第48話 それぞれの課題

 ベンチに座ったところで、倉田が柚にボールを出し、第四クォーターが始まった。

 点差が開いたことや、浮島高校が選手を全員入れ替えてきたこともあり、相手もハーフコートのマンツーマンディフェンスに戻してきてくれる。

 おかげで、こちらも課題の成果を出しやすい環境が整った。


 柚はドリブルを突きながら、ゆっくりと相手の間合いを詰める。

 俺が柚に出した課題は、ドリブルで相手を抜き去り、レイアップシュートを決めきる事。

 ドリブルは相変わらず素人とは思えぬハンドリング捌きだが、シュートだけはまだまだ課題が残っている。


「さぁ、練習の成果を見せてみろ!」


 柚は左手から右手へとボールを持ち替えると、そのまま一気にスピードを上げて相手を抜き去った。

 そのまま独走状態となり、スピードに乗ってゴール前へと進入していく。

 静のマークマンが、咄嗟に柚を止めようとカバーに入る。

 柚はスピードを緩めることなく、そのままステップ踏んで、思い切りジャンプした。

 相手がブロックしてくる中、柚は空中で手を伸ばしていく。


「どりゃぁぁぁー!!!」


 もう片方の手で相手を抑えながら、柚は右手でレイアップシュートを放つ。

 ボールはボードに跳ね返りながら、リングの淵に何度かバウンドを繰り返して、ゆっくりとゴールに吸い込まれた。


「よっしゃ!!」


 柚の初得点に、俺は思わずガッツポーズを決めてしまう。

 決めた柚本人も、シュートが決まったことに驚いている様子で、自陣へ戻る途中、嬉しそうにこちらへピースしていた。


「凄い柚ちゃん……」

「今度は亜美の番だな。柚と交代ね」

「えぇ⁉ わ、私ですか⁉ あんなの無理ですよ」


 亜美は全力でぶんぶんと手を横に振る。


「誰が柚と同じことをしろって言った? 俺が亜美に出した課題は違うだろ?」


 俺が亜美に出した課題。

 それは、ボールを見ずに相手コートまでボールをドリブルで運んでいくこと。

 この一週間、ドリブル練習をひたすらやって来た亜美。

 その成果を見せる時が来たのだ。


「相手陣内まで運んだら、練習通りバウンドパスをすればいい。それさえできればいいから」

「わ、分かりました……」


 俺が亜美の背中を押すと、彼女は緊張した面持ちでオフィシャルの元へと向かって行き、交代を要求する。

 梨世がファールをしたところでタイマーが止まり、柚に変わって亜美がコートに入った。


「イェーイ! 大樹やったよー!」

「よくやったな柚! 練習の成果が出たな!」


 俺はベンチへ意気揚々と戻ってくる柚とハイタッチを交わした。

 柚は嬉しそうにステップを踏みながら、ベンチへと腰掛ける。


「やっぱ、自分で得点決めるって楽しいね!」


 柚の表情は、本当にきらきらと輝いていて、バスケの楽しさに目覚めたような表情をしている。


「だろ? これからもっと得点できるよう練習して行こうな!」

「うん! 私をクリスティアーノ・○ナウドみたいな点取り屋にしてね!」


 例えがサッカー関連なのは相変わらずだけど、柚がバスケプレイヤーとして一つ成長したのは間違いなかった。

 一方コートでは、相手が連携からシュートを決めきり、点差を再び離されてしまっている。


「倉田、亜美に運ばせてくれ」


 俺が倉田に指示を出すと、少々心配そうな表情を浮かべたものの、ふぅっと息を吐いて亜美にパスを出した。


「亜美、任せたわよ」


 そう言って、倉田はそそくさと相手陣内へと向かって行ってしまう。

 さぁ、後はボールを見ずにドリブルを突きながら相手陣内へと運んでいくだけだ。

 亜美は一つ息を吐いてから、右手でドリブルを突き始めると、ゆっくり相手陣内へとドリブルをしていく。

 視線を上げたまま、ボールを見ることなくドリブル出来ている。


「おぉー! 亜美ちゃんちゃんとドリブル出来てる」


 ベンチで戦況を見守っていた柚が感動した声を上げる。


「まっ、この一週間ひたすらドリブルだけ磨いてきたからな」


 とはいえ、ドリブルの技術は必要最低限。

 亜美にはこの後、別のプレーで楽しさを見出して欲しいところだ。

 相手陣内のスリーポイントラインまでドリブルすることが出来た亜美。

 そのまま、今まで練習で培ってきたバウンドパスで梨世にパスを送った。


「さてと……次は梨世か」


 俺が梨世へ視線を向ける。

 梨世に出した課題は、プレッシャーがある中でもレイアップシュートを決めきる事。

 柚とは違い、相手を抜き切らなくても決めきる力が求められる。


 梨世はドリブルを突きながら、相手の間合いを計っている。

 すると、静がゆっくりと梨世の元へと近づいていく。


 梨世はそれを見て、左サイドへとドリブルを開始する。

 静もスクリーンを掛けようと立ち止まった。

 相手ディフェンスが静の大きな体にぶつかり、大きくよろけてしまう。

 梨世はそのままゴールへ突進していく。


「スイッチ!」


 静にマークしていたマークマンが梨世にマークを変更。

 おかげで、静が完全にノーマーク状態に。


「どりゃぁぁーーー!!」


 しかし、梨世は静にパスを出すことなくそのまま強引にシュートを打ちに行く。

 梨世は大きく踏み込んでジャンプする。

 静についていたマークマンがプレッシャーに来た。

 梨世は躊躇することなく、空中で思いっきり左手を伸ばして、ボールを離す。

 勢いに乗ったボールはボードに当たり、そのままリングの方へ――


 は向かわずに、大きく跳ね返って明後日の方向へと転がっていってしまう。


「力みすぎだバカ!」


 折角のアピールチャンスを台無しにしてしまい、相手にボールが渡ってしまう。

 浮島高校の攻撃。

 こちらの距離を取ったマンツーマンディフェンスに苦戦して攻めあぐねていた。

 24秒のオーバータイムが近づき、相手は苦し紛れに外からのシュートを放ってくる。

 ボールはリングに当って跳ね返った。

 運よく亜美の元へと飛んでいく。

 しかし、突然向かってきたボールに驚いてしまった亜美は、身体を避けるようにして手を出したため、ボールを取り損ねてしまう。

 亜美が弾いたボールはコロコロとベンチの方へと転がってきてしまう。


「どけぇぇぇーー!!」


 その時だ、梨世がベンチの前まで猛スピードで駆け寄って来て、すでにコートの外に出かかっていたボールをジャンプしてキャッチする。


「梨世!」


 すると、静がいち早く前線に走っていた。

 梨世はそれを見て、静に向かって体勢を崩しながらパスを送る。


「危ない!」


 俺は梨世がルーズボールを追っているのを見て、咄嗟に梨世の元へと駆け寄った。

 身を投げ出してボールを追いかけたため、このままだとベンチのパイプ椅子に激突してしまう。


「間に合え!」


 俺も身体を投げ出して捨て身で梨世の身体を抱き止めることに成功する。


 ガシャン。


 刹那、俺の背中にパイプ椅子が激突。

 そのまま俺は地面にたたきつけられる。

 パイプ椅子はすっ飛んでいき、地面に倒れる音が聞えて来た。


「大樹、大丈夫か!?」


 スコアラーをしていた航一が慌てた様子で駆け寄ってくる。


「いたたたたぁ……」


 咄嗟のことで、梨世を抱き止める際に膝を使ってしまい、ジンジン痛みが伴う。

 がしかし、すぐさま痛みは引いて行き、俺はほっと胸を撫でおろす。

 目を開けば、目の前には梨世の背中が見える。

 良かった、間に合ったみたいだ。


「梨世、大丈夫……か!?」


 俺はそこで、とんでもない光景を目にしてしまう。

 抱き止めたまでは良かったのだが、倒れた反動で梨世の身体に手を回した際、その手の先が梨世の双丘を鷲掴みしてしまっていたのだ。


「なっ……何してんのよ!」

「ブッ!」


 梨世がバっと俺の元から離れると、自身の身体を守るようにして抱きながら、顔を真っ赤にしつつ涙目を浮かべている。


「エッチ」


 そう言い放ち、梨世はそそくさとコートへと戻って行く。

 コートに目を向ければ、静の得点が決まったところだった。


「大丈夫か大樹?」

「あぁ、問題ない」


 俺はゆっくりと起き上がって倒れてしまったパイプ椅子を直して行く。

 それにしても……。

 先ほどまで触れていた感触を確かめるように手を握りしめる。

 いやいやいや、何考えてるんだ俺は!?

 試合中だぞ!


 俺は煩悩を振り払い、コートへと向き直る。

 思わぬハプニングがあったけど、今は自分の過ちは忘れて、目の前の試合に意識を集中させよう。

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