第36話 顧問ととある少女

 バス停から歩いて五分ほどで、浮島高校の体育館へと到着する。

 体育館は一面のコートがあるだけで、こじんまりとした感じ。

 中では、男子部員が既に試合前のアップを始めているところだった。


「大樹、ちょっとこっちに来てくれ!」


 相沢さんに呼ばれて、俺はバッシュに履き替えて急いで体育館の中へと入る。


「あぁ、そんなに急がなくていいよ!」


 俺の膝に付いている器具を見て、気を使ってくれてたのは、中年の白髪交じりのぽっちゃりしたおじさんだった。

 顔つきは優しく穏やかで、愛想を振りまいている。


「紹介する、こちらが浮島高校顧問の持田もちださんだ」

「浮島高校顧問の持田と申します」


 持田さんは、丁寧にペコリとお辞儀をしてきた。


「川見高校女子バスケットボール部コーチの瀬戸大樹せとだいきと申します。本日はよろしくお願いいたします」

 

 持田さんが顔を上げる。


「いえいえ、こちらこそ、インターハイ前という重要な時期に練習試合を組んでいただき大変ありがたく思っております」



 俺は持田さんと握手を交わす。


「こちらこそ、女子バスケ部の練習試合も組んでいただき、ありがたく思っております」


 浮島高校とは選手時代に何度か練習試合をさせてもらっているので、持田さんを何度か見たことはあった。

 試合中、選手にげきを飛ばす姿とは違い、温厚そうな印象を受ける。

 やはり、人間の印象って時と場合によって大きく変わるものなんだなとつくづく実感してしまう。


「集合!」


 持田さんが部員に合図をかける。

 すると、一斉に部員たちがこちらへ駆け寄ってきた。


「今日の対戦相手の相沢監督と瀬戸コーチだ」

「気を付け、礼!」

「よろしくお願いします!」


 部員達が一斉に大きな声を上げて挨拶を交わしてくる。


「こちらそこ、どうぞよろしく」

「よ、よろしくお願いします」


 相沢さんって毎日こんな感じで部員たちに囲まれながら指示を出していたのか……。

 部員たちの人数に圧倒されつつ、改めて相沢さんの偉大さを実感した。


柏田かしわだ船木ふなき。更衣室に案内してやってくれ」

「はい、わかりました」


 柏田と呼ばれて出てきたのは、セミロングの黒髪を靡かせた170センチほどの女子部員。

 そして、船木と呼ばれて部員の中からひょこっと出てきたのは、身長150センチほどのおかっぱ髪をした少女だった。


「案内してくれ」

「分かりました」

「はい」


 二人は梨世たちの元へと向かって行き、更衣室へと案内していく。


「ささっ、二人はどうぞこちらへ」


 持田さんに連れて行かれて、俺と相沢さんは体育館横にある一室へ案内された。

 体育館横にある3畳間ほどの細長い部屋には、長机といくつかのパイプいすが置いており、体育教師が使うのであろう本などが散乱している。

 恐らく、体育準備室か何かなのだろう。


 相沢さんはパイプ椅子に座り、終始リラックスしている様子。

 一方の俺は、部屋の内部をキョロキョロと見渡しながら、落ち着かない様子でせわしなく視線を動かしていた。


「お茶でもどうぞ」


 持田さんが湯気だっている温かいお茶を差し出してくる。


「あ、ありがとうございます」


 俺はおずおずと相沢さんの隣のパイプ椅子に座り込み、差し出されたお茶を啜る。



「いやーっ、直接言うのが申し遅れました。改めて、男子バスケ部インターハイ出場おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 持田さんと相沢さんは、インターハイ出場の話を始めた。


「私も見に行きましたが、第4クォーターのあの大逆転は素晴らしいものでした」

「いえいえ、あれは私ではなくここにいる瀬戸をはじめ、選手たちのおかげですよ。本当に何もしていないです」


 相沢さんは謙遜しながら持田さんと話を続ける。


「それにしても……瀬戸くんは残念でしたな。その怪我ではインターハイは……」

 

 持田さんが同情するように、俺の膝を見ながら語り掛けてきた。


「いえ、相沢さんのおかげでコーチとしてインターハイに連れていってくれますし。何より、僕にも新しい目標が今は出来たので、気にしてはないですよ」


 俺がそう言うと、持田さんは事前に相沢さんからそのことを聞いていたようであった。


「そうらしいね、君はすばらしい選手だ。相手からしたらとても厄介で止めるのが難しいがね。だからこそ、君は指導者としてもその素質を存分に発揮できると信じているよ」

「ありがとうございます」


 相手監督からそのように褒められたことがなかったので、少々気恥しさもありつつも俺は感謝の意をこめてお礼を言いながら頭を下げた。


「今日も、いい試合ができることを期待していますよ」

「はい、こちらそこよろしくお願いします」


 俺たちがそんな会話をしていると扉をノックされた。


「失礼します」


 扉を開けて入ってきたのは、先ほど更衣室へ案内を頼まれていた船木さんという女の子だった。


「あの、着替え終わったみたいなんですが、荷物はどのあたりにおけばいいでしょうか? それと、コーチからの指示がほしいとのことで、おに……瀬戸さんを呼んでます」

「荷物は壇上の上にまとめておいてもらえれば結構ですよと伝えておいてください」

「わかりました」


 俺が持田さんに言われたことに返事を返して、船木さんの元へと近づいていく。



「用件は僕の用から伝えておきますので、案内ありがとうございます」

「あ、いえ」

「今日は対戦よろしくお願いします」


 俺が船木さんににっこりとほほ笑みかけると、船木さんは少々恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら。


「はい、よろしくお願いします……」


 と返事を返してくれた。


「船木も練習に戻っていいぞ」

「はい、わかりました、失礼します。ではまた、おに……瀬戸さん」


 船木さんは一例し、もう一度俺の顔をにこっと笑みを浮かべて部屋の扉をそっと閉めた。

 あの子、船木って言ったか……。

 どこか見覚えがあるような……。


「では、僕たちもそろそろ準備を始めますか」

「はい」


 そんなことを考えていると相沢さんから声を掛けられ、俺と相沢さんは準備室から出て、練習試合に向けて準備を始めることにした。

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