第29話 胸元事情
練習を終えて、梨世たちが着替えるのを待っていると、俺のスマートフォンがピコっと通知を知らせて来た。
見れば、相沢さんからのメッセージで――
『申し訳ないんだけど、この後学校に来れたりするかな? 大切な話があるんだ』
という文面が書かれていた。
特に予定があるわけではないので、俺は『いいですよ。今から向かいます』と返事を返してスマホをポケットに仕舞い込む。
『大切な話』という部分に多少引っ掛かりを覚えたものの、着いてからのお楽しみと言うことにしておこう。
しばらくして、梨世たちが着替えを終えて更衣室から出てくる。
「大樹ー!」
「どわっ……」
静が一目散に俺の元へと駆け寄って来て、そのままの勢いで思い切りハグをされてしまった。
一瞬で視界が暗くなり、静の胸元へ頭を引き寄せられたのだと自覚する。
「はぁ……癒し。このために今日の練習頑張った」
そう言って、静は至福のため息を吐いている。
俺としても、課題をクリアしたらハグしてやると約束してしまった以上、抵抗することが出来ずにされるがままになってしまう。
部活終わりの汗拭きシートのさわやかな香りと、静の甘い匂いが俺の鼻孔を刺激する。
それにしても、今の状況的に顔を胸に押し付けられているにも関わらず、全く女の子にあるはずの膨らみの柔らかさを感じない。
ほんと、静の成長分は身長にいっちゃったんだね……。
「静!」
静かに抱き留められながらそんなことを考えていると、梨世が俺を静から引きはがした。
「全く、静はほんとに節操ないんだから」
腰に手を当てながら深いため息を吐く梨世。
黄色のTシャツにショートパンツといういかにも夏らしい格好をしていた。
「はい、大樹おいでー」
そして、梨世は手を広げて俺を迎え入れようとしてくる。
俺はその梨世の母性のような優しい手に包まれていき……。
「ってお前もこんなところで何しようとしてんの!? あっぶねぇ騙されるところだった……」
俺は寸前のところで正気に戻り、梨世の誘惑から逃れることに成功。
あのままでは、成り行きに任せて自ら梨世の胸元へ飛び込んでしまう所だった。
危ない、危ない。
「むー!」
梨世は顔をぷくりと膨らませて不満をあらわにする。
その膨れ顔、それちょっと可愛いなおい。
「いいからバグさせろ!!!!」
すると、梨世は強引に俺の頭を両手で掴み、自身の胸元へ強引に引き寄せた。
今度は逃れることが出来ず、俺は梨世の胸元へ頭を導かれてしまう。
素早く背中に両手を回されてしまい、がしっとホールドされてしまい身動きが取れない。
梨世の柑橘系の甘い香りと、製缶スプレーの爽やかな匂い。
そして、静にはない、控え目ながらも強調している膨らみのある柔らかい感触。
てか、なんかすごい感触が生々しいのは気のせいだよね?
なんかすごい嫌な予感がするんだけど……。
「はぁぁぁ……」
そんな俺の不安をよそに、梨世は至福のひとときを味わうかのように、さらに俺をぎゅーっと抱き寄せる。
さらに生々しくその柔らかさがダイレクトに伝わって来て、予感が確信へと変わった。
間違いない……コイツブラしてねぇ!
服越しとはいえ、生乳を堪能してしまうのはまずいと思い、俺は必死に梨世から逃れようと顔に力を入れて、強引に離れようとする。
「あっ、ちょっと大樹! そんな暴れないの!」
梨世は俺が暴れ出したのを見て、さらに抱き締めを強くしてくる。
そのせいで、俺が顔をじたばたさせてしまい――
「あっ……んんっ。ちょっと大樹。今ブラ付けてないから擦れちゃう……♡」
梨世が嬌声な声を上げて身悶えてしまった。
「ぷはぁ! なんでノーブラなんだお前は⁉」
ようやく梨世から解放され、俺は顔が熱くなるのを感じながら叫ぶ。
「だってぇ、もう帰るだけだし、ブラ最近ちょっとサイズ合わなくなってきちゃったから……」
梨世は少し火照った顔で自身の胸を掴みながら言ってくる。
やめて!
そうやって下から手で持ち上げると、大きさがはっきりわかっちゃうから!
目のやり場に困って視線を周りに向ければ、地区センターのキッズルームでカードゲームをして遊んでいる小学生たちと目が合ってしまう。
あっ、ヤバイ。
と、俺の第六感が言ってる。
「よしっ、そろそろ帰ろうか!」
俺が逃げるようにして地区センターを後にしようと促す。
しかし、空気を読まない奴らがいて……。
「私にも胸があれば、大樹に喜んでもらえるのかな?」
なんと静までもが、シャツ越しから自分の胸を覗き込んで確認し始めた。
「私は普通かな?」
ティアまでもが自身の胸元を確認し始めたではないか。
「いいからお前ら行くぞ!!」
俺は踵を返してそそくさと歩き出した。
「ちょっと、待ってよ大樹ー!」
「大樹、まだハグしたりない」
「大樹君⁉」
三人が呼び止めてくるが、俺は無視して歩き続けた。
「全く、何をやってるんだか」
呆れた様子でため息を吐く倉田の声がやけに耳に響いた。
「とか言って、友ちゃんが一番気にしてるんじゃな――イデ!?」
「何か言った?」
「な、何でもないです。ごごごごめんなさい!」
梨世が踏み込んではいけないことに口を出してしまい、倉田に盛大な手套を食らっていた。
あぁ、なんでバスケ以外のことになるとこんなにも残念なんだこいつらは……。
俺は他の人に聞かれぬよう、静かにため息を吐くしかなかった。
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