弐
「お前、最近ちょっと変わったよな」
本日の
「悪い意味じゃねぇし、性格的な話でもねぇんだけど。んー、なんっつーか、……
「女か? 女でもできたのか?」
「いや、そこで何で『女』って発想になるわけ?」
そういう空き地には、色々なモノが溜まりやすい。そしてヒトが寄り付かなくて良くも悪くも動きがない場所は、その溜まったモノが
というわけで、空き地は適度に修祓を
──まぁ、そのおかげで久々に同班三人
任務が片付いたのをいいことに、気心知れた同班の同期達とお
現場に出るにしても、仲の良い同期や先輩が一緒だと
「女ができて術が
そんな
その瞬間、話を振ってきた明顕達の方が
「ブッ!?」
「えっ!? そうなのかっ!?」
「え、知ってて振ったんじゃねぇの?」
「知らねぇよっ!! あんなカタブツのクソ
「てかどうやって知ったんだよそんな話っ!!」
「ん? 壬奠先輩に直接話振ったら教えてくれたけど」
「うっわ、出たよ切り込み隊長!」
「毎度よくそんなズバッと切り込めるよな、お前。人間関係の
「そうか?」
あまりの言われように黄季は首を
「前に
「お。確かに言った」
「あの発言から藍上官の
「あー……」
「
「おー……」
「
「明先輩の件は呪具
「うー……」
言われてみれば、どれもこれも身に覚えがあることばかりだった。
──距離感、おかしいのか?
同期達の
──その無意識の距離感無視を、いっそあの人にやれたらいいのになぁ……
黄季は小さく溜め息をついた。
──ここ最近はほぼ連日通ってるっていうのに、呼び名と、住み
すごく
でもそれ以上に、不用意に氷柳の心の内に踏み込みすぎて
──初めてだ。誰かと
「でさ、黄季はどうよ?」
「へぁ?」
……なんてことを思っていたから、うっかり目の前にいる明顕達の存在を忘れていた。
「『へぁ?』って何だよ、『へぁ?』って」
「
「あー。もうそんな時期なのか……」
どうやら黄季が考え事に
明顕のツッコミと民銘の
翼編試験。
それは
「やっぱ退魔師たるもの、やるなら
「そうかー? 俺、
「はぁ!? 後翼なんて結界展開による
「まぁ、前翼の方が花形ってのは確かだけどさー」
宮廷祭祀を取り仕切る祭部は貴族達の目に留まりやすい
そんな泉部の退魔師達は、二人一組の
前衛に立って妖怪と戦う前翼、前翼が安全に戦えるように後方から結界や
というのも、一人前の退魔師として現場の前線に立つためには、まずは前翼・後翼、どちらかの位階を得なければならないからだ。退魔師が
つまりそもそも二年次に上がるまで泉仙省泉部にて雑用に
とにかく翼編試験合格を経て八位以上の位階を取得し、無位階を示す九位から
──七位からは位階に上中下が出てくるから、そうポンポンと袍の色が変わることはないって話だったっけ?
ちなみに聞くところによると、前翼は
──まぁ、そんな事情に思いを
やいのやいのと言い合う同期達の言葉を適当に聞き流し、視線の先で
──何せ俺、二人みたいに『どっちがいい』とか言うよりも前に、そもそも翼編試験を受けさせてもらえるかどうかって部分を心配しなきゃいけないんだもんなぁ……
黄季は
一人前と認められない退魔師は、捕物現場で先輩諸氏が展開する結界の
要するに
つまり、翼編試験を受けることができるかどうかは、今後泉部の退魔師としてやっていけるかどうかを問われる第一関門ということだ。そして前翼となるか後翼となるかで道が決まり、さらに相方によって職場
さらに
「前翼と後翼で志望が分かれてんなら、お前ら二人で組めるなー。良かったなー、お前ら息ピッタリだもんなぁー」
考えを
「今年受験させてもらえるかどうかからして
最初投げやりだった黄季の言葉は、
だというのに黄季がそう言い放った
「はぁっ!? 適当なこと言ってんじゃねぇぞ黄季っ! これは今後一生を左右する大事なんだぞっ!? あとお前も今年
「そーそ。相方関係は一生モンなんだから。職を辞して宮廷から退く時か、死ぬまで続くもんなんだから。あとお前、諦めんの早すぎなのよ。もっとギリギリまで
「『救国の
「おぉっと。そこまで言うのはさすがに言いすぎじゃね? そーそ。だから
明顕も民銘も、二つの話題に対して実に器用に言葉を返してきた。どうやら二人が眉を跳ね上げたのは、『二人で組んだら?』という黄季の適当発言に対してだけではなく、黄季がすでに翼編試験受験を諦めていることも
そんな二人の
──気持ちは嬉しいけれど、俺のことを気にするよりも、二人とも自分のことをもっと気にしてほしいんだよなぁ……
泉部の
だからこそ、己の対を得るための第一歩となる翼編試験では、自分のことにもっと集中してほしい。
──まぁその比翼になるには、まずは己の翼を生やさないことには、対の候補にさえなれないわけだけどさ……
「翼編試験に
黄季がさらに溜め息をついていることに気付かず、明顕は高らかに宣言する。
その瞬間、ぬっと横から
「その心意気は買うがな、
『え?』と黄季と民銘が顔を上げるよりも早く
「比翼を目指す前に、まずは
その声に聞き覚えがあった黄季と民銘はバッと顔を上げ、そこにいるのが誰か分かった瞬間、思わず一歩後ろに飛び
「お、
あまりの痛みに悲鳴さえ上げられずにのたうち回る明顕の向こうにいたのは、泉部長官である恩
「もっ、申し訳ありませんっ!!」
黄季と民銘は
──なんで長官がこんな現場に出張ってんだ!? そこまでヤバい現場じゃないだろここって!
泉仙省の退魔師が纏う衣は、位階が高くなるほど色が
それはすなわち、今の黄季で
「それに、翼編試験に意欲を燃やすのは結構だが、氷煉比翼は目指してほしくないもんだな」
「な、なぜですか……?」
『そろそろ明顕の耳、取れるんじゃね?』とハラハラしながらも、黄季は会話の調子に合わせて疑問を口にしていた。そんな黄季に民銘が
──え、もしかしてこういうのが『会話の
「そりゃあお前、国と一緒に燃え落ちた同期を目指すって言われたら、止めたくもなるだろ」
肘打ちの意味を
その口調に引かれて、思わず黄季は続く問いを口にしていた。
「長官、氷煉比翼と同期だったのですか?」
「おーよ、二人とも俺より年下だったが、入省は同じ年だったからな。間違いなく同期だな」
民銘の肘打ちが連打されるが、黄季はそれを身をよじって
「今じゃ伝説みたいに語られてる二人だけどよ、俺の中じゃただの同期だよ。一緒に飯食って、現場出て、
氷煉比翼。
八年前の大乱のさなか、暴走した
それが氷煉比翼。
今や伝説として沙那の退魔師達に語り
その名声は退魔師ならば
──そうだよな。伝説になってる二人だって、ただ当時を
あの大乱では、あまりにもたくさんの人が死んだ。兵も、貴族も、町人も、退魔師も。黄季も、あの大乱で家族を
当時
──先帝に
今
その結果多くの仲間を亡くしたとあれば、口を閉ざすのも当然のことなのかもしれない。勝利を語れる今の官僚や軍部と、泉仙省では立場や思いが
きっと氷煉比翼が神格化されてしまったのは、
──だけど、まだ八年、なんだ。
二人を直に知らない人間が伝説を作り上げるには十分な時間であっても、当時の二人を直に知っている人間が見えない傷を
軽い口調で氷煉比翼のことを語った慈雲だったが、黄季はふとそんなことを考えた。何を勝手な
「……
そんな思いとともに黄季は静かに頭を下げた。黄季の言動にハッと目を
そんな二人の行動に、慈雲が
「……気にすんなよ」
「
「あ、いえ……」
「
「えっ!?」
黄季と民銘の
「李明顕と
フッと一瞬言葉を止めた慈雲が黄季を流し見る。
「っ!?」
その瞬間、ゾクリと背筋が
「最近のお前なら、受験を認めてもいいかと思ってな」
殺気。冷気。
慈雲が今黄季に向けているのは、そんな感情だ。
「お前、最近誰かの
──本当のことを答えてはいけない。
とっさにそう思ったのは、そんな冷気を察してしまったからなのだろうか。
「い、いえ……」
黄季はとっさに顔を
「自分に合った指南書を見つけて……自主練習には、
「……ふぅん? 自主練習、ねぇ?」
慈雲は
「最近のお前の術の
顔を伏せたまま体を
「実に……実に
──恩長官は、氷柳さんのことを知っている。
その事実に、なぜか黄季の背筋がヒヤリと冷えた気がした。
比翼は連理を望まない 退魔の師弟、蒼天を翔ける 安崎依代/角川ビーンズ文庫 @beans
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