第43話 梨世vs美優ちゃん

 梨世対美優ちゃんの一対一が始まった。

 

 ドリブルを突きながら、梨世は美優ちゃんを抜くタイミングを見計らっていた。

 一方の美優ちゃんは、梨世が仕掛けてくるタイミングを窺っている。

 まさに心理戦。

 ボールを突く音だけが体育館に響き渡り、辺りは異様な雰囲気に包みこまれていた。



 梨世が少しだけ右サイドへ身体を動かす。

 美優ちゃんはフェイクだと分かっているのかぴくりとも反応しない。

 それをチャンスと見た梨世は、そのまま右サイドへ一気にドリブルを仕掛けた。

 しかし、それを完全に美優ちゃんは読み切っていて、すかさず梨世のドリブルコースに割って入る。

 梨世はすぐさま、ボールと一緒に回転しながら左サイドへと舵を切るバックターンをした。

 美優ちゃんはそれも想定通りと言ったように、梨世がターンした先へと回り込んでいる。

 梨世は勢い余って、そのまま美優ちゃんにぶつかってしまう。

 美優ちゃんは梨世にぶつかられてそのまま尻餅をついてしまった。


 ピィーッ!


 そこで、審判の笛が鳴り、梨世のオフェンスファールを取られてしまう。

 二人の一対一、軍配は美優ちゃんに上がった。


「なぁぁぁー!!!」


 ファールを取られ、頭を抱える梨世。

 そこで試合がいったんストップして、亜美と交代で静が再びコートへと戻る。

 コートを後にした亜美は、まるでゾンビのような状態でベンチへと帰って来た。


「お疲れさん亜美。どうだった、初めての練習試合は?」


 亜美は、そのまま脱力してへなへなとパイプ椅子にしなだれかかってしまう。


「も、もう無理です……」

「よく頑張ったじゃないか、一分半もコートに立てたんだぞ?」

「はいぃぃぃ……。みんな凄いです、私なんてついていくのでいっぱいいっぱいで、コートを行き来するので精一杯なのに……」


 どうやら、初めての練習試合に出場して、攻守の切り替えの早さに圧倒されてしまったらしい。


「まっ、みんな最初はそんなものだよ。コートを行ったり来たりするだけで息が上がっちゃって、全然ボールに触れないなんてことばっかりだからさ。そんな中、亜美はよく頑張ったよ」

「大樹コーチは優しいんですね」

「俺は褒めて伸ばすタイプだから」


 自分を指差しながら言うと、亜美はよろよろと身体を起き上がらせて、口呼吸を繰り返しながらベンチへと腰掛けた。

 呼吸をするたびに、ユニフォーム越しからでも分かる大きなお胸が上下に揺れている。


 ピィーッ。


「オフェンス、青四番」


 とそこで、梨世が本日二度目のオフェンスファールを犯してしまう。


「コラ梨世! 何やっとんじゃー! ボケー! ドリブルばかりじゃなくて、パスを回せ!」


 俺が梨世に対して怒号を上げると、亜美はポカンと呆けた様子でこちらを見据えてきた。


「コーチ、褒めて伸ばすのでは……?」

「梨世に対しては、飴と鞭を使い分けるタイプなんだ」


 性格によって指導方法を変えるのが俺の方針だ。

 特に、調子に乗って自己中心的なプレーをしやすい梨世は、叱った方がいいのである。

 一瞬の手のひら返しとは、まさにこのことを言うのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る