第35話 夫婦漫才

 迎えた練習試合当日。

 浮島高校へ向かうバスターミナルの前で、バスケ部は待ち合わせた。


「みんな集まったか?」

「はい、こっちは」

「じゃ、バスに乗ろうか」


 相沢さんを先頭に、ロータリーにあるバス停に停車したバスへと乗り込んでいく。

 今日は平日と言うこともあり、駅前は通勤の人で溢れている。

 大勢の人は、俺たちとは逆にバスを降り、駅の方へと歩いていく。

 一般のお客さんがちらほらと見受けられたものの、ほとんどの部員がバスの座席に座ることが出来た。

 全員を乗せてバスが出発する。

 バスの車窓から街を見れば、夏の日差しは影を潜め、空は一面暗い雲に覆われていた。

 窓には、大きな雨粒が打ち付け、雫となって窓を這いつくばるようにして落ちていく。

 街の外には、傘を差しながら歩く通行人の姿が多く見受けられた。

 

 そんな街中の景色をボーっと眺めていると、隣に座っていた梨世がトントンと肩を叩いてくる。

 梨世の方へ視線を向けると、梨世は俺の耳元に口元を近づけてくると――


「なんか、緊張するね……」


 と小声で言ってきた。


「そうか?」

「うん。だって、高校生になって初めても練習試合だもん」


 そうか、俺は場数を踏んでいるものの、梨世たちにとっては初めての練習試合。

 選手として自分たちが練習試合をするという経験がなかったので、緊張しているのだろう。


 車内の後ろの方を見れば、倉田は先ほどの俺と同じように窓の外を見つめていた。


 亜美と柚はバスケットボールが入った袋を抱えているため、バスの揺れに必死に踏ん張っていた。

 緊張よりもボールを落としてはいけないという使命感に駆られている。


 通路を挟んで向かい側に座る静は、どこか舟を漕いでいて、眠そうな顔つき。

 ティアはイヤホンを耳に付け、音楽を聴きながら目を閉じている。

 もしかしたら、あれが彼女の試合前のルーティンなのかもしれない。


 彼女達の様子は人それぞれ。

 ただ一人、目の前にいる幼馴染だけが不安げな表情を浮かべている。

 そんな幼馴染を前にして、俺はそっと彼女の肩に手を置いた。


「安心しろ。この一週間の練習を思い出せ」

 

 俺は梨世に真っ直ぐな瞳を向けながら言い切った。

 練習試合までの一週間、彼女たちは汗水流して俺の厳しい練習についてきてくれた。

 出来る限りのことはやってきたので、後はそれを試合で表現するだけ。


「うんそうだね……頑張ってやって来たもんね」


 俺の声掛けで多少生気を取り戻したのか、梨世がコクコクと何度も頷いている。

 練習試合とはいえ、新チームとして初めての対外試合。

 どのような試合になるのか、早く試したい。

 俺の中では、そんなワクワク感にも似た気持ちの方が大きかった。

 

 梨世が落ち着きを取り戻したところで、バスが浮島高校前の停留所へと到着する。

 バスを降りると、雨はより一層激しくなっていた。

 アスファルトに叩きつけるような雨が降り注いでいる。

 とそこで、梨世が俺の広げた傘の中へと入って来た。


「自分の傘差せよ」

「だって折り畳みだから面倒くさいんだもん」


 そう言って、俺の傘に入ってくる梨世は一向に傘から出て行ってくれる気配がない。

 仕方がないので、俺は諦めてそのまま梨世と並んで歩きだす。

 梨世の方に傘を差し出しているので、俺は半分以上傘から身体がはみ出しており、右半身がびしょ濡れになっている。


「あの、俺びしょ濡れなんだけど……」

「なら、こうすればいいでしょ!」


 そう言って、梨世が俺の腕に抱き着いてくる。


「なっ、おいやめろ恥ずかしい!」

「いーじゃん別に。減るものでもないんだから」


 そう言って、梨世は自身の胸元をわざと押し付けてくる。

 微かに感じる梨世の柔らかい胸元の感触が俺の腕に当たり、意識がそちらへと向いてしまう。

 端から見たら、ただのバカッップルだ。

 すると、後ろから今日の雨のような降り注ぐ鋭い視線を数名から感じる。


 


「はぁ……試合前に何してるんだか」


 倉田さんの呆れたコメント。

 ごもっともで何も言い返せない。


「私の大樹君……梨世ちゃん許すまじ」


 ティアからはまたもや呪詛のような言葉が聞こえてくる。


「はぁ……安心する」


 梨世が俺の肩口に頬擦りしてきたところで、俺は梨世の脳天にてぃっとチョップをいれた。


「いたっ!? ちょ、急に何するのよ⁉」

 

 軽くチョップしただけで痛みはないはずなのに、梨世はオーバーなリアクションを取る。


「流石に寄り過ぎだ。場をわきまえろ!」


 俺はもう一度梨世にチョップをお見舞いする。


「うぅ……」


 今度は少し強めに入ってしまい、梨世は痛そうに頭を手で抱える。

 ご機嫌斜めになった梨世は、俺の腕を掴んだまま口元に持っていくと、何を血迷ったのか俺の腕に噛みついた。


「痛ったぃ!!」


 俺が叫ぶと、前を歩いていた人たちが一斉に俺の方を振り返る。


「おいこら梨世何すんだ⁉」

「大樹がいけないんでしょ! いきなり手套なんてしてくるから!」

「お前が過度なスキンシップを取ってくるからだ!」

「だからって、二回も私の頭を叩くことないじゃん!」


 俺達が言い争っていると、くすくすと笑い声が聞こえてくる。


「何?」

「なんだよ?」


 俺たちは同時に笑っている男子部員たちを睨みつけた。


「いやぁ、なんかお前らの夫婦コント見てると安心して……」

「いつものバスケ部が戻って来たなって」


 男子部員から温かい目で見られて、俺と梨世は恥ずかしくなってきてしまい、すぐさま言い争いをやめてお互いに視線を逸らす。

 そのまま、傘を差しながら二人無言のまま歩いていく。


「あの二人、いつもあんな感じなん?」


 柚が倉田に尋ねる。


「えぇ、いつも試合前あぁやってふざけ合ってるのが恒例だったわね。いつもは梨世の方から瀬戸君にちょっかいを出してたけど……」

 

 倉田まったくと盛大にため息を吐く。

 もう何度も見た光景に清々しているのだろう。


 その後は、俺と梨世の間に変な空気が流れつつ、浮島高校へと向かう羽目になった。

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