第40話 試合前のひと悶着

 試合開始5分前。

 それぞれベンチ前のコートで最終のアップを行っていた。

 私、北条静も淡々とドリブルを突きながらゴール下のシュートを練習している。

 みんなのシュートがゴール下には飛んでくるので、時々顔に当たりそうになるのが怖いけれど、日常茶飯事なのでもう慣れっ子だ。


 シュート練習を終えて、私はゴール下を離れてドリブルを突きながらセンターサークル付近へと向かっていく。


「あら? 静じゃない」


 とそこで、相手コートの方から声を掛けられる。

 見れば、そこには見覚えのある顔があった。


「みとちゃん」


 昔のチームメイトである柏田水戸かしわみなとちゃん。

 私と同学年の二年生である。

 水戸と書いてみなとと読む珍しい名前のため、愛称で『みとちゃん』と呼ばれてたのだ。


「今日はよろしくね」

「うん、よろしく」


 お互い握手をして、これから始まる練習試合に向けてバチバチと火花を散らす。


「にしても……アンタ以外知らない顔ばかりね。見るからにひ弱そうなメンツばかりじゃない」


 城鶴側のベンチで準備をしている梨世達を見て、みとちゃんはふっと鼻で笑った。


「静も物好きよね。一年間公式戦に出れないってのに、あんな学校に残るなんて」

「それは私が決める事」

「静の実力なら、どこの学校でも通用したでしょうに。今頃、インターハイに出場して、世代別の代表まで上り詰めててもおかしくない逸材なのに勿体ない」

「私には恩があるから」

「なに静、がまだ戻って来るって信じてるワケ? ウケる。自分で責任感じて勝手に辞めていったんだからムリムリ。期待するだけ無駄だって。大体、あのセクハラ野郎のだったんだから、セクハラ野郎が消えて戻ってくる理由がないでしょ。何なら、今も夜な夜なあのキモおっさんの元に通い詰めてたりして――」

「それ以上、私のパートナーを悪く言うなら、容赦しないよ?」


 みとちゃんに散々な言われように、流石に私も沸点が限界を迎えてしまう。

 気づけば、私はみとちゃんの胸ぐらを掴み、一発触発の雰囲気になってしまっていた。

「静⁉ 何やってんだ⁉」


 そこで、私の異変に気付いた大樹が、慌ててこちらへ駆け寄ってくる。

 大樹の声で冷静になった私は、みとちゃんの胸ぐらから手を離した。


「静、こっわ。あーあっ、ジャージが萎れちゃったよ」

「私はいつまでも待ってる。彼女の事を何も知らないままいなくなった人に、とやかく言われる筋合いはない」

「……ふぅーん。あっそ。アンタも頑固だね。まっ、無理だと思うけど、せいぜい頑張りな」


 私はぎゅっと握りこぶしを作り、悔しさを押し殺す。


「ごめんなさい、あの、静が何か粗相をしてしまいましたか⁉」


 直後、大樹が慌てて間に割って入ってくる。


「大丈夫ですよー! ただ昔の旧友と語り合ってただけなんでー。それじゃあ監督さん、今日は対戦よろしくお願いしますねー!」


 ひらひらと手を振り、みとちゃんは浮島高校のベンチへと戻っていく。

 その後姿を眺めながら、私はぐっと奥歯を噛み締めた。


「どうした静。お前らしくもない」

「何でもない……ごめん戻るね」


 私は大樹に謝罪の言葉を口にして、くるりと踵を返してベンチへと戻って行く。

 あれだけ大切な人を酷く言われて、腹が立たないわけがない。


「大樹」

「ん、なんだ?」

「今日の試合、意地でも勝つよ」

「お、おう……そうだなっ!」


 私の中で、闘争心がメラメラと湧き上がってきていた。

 大樹というコーチと、梨世や新たな仲間と一緒に、私は城鶴の誇りを胸にコートへ立つ。

 そして、私のパートナーが戻ってくることを信じて、私は戦い続けると心に刻むのであった。



 ◇◇◇



 相手チームと何か話し込んでいたと思ったら、静がいきなり胸ぐらを掴み始めた時は度肝を抜いた。

 慌てて止めに入ると、相手の子は全く気にした様子はなくへらへらしていた。

 一方の静は、どこか相手を睨み付けるようにして敵対心をむき出しにしている。


 元チームメイトの子みたいだけれど、何か因縁めいたものでもあるのだろうか?


 静は入学当時から、城鶴高校のエースとして一年生の頃から抜擢されて、絶対的存在として君臨していたと聞く。

 城鶴高校の活動停止が発表された際、他のメンバーが他校へ編入する中、静だけが残る決断をしたという。

 その理由を、静本人が教えてくれたことはなかった。


「大樹には関係のないことだから」


 その一点張りで、口を割ろうともしなかったのだから。

 まあでも、今はそんな過去の出来事は忘れて、目の前の試合に集中してもらわなければ困る。

 なんせこのチームはまだ始動して一週間にも満たない即席チーム。

 この試合のキーマンは、間違いなく静なのだから。

 俺はベンチに座り込む彼女たちを見据えて、明るい調子で声を掛ける。


「よっしゃ。待ちに待った初の練習試合だ。浮島高校はインターハイ予選で県ベスト8の強豪。自分たちの立ち位置を確かめるためには持って来いの試合だ。一週間しか練習してないんだから、連携が合わないのは当たり前。端から期待はしてない。だからまずは、自分らしさをコートの中で表現してこい!」

「はい!」


 俺の言葉に、全員がベンチに座りながら頷いた。


「それじゃあ今日のスタメンは、梨世、ティア、倉田、静、柚の五人で行く。亜美もいつでも出れるよう、身体を冷やさぬようしっかり準備しておくように」

「分かりました」

「よっしゃぁ、盛大にぶちかましてこい!」

「はい!」


 円陣を組んで、五人を鼓舞するように手を叩きながら送り出す。


「試合中、白(浮島)・青(川見・城鶴)できます。礼!」

「よろしくお願いします!」


 ついに、合同チームの試合が幕を開ける……!

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