第46話 指示合戦
後半、浮島高校ボールから試合が始まった。
先ほど言われた通り、五人は相手から少し距離を取り、ゴール前を固めるような陣形を取る。
外でパスは回されてしまうものの、ドリブルで守備陣形を崩されてしまうよりはまだマジだった。
相手もドリブルが難しいと判断して、咄嗟にスリーポイントシュートを放ってくる。
距離が離れているとはいえ、手を伸ばしてプレッシャーをかけることは出来るので、相手の放ったシュートは軌道がズレてリングに弾かれ、そのまま大きく跳ねてボードを越えるようにして裏側へと転がっていった。
ゴールラインを割り、何とか攻撃を防ぐことに成功する。
川見・城鶴ボールで試合再開。
倉田がティアにボールを出す。
がしかし、そこで相手の異変に気付く。
何とオールコートで守ってきたのだ。
「なっ……」
予想外の奇襲に、俺も唖然としてしまう。
ティアは何とかドリブルを突き、相手ディフェンスを振り切ろうと試みる。
その時、すぐさま相手の選手がカバーに入り、ティアはあっという間に取り囲まれてしまう。
「違う、オールコートマンツーマンじゃない! ゾーンプレスだ!」
ゾーンプレスとは、オールコートでゾーンを敷いて、積極的にボールを奪いに行くディフェンスである。
試合終盤や勝負所で使うことが多いのだが、持田さんはこの第三クォーターの入りが勝負の分かれ目だと踏んだのだろう。
一気に試合を決めに来た。
ティアは二人に取り囲まれてしまい、苦し紛れに倉田へ横パスを送るが、そのパスを相手選手にカットされてしまう。
そのまま、ノーマークでレイアップシュートを決められてしまい、再びゴールラインからスタート。
倉田がボールを出そうとボールを持つ。
しかし、相手はティアと柚とを徹底マーク。
パスすら出す隙を与えようとしない。
「梨世!」
倉田は苦し紛れに、梨世へとパスを送る。
パスを受け取った梨世は、プレッシャーを受けつつも、相手をフェイントで交わしてドリブルで抜いていく。
しかし、すぐさまカバーが来てマークが二人になる。
「ぐぬぬぬぬ……」
「梨世! パス回せ!」
俺がすぐさま梨世へパスを出すよう指示を出す。
「早く出して!」
すかさず、静が戻って来てボールを受けに来る。
「えぇい!」
梨世は山なりのパスを来るものの、パスがずれてしまい、静の手を弾いてボールはサイドラインを越えてしまう。
俺はすぐさまタイムアウトを要求。
五人がベンチに戻ってくる。
相手が仕掛けて来た奇襲に、軽くパニック状態になっていた。
これは、まずいな……。
俺はちらりとスコアボードを見つめる。
三十四対四十八。
スコアは十四点差。
バスケットは十五点差以上開くと、逆転できる確率が極めて低くなる。
いわばデッドラインぎりぎりの状況。
俺は必死に、この状況を打破する方法を考える。
どうする……どうすればいい……。
タイムアウトの時間は刻一刻と過ぎていく。
俺は彼女たちの元へと向かって行き、作戦ボードを手にしながら指示を出す。
「静はゴールを決められたら一旦ハーフコートまで行ってから切り返して倉田からパスを受けてくれ。倉田が静にパスを出した瞬間、柚とティアは左右に散る事。梨世は中央。倉田が静にパスを送ったら、一気に全力で前にダッシュ。静はボールを受けたら、そのまま三人のうち相手に走り勝ったヤツにパスを出してくれ。あとはリバウンドの回収も頼む」
「うん、分かった」
「後半始まる前に言った攻撃の作戦は一旦忘れてくれ。まずはこれで相手のゾーンプレスの陣形を崩す」
後手に回っている感は否めないが、これしか手段はない。
そこで、タイムアウト終了を告げるブザーが鳴り響く。
「よしっ、即興だから上手くいかなくてもいい。思い切りやってこい!」
俺がそう言い切って彼女たちをコートへと送り出す。
出来る限りの策は出したつもりだ。
これが成功して、相手がゾーンプレスを止めてくれればいいのだが……。
相手ボールから試合再開。
ディフェンスは先ほどと変わらずに相手との距離を取り、ゴール中央を固める戦法。
しかし、外から打たれたシュートを決められてしまい、スコアを三十四対五十一と、ついに大台の十五点差以上離されてしまう。
倉田がゴールラインでボールをキャッチする。
静は一旦相手陣内へと進入していき、すぐさまターンしてボールを貰いに行く。
倉田が静にパスを出した。
「GO!」
俺の掛け声とともに、ティア、梨世、柚の三人が一斉に相手陣内に向かって全力疾走。
「静!」
運よく梨世が抜け出すことに成功して、静は広大なスペースが空いている相手陣内へとパスを放り込む。
梨世は全速力で走っていき、そのままボールをキャッチ。
そして、一つドリブルを突くと、1……2……っとステップを踏んで、マークがいないにもかかわらず山なりのフローターシュートを放った。
シュートはネットに突き刺さり、梨世の初得点が決まる。
これでスコア三十六対五十一。
「センターにマークを付け! パスを出させるな!」
持田さんが選手に向かって指示を出す。
どうやら、最初のパスを静かに出させない作戦で来るみたいだ。
「梨世、柚はパスが出たら前に走れ! ティアはパスを受けてたらすぐに倉田へパスを返すこと」
俺もすぐさまコートの中にいる五人へ次なる指示を出す。
試合はまさに、主導権の握り合いの応酬となっていた。
相手はまたもや、スリーポイントシュートを静めてきて、スコアをじわじわ広げられる。
再び倉田がゴールラインでボールを取る。
「友!」
ティアがボールを受ける。
すぐさま倉田へパスを送り返そうとするものの、相手がそれを読んでいた。
「あっ……!」
ティアの指先から離れたボールをそのまま奪い去り、相手にレイアップシュートを決められてしまう。
「どんまいどんまい! ティア、気にするな!」
この際パスミスは仕方がない。
俺はもう一度、同じ作戦で続けることを決めた。
再び、倉田がゴールラインからティアへパスを出す。
ティアがすぐさま倉田へパスを返そうとするものの、相手もそれが分かっているからか、倉田へマークが付いてしまう。
静も降りて来てパスを貰いに来ているものの、パスコースを消されてしまっている。
梨世と柚には上がれと指示を出しているので、そのまま相手陣内に向かって走って行ってしまっていた。
ティアは軸足を回して身体を回しながら、必死に相手のプレッシャーを交わそうと試みる。
「澪ちゃん!」
ティアが困っているのを見て、梨世が慌てて自陣へと戻ってパスを要求する。
苦し紛れにティアは梨世へパスを送った。
梨世がパスを受け取り、そのままドリブルを開始しようとしたところで、ピィーっと審判の笛が鳴る。
「8秒オーバータイム!」
攻撃チームは相手陣内に8秒以内にボールを運ばなくてはいけないというルールなのである。
ボールを中々前に運べず苦戦した結果、相手の術中にまんまと嵌ってしまった。
「クソ……」
俺は歯を食いしばって何か打開策がないか考える。
その後も、ティアは何度も何度もパスを引っ掛けたりミスを繰り返してしまい、悪夢の時間が続いていく。
俺も万策尽きてしまい、次なる作戦を練ることはかなわず、悪夢の第三クォータは過ぎて行くのをただ見守ることしか出来ないのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。