


「一体、何が足りないんだろ……」


 もう一度さっきのサイトを見て、何が足りないかを考える。

 

「作詞をする為に必要なのは、あなたがその曲を通して何を表現したいか。例えば『誰かを応援したい』、『感謝を伝えたい』などですね。『誰かに恋を伝えたい』、なんてのも素敵だと――」


 ――そうか。


 何が足りないか、分かった気がする。だけど、これを歌詞で表現するのは……いや、ここで私が躊躇すればきっといつか後悔する。


 ――この曲は、私と春喜の一生の思い出にしたいんだ。


「よし……」


 何を表現したいか、それを自分の心に問いかけながら私は鉛筆を走らせる。


 外では真夜中を彩る白雪がちらりちらりと舞っていた。


   * * *


「出来た……」


 最初は出来るか不安だったけど、この歌詞なら私の表現したいことを十分形に出来たと思う。


 後はこれを春喜に送るだけ、送るだけ……。


 ただそれだけのことなのに、送信ボタンを押す指が震えて仕方ない。


 この歌詞をそのまま送ってしまえば、流石の春喜も私の気持ちに気付くだろう。


 どうしよう、やっぱりもうちょっと遠回しな表現にした方がいいかな……。


 まだ時間は沢山ある。もう一度考え直しても――。


「――っ!」


 消しゴムが歌詞の書かれたページに触れそうになる直前、思わず手が止まった。


「…………駄目」


 この歌詞は私の紛れもない本心を表現したもの。それは間違いない。


 だからこそ、これを消してしまうのは駄目な気がする。


 私が、私自身の気持ちを否定しているみたいだから。


「――えいっ……!」


 この気持ちに、嘘は吐きたくない。


 意を決してボタンを押す。


 送信完了の通知がピコンと鳴っただけなのに、心臓が止まりそうな位ドキドキした。



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