第42話 静へのご褒美と船木さんの正体

 試合が始まり、梨世が外したシュートを静が回収して得点を奪い、幸先よく先制した所までは良かった。

 しかし、その後のディフェンスは、梨世がマークを振り切られ、2対1の状況を作られてしまい、パスを出されてそのままイージーシュートを決められてしまう。


 ベンチから見ていれば、何も変わらないバスケの試合風景。

 しかし、得点を決められた直後に事件は起こった。

 倉田が静にパスを出したかと思えば、なんと静は、自らドリブルで相手陣内へ突っ込んでいってしまったのだ。

 相手五人が待ち構える中、静は一人二人と抜き去り、ゴール前で待ち構えていた選手も軽々といなして、ジャンプシュートを決めきってしまう。


「あのバカ……」


 俺はすかさず、オフィシャルの所へ行ってタイムアウトを要求した。

 静を見つめると、少し不服そうな表情を浮かべている。

 ベンチへ五人が戻ってくる中、静だけが少し不満げだ。


「どうしてこんなところでタイムアウトなんて取ったの? 勝負どころでもないのに勿体なさ過ぎる」


 ベンチに座り込む静が、抗議の視線を送ってくる。


「無駄じゃない。お前が独りよがりなプレーをするからだ。そんなにチームメンバーに信頼がないのか?」

「別にそう言うわけじゃない。私はただ、やられたからやり返しただけ」

「そうか……亜美。静と交代だ」

「なっ、どうしてよ⁉」


 俺が交代を指示すると、静は目を見開いた、


「頭を冷やせ、いくら挑発されたからって熱くなり過ぎだ」

「私は至って冷静よ」

「なら、静がしたいプレーってのは、チームを生かさない個人プレーだったのか?」

「そ、それは……」

「俺はそんな独りよがりな静のプレーが見たかったわけじゃない」


 俺はそう吐き捨てて、亜美へと視線を向ける。


「亜美。静の代わりになれなんて言わない。とにかく緊張しないでコートに立ってこい。練習してきたことだけを表現すればいいからな」

「は、はい……」


 そう俺がアドバイスを送っても、亜美は相変わらずガチガチに緊張したままだ。


「大丈夫だって。亜美ちゃんがミスしても、誰も怒ったりしないよ!」


 そう言って、すかさず柚が亜美の肩に手を置き、フォローするような言葉を口にする。


「そうだよ。今まで練習してきたことを、今できることを全力でやろう!」


 ビィ-ッ。

 そこで、タイムアウト終了を告げるブザーが鳴り響く。


「よし、行ってこい」


 そう言って、俺は静を除く五人をコートへ送り出した。

 相手も、静がベンチに下げられたのに驚きを隠せない様子だったものの、すぐに目の前の試合へと集中していき試合が再開される。

 俺が静の方を見れば、静はベンチに座りながら握りこぶしを作り、悔しさとやるせない怒りのようなものを滲ませていた。


「どうしてベンチに下げたか。分かるか?」

「……」


 静は黙り込んだままこちらを向こうとしない。

 どうやら、ベンチに下げられたことが静のプライドに傷を付けてしまったようだ。


「俺の知ってる静は、闘志は燃やしながらも冷静沈着で、コートでいつも華麗に輝いてた。でも今の静はどうだ? ただ怒りをぶちまけてる、醜い狂犬にしか見えない」

「……」


 黙ったままだが、静も自分で理解していたのか、表情から怒りが消えていく。


「狂犬じゃなく、女神として輝け。チームの大黒柱は静なんだから」

「……ごめんなさい」


 静がようやく肩の力を抜き、脱力した様子で反省の言葉を口にする。

 やっと冷静さを取り戻してくれたらしい。

 試合前から相手チームの元仲間に何かちょっかいを掛けられていたから、それで頭に血が昇ってしまっていたのだろう。


「これは俺のコーチとしての不届きミスでもある。静にもっと気を使ってあげなきゃいけなかった。申し訳ない」


 俺が頭を下げると、静はすっと手を差し出してきた。


「ハグ」

「えっ?」

「この試合に勝ったら、大樹のこといっぱいハグするから、覚悟しといてよね」


 そう言う静は、頬を赤く染め、乙女の表情をしていた。


「……ほ、ほどほどでお願いします」

「大樹が悪いんだよ。私を焚きつけるから」

「いや、俺はただ、静を冷静にさせることが出来なかっただけで……」

「もう平気。大樹のやって欲しいことは分かった」


 静はしおらしい態度から、すっと真剣な眼差しへと変貌を遂げる。

 その目の奥からは、戦う戦士のような闘志がみなぎっている。

 まさに、俺が知っている静の目だ。


「やれるか?」

「うん、任せて」

「なら、行ってこい」


 俺は手を前に出して、静と拳同士を突き合わせた。

 静はオフィシャルの元へと向かって行き、交代をお願いしに行く。

 その姿を見送って、俺はコートへと視線を戻した。


 今は浮島高校の攻撃中。

 ボールは亜美が付いているマークの元にあった。

 亜美は何とか相手に振り切られないよう必死に腰を落として手を広げ、ディフェンスをしていたものの、相手も右左へ何度もステップを踏んで揺さぶってくる。

 すると、亜美はバランスを崩して地面に尻餅をついてしまった。

 亜美を抜き切った選手は、そのままゴール前に侵入していく。

 咄嗟に倉田がカバーに入ると、ドリブルで抜き去った選手はスっと外にいた船木さんへとパスを送った。


 船木さんは、スリーポイントラインでボールを受けると、迷わずにジャンプしてシュートモーションに入る。


「なっ⁉」


 船木さんはボールを両手で掴みながらお腹で抱え込むように丸まった。

 そして、身体全身を使って飛ぶようにジャンプしてシュートを放つ。

 手を内側から外側へ開き切った手は、まるで羽を伸ばした天使のよう。

 放たれたシュートは低い弾道ながらも、一直線にゴールへと向かっていき、スパッ!という音と共にリングへと吸い込まれた。

 あの独特なシュートフォームを見て、俺は過去の記憶がよみがえる。


「まさか……美優みゆちゃん⁉」


 あの独特のスリーポイントシュート……。

 間違えない、完全に思い出した。

 だってあのシュートは、俺が美優ちゃんへ教えたのだから。



 木下美優きのしたみゆちゃん、俺が小学生時代、一緒にバスケット教室に通っていた女の子。

 一つ上の学年だった俺と航一は、背の小さい美優ちゃんに、シュートが遠くからでも届く方法を伝授してあげたのだ。


「大樹、あの子って……」


 スコアラーに入ってくれていた航一もあのシュートフォームを見て思い出したらしい。


「あぁ、恐らく……というか間違えない。あの美優ちゃんだよ」


 あの独特のシュートモーションは、俺たちが当時小柄で力のなかった美優ちゃんに教えてあげた秘伝のシュート。


「苗字も変わってて気づかなかったけど、よく見れば面影が残ってるな」


 呑気な航一とは裏腹に、俺は冷や汗を掻いてしまう。

 まさか、俺達の敵となって美優ちゃんが立ちはだかるとは思ってもみなかったのだから。


「倉田、梨世とディフェンスのマーク変わってくれ!」

「おっけい! 友ちゃんは7番ね」

「梨世は9番の子をお願い」


 ディフェンスのマークの確認をしながら、梨世がゆっくりとボールを運んでいく。


「なっ……⁉」


 そこで、俺は思わず呻き声を上げてしまった。

 何故なら向こうもマークを変えてきたのだから。

 しかもよりによって、美優ちゃんが梨世にマッチアップする。


「そちらがマークを変えるならこっちも同じ手で対抗するだけのこと。対戦楽しみにしてたよ梨世お姉ちゃん。見せてあげる、私の実力を」


 そう言って、美優ちゃんは梨世を睨み付けるようにして鋭い眼光を飛ばして闘志をメラメラと燃やしている。


「久しぶりだね美優ちゃん……私も楽しみにしてたよ」


 梨世もドリブルを突きながら不敵に笑った。

 旧友同士が、長い年月を経て、バスケのコートで一対一のバトルをまさに今から繰り広げようとしている。


 スコアは4-9。


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