第33話 実力の片鱗
晴天続く夏の日差しが照り付け、猛暑とも呼べる気温の中、セミの鳴き声が一層強く響き渡る。
立っているだけでも汗が滴り落ちてくる中で、彼女たちを炎天下の中彼女たちを走らせてしまったのは少々酷だっただろうか?
「はぁ…はぁ…はぁ…づ、づがれだ……」
「川沿い一週って結構あるんだね……」
梨世とティアが川沿いを一蹴して戻ってくる。
どちらも顔に滴るほどの汗をかいていた。
「熱中症にならないよう、水分を取ってくれ。5分のインターバルのあともう一週な」
「う”ぇ⁉ まだ走るの⁉」
「このぐらいでバテてたら試合なんて持たないぞ?」
「うぇーん。大樹の鬼畜! 鬼コーチ!」
ぶつぶつ文句を垂れる梨世をよそに、静と柚が一周を終えて戻ってくる。
どちらも息が上がっている様子はまるでなく、まだまだ走れそうな勢いだ。
「やるわね柚。私に付いてくるなんて」
「静先輩にも体力では負けないですから!」
そんな張り合いを見せながら、二人は俺の目の前を通り過ぎて、そのまま二周目に突入してしまう。
「おーい二人とも! 白熱するのはいいけど、熱中症には気を付けろよ!」
「分かってるよー!」
振り返りながら手を挙げて答える柚に対して、静は後ろ手を挙げて淡々とペースを乱さず走っていく。
「柚ちゃん、一週走ってまだあんなに元気なの?」
「体力に自信があるって言うのはどうやら本当だったみたいだな」
ティアが驚きを隠せない中、俺は柚のポテンシャルを感じていた。
これなら、後は基礎技術を鍛え上げて行けば、柚は大成する可能性を秘めている。
そんなことを思っているうちに、倉田が一週目を終えてゴールした。
「倉田もお疲れさん。5分のインターバルの後二周目な」
「えぇ、分かったわ」
倉田も息は上がっているものの、ヘロヘロと言った様子ではなく、まだまだ走り込みは行けそうな感じだ。
ダムッ、ダムッ、ダムッ……。
すると、川岸の方からボールを突く音が聞こえてくる。
見れば、ドリブルを突きながら亜美がこちらへ戻ってくるところだった。
おぼつないボールハンドリングながら、何とか一周を終えて、亜美は大きく膝に手を吐いて息を吐く。
「お疲れ亜美」
「し、死ぬかと思いました……」
亜美にはただ走り込むだけではなく、ボールをドリブルしながら川沿いを一周するというメニューを課した。
亜美が成長するためには、体力はもちろん基礎技術の向上が必須。
そこで考えたのが、ドリブルをしながら川沿いを一周するという練習メニュー。
体力も鍛えることが出来て、ドリブル技術も向上させることが出来る一石二鳥の案だった。
それに、体育館のコートと違って、川沿いの道はアスファルトで舗装されているとはいえ、多少の凹凸でボールのバウンドが変化するため、より柔らかいドリブルスキルが求められる。
さらに川沿いには散歩をしている一般の人や通行人が普通にいるため、顔を上げていないとぶつかってしまう。
顔を上げたままドリブルを突かなければならないという技術も求められるのだ。
「何度も通行人に当たりそうになって、ボールが変な方へ転がって行っちゃいました……」
「仕方ないよ。最初からうまくできる奴なんていないんだから。まずはゆっくりでいいから、目線を上げて通行人に当たらないようドリブルを突いていこう。走るのも小走りでいいから」
「わ、分かりました……」
「それじゃあ、五分のインターバルのあともう一周ね」
「は、はいぃぃぃ……」
亜美はもう一周と言われて、その場にへたり込みそうになっていたけど、ここは辛抱である。
◇◇◇
走り込みの練習を終えて、今度は公園内のバスケットコートで個別練習へと入る。
ゴール右側では、亜美と柚が倉田にディフェンスの基礎を教えてもらっていた。
「まずは腰を落として、足はスライドさせるように踏み込む」
「こ、こう?」
「違う、出す足が逆になっているわ」
「難しいよぉぉ!!!」
「もう一度見せるから、ちゃんと真似してみなさい」
駄々をこねつつも、倉田は懸命にディフェンスの練習を教えてくれていた。
本来であれば、俺が指導してあげたいところなのだが、ディフェンスの姿勢は膝に負荷がかかり過ぎるのでまだ出来ないので、一番ディフェンスの形が上手かった倉田に指導を頼んだという流れである。
一方、反対側のコートでは、ティアと梨世が昨日と同じ課題に取り組んでいた。
ティアは静との一対一から、ミドルゾーンからのシュートを決める課題。
梨世は、静にマークを突かれているプレッシャーの中からレイアップシュートを決めきる事。
どちらも懸命に練習に励んでいたものの……。
「だぁぁっー!!」
何本目か分からない失敗に、梨世が頭を抱え込む。
「何でぇぇぇ……。私、どうしてこんなにシュートが入らないワケ!?」
頭を抱える梨世。
それに対して――
「トウー!」
ガッ。
ティアはリングに弾かれているものの、惜しいシュートを連発していた。
何度も反復練習を行ったことで、シュートの感覚が戻ってきたのだろうか。
ティアの表情はどこか自身に満ち溢れている。
「ねぇ大樹。私もティアちゃんと同じシュート打っていい?」
「しょうがねぇな。一回だけだぞ」
「やったぁ!」
というわけで、梨世は静からパスを受け取って一対一を開始。
梨世は間髪入れずにすぐさまドリブルで静を抜きにかかると、その勢いのまま1、2とステップを踏み込み、フリースローラインよりやや手前からジャンプする。
「ほっ!」
静の伸びる長い手のさらに上を行く、山なりのようなシュート(フローターシュート)を放つ梨世。
そのまま、ボールはリングの方へと向かって行き、スパっとネットを揺らして見せる。
「しゃぁぁぁ!」
ピタっと着地を決めて、ガッツポーズを決めて見せる梨世。
「梨世の奴、フローターシュートだけは異様に得意なんだよな」
小さい頃から身長差のある静と一対一をやって来たからなのだろう。
相手のブロックに引っ掛かない軌道で打つため、かなり山なりのボールになるので、コントロールが難しいシュートなのだが、いとも簡単に決めて見せるのだ。
「なんでフローターシュートは決まって、レイアップは決められないのか不思議でしょうがねぇ」
このフローターシュートにレイアップを身に付けることが出来れば、かなり得点のバリエーションが増えて、チームの得点源として梨世を重宝することが出来るというのに……。
「梨世ちゃん凄い! どうしてそんな簡単にフローターシュート入るの⁉」
ティアは拍手をしながら梨世に羨望の眼差しを向けている。
「へへん。私の長年培ってきた感ってやつ?」
褒められたのが相当嬉しかったのか、梨世は腰に手を当ててドヤ顔を浮かべている。
「私も梨世ちゃんみたいに武器があればな……」
刹那、ティアはほの暗い顔を浮かべてしまう。
「そんなことないよ! ティアちゃんだって、元々はシューターだったんでしょ? 感覚が戻れば間違いなく私よりいっぱい点取れるようになるって!」
「うん、そうだといいけど……」
それでも、ティアの表情は晴れない。
「ティアちょっと。梨世と静は、そのまま一対一続けててくれ」
俺はティアを手招きして、一旦コートの外へと呼び出した。
コートから少し離れたところにあるベンチに腰掛けて、自動販売機で購入したスポーツドリンクを手渡してあげる。
「ほらよっ」
「wao! ビックリしたぁ……ありがと!」
ティアはキャップを空けて、グビグビとスポーツドリンクを飲んでいく。
「はぁっ、染み渡るー!」
飲み口から口を離して、爽やかな笑みを浮かべるティア。
その横顔はとても美しくて、まるでCMのワンシーンかと勘違いしてしまいそうなほど映えていた。
俺はティアの隣の腰掛けて、コートの中で練習する五人を眺めながら口を開く。
「どうだ、バスケは楽しいか?」
「うん、すっごく楽しいよ! やっぱり私にはバスケしかなかったみたい。大樹に言われて気付かされたよ」
「それならよかった」
俺は軽く笑みを浮かべてから、ゆっくりと本題を口にする。
「今までのプレーが出来なくて不安か?」
横目で伺いながら尋ねると、ティアはどこか諦めたような笑みを浮かべる。
「やっぱり、大樹にはバレちゃってたか」
「そりゃな。あれだけ上手く言ってないんだ。焦りや苛立ちが出てきてもおかしくないだろ」
「……正直言うと、まだ確信が持てないの。私、本当に輝きを取り戻せるのかなって」
俺は黙ったまま、ティアの話を聞く。
「もっと前ならこうできたのになぁとか思っちゃうし、シュートの感覚も、何だか違和感があるんだよなって感じで、全然上手くいかないの」
「そっか」
「ごめんね、せっかく大樹君が協力してくれてるのに」
「いや、俺もそんなスグに輝きを取り戻せるとは思ってなかったからな。正直どうしたらティアの輝きを取り戻させてあげることが出来るのか、俺も模索してるところだからさ」
「うん……」
「だからまあ、気長に行こうって言いたいところだけど、焦りがあるのも分かる。俺だって、この怪我を早く治したいって思ってるし、ティアにも感覚を取り戻したいっていう似たような気持ちがあると思う」
「そうだね」
「だから、一緒に頑張って行こう。同じけがをした者同士」
俺が手を差し出すと、ティアはふっと笑みを浮かべて――
「うん、ありがと」
お礼を言いながら、俺と固い握手を交わした。
「あっ……」
「ん、どうした?」
「……わかんない。分かんないんだけど、何か今なら行ける気がする……!」
そう言って、ティアは立ち上がるなり、俺の手をパッと放してコートへと走って戻って行ってしまう。
「ちょっとティア!?」
俺は急いでコートへ戻って行くものの、まだ走ることが出来ないので、ティアとの距離はドンドンと離れて言っていs舞う。
「ごめん梨世ちゃん、ボール貸して!」
コートに戻るなり、ティアは梨世にパスを要求した。
梨世はポカンとしつつも、ティアにパスを出す。
「静ちゃん。1on1よろしく!」
「うん、わかった」
静が腰を低くしてセットポジションに立つ。
ティアはドリブルを突きながら、静の身体の重心を見て、右へと踏み込むと、すぐさま左へとボールを持ち替えた。
静が付いてくる中で、ティアはすっと膝を使って大きく飛び上がってシュートモーションに入る。
右手でスナップして放たれたシュートは、放物線を描いて行き――
スパッとゴールに吸い込まれて行った。
「やった……やったやったぁ!」
シュートが決まり、喜びを露わにするティア。
俺もコートの金網の外側から、その光景を目の当たりにしていた。
あの一瞬で、ティアに何があったのだろうか。
分からないけど、俺は彼女の本来の輝きの片鱗を見た気がした。
「大樹君!」
ティアがVサインをこちらへ向けてくる。
俺も返すようにしてVサインを返した。
「何がきっかけかは分からないけど、ティアの乱れていた歯車が、少しずつかみ合い始めたのを感じた。
こうして、それぞれがそれぞれの課題に対して、一週間みっちりと練習を積み重ねていった。
そしてついに、練習試合当日を迎えることとなる。
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