第30話 朗報
地区センターを後にして、俺は相沢さんに連絡を受けて学校へと来ていた。
昇降口で上履きに履き替えようと下駄箱を開くと、またもや手紙が入っている。
宛先不明の差出人。
手紙には――
『リハビリは順調ですか? 早く瀬戸君がバスケをしている姿が見たいです』
と書かれていた。
夏休みにも関わらず、こうして手紙を置いてくれていたとは……。
一体誰が置いてくれているのだろうか?
手紙を仕舞い込み、俺は相沢さんがいるであろう体育館へと足を向ける。
体育館が近づくにつれ、男子バスケット部が練習する音が聞こえてくる。
インターハイ前ということもあり、熱の入り方が違うように感じられた。
もうバスケに対しての負い目は感じていないので、インターハイに向けて練習に勤しんでいる彼らのことを心から応援している。
「集合!」
俺が体育館に辿り着いたところで、相沢さんが部員を集めた。
「今日はここまでにする、明日以降も暑さが続くから体調管理には気を付けるように。以上」
「はい、ありがとうございました!」
全員が相沢さんに礼をして、後片付けを始める。
相沢さんは体育館の入り口にいる俺を見つけると、もう一度部員へ声を掛けた。
「すまない、もう一度集まってくれ」
相沢さんに言われた部員達が不思議そうに再集合する。
が、俺の姿に気が付くと、部員たちは全員目の色を変えて笑顔を浮かべた。
「大樹!」
そして、一斉にみんなが俺の元へと駆け寄ってきた。
「大樹、元気にしてたか?」
最初に声をかけてきたのは航一だった。
白いシャツに、赤の派手なパンツという練習着。
トレードマークの黒のヘアバンドには、汗が染みこんでおり、練習の過酷さを物語っている。
「大樹、来てくれてよかった」
次に声を掛けてきてくれたのは、三年生の高橋先輩。
キャプテンの高橋先輩は、いつも部員みんなに気を配ってくれる優しい先輩だ。
「キャプテン、ご無沙汰してます」
「調子はどうだ?」
「歩けるようにはなりましたけど、見ての通り運動はまだ」
「そうか。まあまだ大樹には来年があるから、まずはしっかり膝を治すことだけに集中してくれ」
「ありがとうございます」
俺が礼を言うと、他の部員もみんな久しぶりに会えたのが嬉しいのか、ニコニコとした笑顔を浮かべていた。
改めて、俺は皆から心配されていたんだなと実感する。
「そうだ、大樹に渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
「あぁ、ちょっと待っててくれ」
そう言って、高橋キャプテンは踵を返して倉庫の方へと向かって行ってしまう。
しばらくして、倉庫の中から出てきたキャプテンは、手にユニフォームを持っていた。
「これ、大樹に」
そう言って手渡してくれたのは、背番号7番のユニフォームだった。
俺がインターハイ予選で付けていた背番号である。
上のユニフォームは学校の備品なので、毎試合ごとに登録メンバーが変わると背番号も変化するのだ。
なので、試合が終わった後に家で洗濯して返すのが川見でのルールとなっている。
「どういうことですか?」
俺が疑問に思いながらキャプテンに尋ねると、キャプテンはにこやかな笑みを浮かべながら口を開く。
「今回のインターハイ、7番を欠番にしたんだ。だから、インターハイの間、大樹にはそれを持っといて欲しいんだだ」
「え……いやでも……」
俺が困惑しながら相沢さんのほうを見ると、相沢さんは朗らかな笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「三年生からの提案なんだ。俺たちがインターハイに行けたのは航一と大樹がいたおかげだってね。だから、『7番は俺らが引退するまでお前に持っていてほしい』とのことだ」
相沢さんからの言葉を聞いて、俺は再びキャプテンの方に向き直る。
部員を見渡せば、全員が俺の方を真っ直ぐな瞳で見つめてきていて、全員が納得している様子。
「俺たちはチームで最高の仲間だ。たから、先輩としてお前に頼みたい。これを受け取ってくれ大樹」
キャプテンの暑い言葉を受けて、俺はゆっくりとその7番のユニフォームを受け取った。
ユニフォームを手に取った瞬間、俺心の奥底に眠っていたものが、こみあげてくる感覚にとらわれる。
視界が歪み、俺は一筋の涙を流していた。
「ありがとう、ございます……」
ただ一言、それしか俺は言うことが出来なかったが、その一言に今までの感謝の意を込めて力強く、そして選手としての想いを先輩に託して感謝を伝えた。
「泣くのはまだ早いぞ」
「え……?」
今後は航一がニコニコしながら俺を見つめている、まだ何かあるのだろうか?
俺が周りを見渡すと、今後はみんなが笑みを浮かべながらニヤニヤしている。
何やら、まだ何かサプライズがあるらしい。
「昨日インターハイのメンバー登録を行った」
すると、横で見ていた相沢さんが、話を受け取って話し出す。
「これが今回のメンバー表だ」
相沢さんは、一枚の用紙を俺に手渡してくる。
見れば、それはインターハイ予選のメンバー表だった。
メンバー表には、高橋先輩や航一など、一緒に戦ってきた部員の名前が明記されている。
そして、選手一覧を見終わり、ふと上の方へ目をやると――
監督 相沢貴弘
アシスタントコーチ 瀬戸大樹
「え……?」
そこには、目を疑うような文字が記されていた。
信じられない光景に目を疑い、俺は目を擦ってもう一度メンバー表を確認する。
見間違いではなく、メンバー表には『アシスタントコーチ 瀬戸大樹』と書かれているのだ。
俺は口をあんぐりと開けたまま相沢さんを見つめると、相沢さんは穏やかな表情でこちらへ視線を向けてくる
「瀬戸大樹。僕は君をコーチとしてインターハイへ同行することを命じる。僕の右腕としてしっかりと手腕を発揮してくれ」
そう高々と宣言する相沢さん。
コーチとしてインターハイに帯同する。
そっか……そんな考え方もあったのか……。
まだ俺のインターハイは終わりじゃないかったんだ。
コートには立てないかもしれないけど、コーチとしてインターハイの舞台に立てる。
それだけでも、俺にとっては十分すぎるほどのサプライズだった。
「そっか……俺行けるんだ。みんなと一緒に……」
俺は心の奥底で溜まっていたものが一気にあふれ出す。
『全国出場』
選手として叶えられなかった目標。
それを違う形で彼らと相沢さんが叶えてくれようとしていた。
感謝するにもしきれないほどのサプライズ。
胸のあたりからまた何か熱いものが込み上げてくるのを感じる。
今度は嗚咽まで漏れてきてしまう。
「ぉ…俺なんかで……。ぃいんですか?」
「むしろ大樹しかいないと思ってる。みんなも、ベンチに大樹がいてくれるだけで心強いって言ってくれたよ」
「大樹を含めたこのメンバーが、川見高校男子バスケットボール部インターハイメンバーだ!」
キャプテンが言い切るとみんなが「はい!」といって頷き、俺の元へさらに近づいてくる。
俺は視界が歪んでしまって周りが良く見えないけど、頭をもみくちゃにされながら「頑張ろうぜ」とか「頼んだぞ!」と励ましてくる声はしっかり聞き取れた。
だから、今度は俺が選手たちを鼓舞する番。
俺は泣きながらも顔を上げ、力強く言い放った。
「絶対に全国で輝くぞ!」
「おう!」
こうして、俺は思わぬ形でインターハイへ帯同するというサプライズを貰ってしまうのであった。
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