第16話 それぞれの気持ち

 夜、私佐倉梨世は思い悩んでいた。


「うーん……」


 大樹がコートになって嬉しいはずなのに、私の心の中には、モヤッとした感情が芽生えていた。

 理由はもちろん、大樹が澪ちゃんを連れて来たこと。

 さらに、澪ちゃんはなんと、バスケ部に入れてくださいと志願してきたのだ。


 澪ちゃんがバスケ部に入ってくれることが不満なわけではない。

 むしろ女子部員が入ってくれるのは大歓迎である。


 私がモヤモヤしているのは、以前澪ちゃんは教室でもバスケはもうしない宣言をしていたはず。

 なのに、あの時から手のひらを返したように、澪ちゃんはバスケ部に入りたいと言ってきたのだ。

 この変わりよう。

 考えられることは一つしかない。

 大樹が何か澪ちゃんを仕向けたのだろう。


「やっぱり大樹は、澪ちゃんみたいな金髪美女が好きなんじゃん」


 私はそんな独り言を呟くものの、モヤモヤは晴れるどころか増すばかり。


「元々は私がコーチになって欲しいって言ったのに……」


 私が一番モヤっているのは、元々コーチになって欲しいと大樹に言ったのは私なのだ。

 大樹がコートになってくれたのは嬉しい。

 けれど、大樹を突き動かしたのは、きっと私じゃなくて――


「あーダメダメ。やめようこんなの私らしくない」


 負の思考に陥りそうになり、私は考えるのをやめてベッドに倒れ込む。

 その時、ズキっと胸の辺りに痛みを感じた。

 私の中で、嫌な悪寒が走る。

 恐怖心に苛まれ、私は布団を被って暗闇に閉じ籠った。


 お願いします神様。

 大樹と楽しくバスケが出来ますように。

 私はそう心の中で願いながら、深淵へと思考を向けていった。



 ◇◇◇



 一方その頃、別の場所では――


「ティア……ティア……えへへっ」


 私、形原・ティアリ・澪は、彼が付けてくれたニックネームを何度も自分で復唱していた。

 自分でも分かるぐらいに、私の頬は緩みっぱなし。

 そりゃ、あんな情熱的に言われたら、私の心は彼に奪われてしまうに決まってる。


『絶対にもう一度輝きを取り戻させて見せる』


 私の中でくすぶっていたものを揺さぶって、手を差し伸べてくれるんだもん。

 そんなことを言われたら、その僅かな望みに縋りたくなっちゃうよ。

 だから代わりに、私はその責任を彼に追わせる代償として、名前呼びを命じたのだ。

 そしたらまさかのミドルネームから取ったニックネーム呼び。

 しかも、今まで呼ばれたことがない言い方を彼が付けてくれたものだから、私はそれが余計に嬉しかった。

 彼を信頼してもう一度立ち上がろう。

 そう心が決まった瞬間だった。


「はぁ……」


 それほどに彼のアプローチは、私の眠っていたものをよみがえらせてくれるには十分すぎた。

 彼の真っ直ぐな瞳を思い出すだけで、身体が火照ってしまう。


 その後、彼は私の手を引いて近くにある体育館へ私を連れて行った。

 一度決めたら真っ直ぐに突き進む。

 そんな強引なところも男らしくてカッコよかった。

 大樹に連れて行かれた体育館では、同じクラスの梨世ちゃんともう一人の女子生徒がバスケの練習をしていた。

 そんな二人を叱咤して、大樹はいきなり私に対して『レイアップシュートを打て』と言ってきたのである。


 何が何だかわからぬまま、私は大樹からのパスを受けてシュートを放ったけれど、まだ何も指導してくれていないので、ボールはリングにかすりもせずにボードに当たって跳ね返ってしまう。

 それでも彼は、私を責めるわけでも馬鹿にするわけでも無く微笑んでいた。


 俺が付いているから安心しろ。


 まるで、彼からそんなメッセージを受け取ったような気がしたのだ。

 あんな惨めなプレーをする私でも、ありのままに受け入れてくれる。

 そしてそれは、大樹以外の二人も一緒。

 彼がそれを私に教えてくれたのだ。


 そこからは、勇気が自然と湧き上がり、大樹に背中を押され、水からバスケ部に入れて欲しいと口にしていた。

 彼がずっと支えてくれる。

 そう分かったからこそ、私は安心してバスケ部に入ることが出来たのだ。


 でも一つ、私は彼に騙されたことがある。

 それは――


「女子部員が私以外に二人しかいないなんて聞いてないんですけど-!!」


 バスケ部は五人競技。

 試合をやるにもあと二人は必要なのだ。

 何だか、いい男に告白されて付き合い始めたら、怪しい壺を買わないかと勧誘されたような気分である。


「大樹のバーカ。私を羽ばたかせてくれたとしても、そもそも人数がいなきゃ羽ばたけるものもないじゃない……」


 私は不満を垂らしながら、窓を開き、手すりに手を置きながら、夜空を眺めてぼやくのであった。

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