第15話 コーチ就任

 ティアが入部することが決まり、三人が手を取り合ってはしゃいでいる最中、俺はゆっくりドリブルを突きながらスリーポイントラインまで戻って立ち止まった。

 そして、俺は右足だけで片足立ちになり、ボールを額の上に置いてシュートモーションへと入る。


「ちょっと、大丈夫⁉」

 

 俺がシュートを打とうとしていることに気付いた梨世が、慌てて止めに入ってくる。


「心配すんな」


 手で梨世を制止して、俺は遠くに佇むリングだけを見据えた。


「安心しろ! 俺のことも、お前たちのことも……!」


 俺はすうーっと息を吐いて右ひざを曲げた。

 大丈夫だ、感覚はまだ残っている。

 一つ息を吐いてから、俺は右足だけでスッっとジャンプしてシュートを放った。

 きれいな放物線を描いたボールは、回転が掛かりながら吸い込まれるかのようにリングへ向かって行く。

 そして、スパッという綺麗な音と共に、ボールはゴールへと突き刺さった。

 ゴールに吸い込まれたボールが、ダムダムとバウンドしながらゆっくり手元へと戻ってくる。

 俺はそれを再び足元で拾い上げると、俺は三人の方へと振り返り、自信満々な表情で言い放った。


「お前たちは何も心配する必要ない! 俺が必ずお前たちを最高の舞台へ連れて行くって決めたからな! だから、安心して俺についてきて欲しい! 未熟なところもあるかもしれない。みんなにサポートしてもらうことがあるかもしれない。けど俺は、お前たちのためにベストを尽くすよ! 」


 俺が決意表明をすると梨世は目をパチクリさせながら確認してくる。


「それって……私たちのコーチになってくれるってこと?」

「あぁ、そういうことだ。お前たちは男子バスケ部のおこぼれ部員なんかじゃない。女子バスケットボール部員として誇りを持ってプレーしろ! 俺が絶対に全員を輝かせて見せる! だから、俺を女子バスケ部のコーチにしてください!」


 俺が頭を下げて彼女たちにお願いした。

 今持っているすべてを、梨世たちに還元する。

 その上で、彼女たちに最高のパフォーマンスをして欲しい。

 今の俺の願いだった。

 しばらくの沈黙が続いた後、梨世が声をかけてくる。


「顔を上げて大樹」


 俺が顔を上げると、梨世と倉田、そしてティアは微笑みを浮かべていた。


「こちらこそ、私たちを最高の舞台へと連れて行ってください。よろしくお願いします!」


 梨世が頭を下げたを見て、倉田とティアも頭を下げた。


「これで交渉成立だな。言っとくけど俺の練習は生半可なモノじゃないから覚悟しておけよ」


 俺が言い切る前に、梨世は涙目になりながら飛びついてきた。


「大樹!!!!」

「うわっちょ、梨世!!!」


 俺は抱き付かれた衝撃でバランスを崩し、梨世を抱きかかえたままコートへ尻餅をついてしまう。


「ありがとう大樹!!」


 倒れたまま、梨世は嬉し涙を流して感謝の言葉を述べてくる。


「わかった、わかったから! 頼むから離れてくれ!」


 汗ばんだ梨世の匂いと甘い柑橘系の香りが漂う。

 これは、健全な男子高校生にとっては刺激が強すぎる!

 はっと我に返った梨世が顔を赤らめて――


「うわぁ、ごめん大樹! 私何も考えずに飛び込んじゃった……」

「本当だよ……」


 梨世は小声で訪ねてくる


「私、汗臭くなかった?」

「いや、気にするのそっち⁉ 俺の怪我の方じゃなくて⁉」

「そりゃ、大樹は丈夫だから平気だよ。それよりほら、練習で汗掻いちゃったからさ……」

「別に気にならねぇよ」


 ごめんなさい嘘つきました、めっちゃいい香りを堪能しました、はい。


「あのぉ……お二人さーん?」


 我に帰り、残りの二人の存在がいることを思い出す。


「ホントあなたたちは……」


 そこには、二人の様子を見て呆れ返った表情で睨み付ける倉田と苦笑しているティアの姿があった。

 倉田さん、そんなゴミを見るような目でこっちを睨まないで!

 俺のライフはもうゼロよ!


 ゆっくりと立ち上がり、俺はティアと倉田の方へ体を向けた。


「まあ、そのなんだ……改めてコーチとしてよろしくな」

「うん、よろしくね!」

「えぇ、こちらそこ」


 改めて言うと、二人とも明るい表情で答えてくれた。


「よーし、じゃあ円陣組もう!」


 とそこで、梨世が意味不明なことを言い始めた。


「は? なんでだよ?」

「え? そりゃだって、澪ちゃんのバスケ部加入、大樹コーチ就任記念、川見高校女子バスケットボール部本格始動を祝してって感じ?」

「なになに? 円陣? いいねぇそれ、楽しそうじゃん! やろうよ-!」


 ティアが梨世の提案に乗り気になってしまう。


「いいのかそれ?」

「ま、悪くないんじゃない?」


 珍しく倉田までもが梨世の意見に賛同した。

 俺は小さくため息をつき。仕方ねぇなという表情をしながら――


「じゃあ、やるか」


 と頷いた。


「よーし、じゃあみんなこっち来て!」


 ティアと倉田が俺の元へ近づいてきて四人で肩を組む。

 女子三人で男子は俺一人。

 こんな円陣は初めてなので、少し緊張してしまう。


「澪ちゃん。私が掛け声をかけるから、終わったら『ファイ・オー!!』って言いながら拳を天高く突きあげるの」

「OK。任せて!」


 にこっと笑みを浮かべるティア。

 輝かしい笑顔も素敵だが、隣から漂ってくるフルーティーな香りに、俺の脳内が変な気を起こしてしまいそうになる。

 俺が煩悩と必死に戦っていると、梨世が掛け声を上げた。


「では、瀬戸コーチ就任と川見高校女子バスケットボール部本格始動を記念して~っ、川見~!!」

「ファイ・オー!!」

「ファイ・オー!!」

「ファイ・オー!!」


 こうして、川見高校女子バスケットボール部は、新入部員としてティアを、コーチとして俺を加え、新たな歴史の第一歩を踏み出した。


 そしてこれは俺にとって、第二の青春での始まりでもある。

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