第28話 課題
亜美をエアコンの効いた場所まで運び込み、冷たいタオルを脇の下に抱えさせて火照った身体を冷やしてあげる。
「あとは私が様子を見てくるから、他のメンバーで練習してていいわよ」
「いいのか?」
「えぇ、どうせあなたのことだから、色々と考えてることがあるのでしょ」
「あははっ、よくお分かりで」
「体育館を利用できる時間も限られているのだから、有効活用しないとね」
「それじゃあ悪いけど、亜美のこと頼むわ」
「えぇ」
倉田に亜美の面倒を任せて、俺はコートへと戻っていく。
体育館の入り口からコートに戻ると――
「だぁぁぁーーーー!!」
梨世が頭を抱えながら奇声を上げているところだった。
「これで私の10-0。勝負ありね」
「ぐぬぬぬぬ……悔しい、悔しい、悔しい!!!! もう一回勝負最初から!!!」
コート上ではなぜか、梨世vs静の1対1勝負が繰り広げられていた。
「どういう状況だこれ?」
「あっ大樹。なんか梨世ちゃんが売り言葉に買い言葉で10点マッチの1on1をやることになって、今勝負がついたところ」
「なるほど……」
ティアに状況を説明してもらい、俺は盛大にため息を吐いた。
「次こそ絶対アンタからゴールを奪って見せる!」
「止めとけ」
「大樹⁉」
俺は梨世の元へと近づいていき、手に持っていたボールをさらっと回収して肩に手を置いた。
「なっ、ちょっと⁉ 私たちの勝負に入ってこないでくれる⁉」
「ヒートアップしてるところ悪いが、練習再開するぞ」
「亜美ちゃんはもう大丈夫なの?」
「倉田が面倒見ててくれるとのことだ。ここを利用できる時間も限られてるからな、有効活用しないとなってことで、今から一人一人オフェンス面で課題を出すから、今日はそれをクリアしたら終わりな」
「課題って?」
「今から説明するから待っとけ」
「ただし、練習時間内に課題を達成することが出来なかったものは、明日走り込みのトレーニングをしてもらう」
「ヴェ⁉ そんなぁぁ……!」
「なんだ? 怖気づいたのか? 天才プレイヤー梨世なら、俺が課す課題ぐらい余裕でクリアできるだろ?」
「ぐっ……言われなくてもやってやらぁ!」
軽く挑発したら、梨世はやる気をみなぎらせた。
何と言うか……ちょろいなコイツ。
「それで、課題って言うのは?」
「まっ、やってみた方が早いだろ。じゃあまずは静からだな。梨世、ティア、柚、三人はゴール下まで行ってくれ」
何をするのか分からないといった様子ながらも、三人はゴールラインへと向かっていく。
三人が到着したところで、俺が静に対する課題を説明する。
「静はフリースローラインで反転した状態でボールを受ける事。そしたら、三人は一斉に静を取り囲んで三人がかりでマークしろ。遠慮はいらん。静からボールを奪ったら勝負あり。静は明日走り込みだ」
「……分かった」
「静のクリア条件は、この三人からマークをつかれている状態から五回連続でシュートを決めきること。それが俺からの課題だ。そしたら、明日の走り込みは免除してやろう」
「別に走り込みはどっちにしてもやるから、五連続決めたらハグがいい」
「えっ……」
「ダメ?」
「わ、分かった。五本連続決めたらハグな。クリアしたらな」
「うん、頑張る」
静かは嬉しそうに両手で握りこぶしを作ってみせる。
どうやらやる気スイッチが入ったみたいだ。
「パスは俺がスリーポイントラインから出す、パスを出した瞬間、三人はゴールラインから一斉に静を取り囲んでディフェンスに行くこと。OK?」
「分かった……」
「理解したよ大樹君!」
「何か分かんないけど、頑張ってみる!」
三人からの了承を得て、俺はボールをその場でドリブルを突く。
「よーしっ、それじゃあよーい、スタート」
俺がパシンと手を叩いて静の挑戦がスタートする。
「大樹!」
静がフリースローラインでパスを要求する。
俺がバウンドパスを静へ出した途端、三人がゴールラインから一気に静目掛けて近づいていく。
ボールを受けた静は、あっという間に三人に取り囲まれてしまう。
しかし、身長差を生かしてボールを上に置いた静は、そのままシュートモーションへと入る。
三人も必死にジャンプしてブロックを試みるものの、静の長い腕の先に届くはずもなく、ほぼノープレッシャーでシュートを放った。
難しい中距離からのシュートだったものの、静はいとも簡単にスパっとシュートを決めて見せる。
「ワオ⁉」
「三人がかりなのに!?」
驚きを隠せない表所を見せるティアと柚。
一方の梨世は、ぷくーっと頬を膨らませて――
「こんなの無理に決まってるじゃん!」
と文句を垂れてくる。
「ったくお前は逐一突っかかってくるクレーマーかよ」
俺は頭を掻きつつ、静に次なるミッションを課す。
「静、今度はシュートの種類をこちらで指定する。次はレイアップで決めて見せろ」
「うん、分かった」
再びスタートして、静がフリースローラインでボールを受けると、三人が一斉に襲い掛かる。
レイアップシュートに行くためには、ドリブルを突かなければならないので、姿勢を低く保たなければならない。
静は身長もあるため、姿勢を低くしたとしてもドリブルがほかのプレイヤーよりも高くなってしまう。
三人のもボールを奪い取るチャンスは生まれるはずだ。
さぁ、どうする静。
静は片足を上手く使って回転しながら、三人の間を割って入っていけるスペースを探していた。
三人がボールを奪おうを手を出すものの、静は細かくボールの位置を変えてかいくぐる。
そして、梨世と柚の間に出来たわずかな隙間を見逃さなかった。
静は長い足を二人の間にねじ込み、そのままの強引に二人の間を割って入っていって見せる。
その勢いに気圧され、二人は身体を吹き飛ばされ尻餅をついてしまう。
抜き切った静は、ステップを踏んで見事レイアップシュートを決めて見せた。
リングに吸い込まれて下から出てきたボールが、ダムダムとコートをバウンドする。
「あちゃー。一本取られちゃったねこりゃ」
腰に手を当て、清々しい表情を浮かべるティア。
「こ、怖かった……」
「ぐぬぬぬぬ……」
静の迫力あるドリブルに気圧されている柚と、悔しそうに歯ぎしりする梨世。
「まっ、普段あれだけ男子部員とマッチアップしてたんだ。静にとっちゃ、女子部員三人相手なんて物足りないぐらいかな?」
その後も、俺が指定したシュートを静は三人のマークがついているにもかかわらず、いとも簡単に五連続で決めて見せた。
「OK。静は無事、ノルマ達成だな」
「大樹―!」
「ハグは練習が終わってからな」
こちらへ駆け寄ってくる静を手で制すると、静はしゅんと身体を丸めてしまう。
「後でな。今は練習中だから」
「うん、分かった。我慢する」
静は練習が終わるまでハグを待ってくれることとなった。
とはいえ、地区センターという公共の場でハグされるのも恥ずかしいんだけどね?
俺は一つ咳払いをして、今度は三人を見渡した。
「よしっ、次は三人の課題をいっぺんにやるぞ。静はディフェンスを頼む」
「ん、分かった」
そして俺は、それぞれに課題を発表していく。
「梨世はまず、静が付いてくる中でレイアップシュートを決めきって見せろ。一対一で抜けない時、無理にロングシュートを打つ癖を無くすためだ。静もついて行くだけでシュートブロックはしないでくれ。手を伸ばすだけでいい」
「はぁ? そんなの簡単に決められるに決まってるじゃん。いくらなんでも私の事舐めすぎ」
「なら、時間内に一本でも決めてみるんだな」
「ぐぬぬ……」
俺は次に、ティアへ視線を向ける。
「ティアは逆に、フリースローラインより後ろからのジャンプシュートを打つこと。シュートの感覚を取り戻すこともあるが、膝の使い方がおっかなびっくりなってる。まずはそこをリハビリしていく。3本決めることが出来たらクリアだ」
「OK。任せて!」
最後に、柚へ課題を課す。
「柚はまず、レイアップシュートの基本からだな。俺が個人的に教えるから、それが出来るようになったら、静が手を伸ばした状態で突っ立ったままの所からレイアップシュートを1本でも決める事。そしたら明日の走り込みは免除だ」
「あの打ち方じゃダメなの?」
「スローインみたいな打ち方じゃ勢いがあり過ぎて、入るものも入らないよ」
「そうなんだ……じゃあしょうがないね」
柚は渋々と言った感じで納得してくれる。
「よし、それぞれ残り時間は今課した課題に取り組むこと。出来なかったら明日は走り込みだから覚悟しておけ!」
「鬼……ここに鬼がいる?」
「何か言ったか?」
「なんでもないよーだ」
ぷぃっと視線を背けて、唇を尖らせる梨世。
「一本だ。一本でも決めれればいいんだぞ? それとも、出来ないって怖気づいてるのか?」
「あぁもうわかったよ! やればいいんでしょやれば!」
「決まりだな」
こうして、三人にそれぞれ課題を課して、練習が再開される。
もちろん、先ほどの三対三や今まで見て来たそれぞれの特性を考えて出したいわば問題点。
そんな欠点をいとも簡単に克服できるような人間などほとんどいない。
結局、練習時間までに俺が課した課題をクリアできたものは誰一人現れず、三人の走り込みが決定したのである。
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