第14話 バスケ部に入れてください!
俺とティアが向かったのは、梨世たちが練習している地区センター。
地区センターの体育館へ足を踏み入れると、入り口手前側では地元の小学生や地域のご老人が卓球を楽しんでいた。
卓球台が連なる向こう側。
ネットで仕切られた先にある奥のコートで、梨世と倉田は練習に励んでいた。
といっても、梨世と倉田の二人しかいないため、出来ることは限られてくるだろうけど……。
今は、1on1形式の練習に精を出していた。
梨世がドリブルを突き、倉田がマークについている。
どうやら抜きにかかるタイミングを計っている様子。
梨世は緩やかなドリブルを突きながら、腰を下げてドリブルに変化を付けてステップを踏む。
倉田は梨世がいつ仕掛けてもいいように、細かいステップを踏みながら腰を低くして構えていた。
しばらくコート内にドリブルの音だけが響き、二人の間に緊張感が漂う。
梨世が右手から左手にボールを持ち替える。
すると、梨世は一気に左足を踏み込み、倉田を抜きにかかった。
しかし、倉田も梨世のタイミングを完全に読み切っていたらしく、コースを消しに入った。
ドリブルのコース取りが甘い!
梨世の滑り出しは素晴らしかったものの、倉田にプレッシャーを掛けられたと分かった途端、怯んでかなり大回りにドリブルを突いてしまっていた。
倉田も倉田で、距離を詰めてボールを奪いに行くチャンスなのだが、どちらも実践経験が足りないからか、1on1の迫力に欠けている。
梨世は体勢を立て直して、今度は右から倉田を抜きに掛かろうとする。
先ほどドリブルを反省したのか、倉田の身体ぎりぎりを抜き切るようなコース取りをした。
倉田と必死に食らいついてきたところで、梨世は右手でボールと一突きすると、そのまま身体を一緒にくるりと回転させる。
バックターンだ!
しかし、遠心力に耐えられず、梨世のターンは覚束なくて、かなり大回りになってしまう。
当然、倉田も体勢を立て直すことに成功して、梨世のコースを防ぎにかかる。
梨世は再度体勢を立て直し、再び倉田と対峙した。
左手から右手へボールを持ち替えると、倉田のプレッシャーを嫌ったのか、ゴールから遠ざかるように横へとドリブルを突く。
あんな逃げのプレーじゃ、抜くこともままならないぞ!
案の定、チャンスと見た倉田が梨世との間合いを詰めていく。
端へと追いやられてしまった梨世は、ドリブルの手を止めてボールをキャッチしてしまった。
倉田がボールを奪い取ろうと手を出したところで、梨世はボールを抱え込んでしまう。
ドリブルを突いた後、ボールを一度持ってしまったら、再びドリブルをすることは反則だ。
なので、梨世は今詰み状態なのである。
「とりゃー!」
すると、梨世は最終手段と言わんばかりに捨て身のジャンプで飛び上がると、ぐちゃぐちゃのシュートフォームでリングに向けてシュートを放った。
しかし、そんな適当投げでリングへ届くわけもなく、ボールはリングの遥か手前で勢いを失って地面にバウンドして転がっていってしまう。
「なぁぁぁー!!」
乙女らしからぬガニ股で頭を抱える梨世。
「ドリブルがぬるい!!」
気づけば、俺は梨世に向かって苛立ちにも似た声を上げていた。
二人はその声でこちらの存在に気が付き、驚いたような表情を浮かべる。
「大樹⁉」
「あら、来てくれたのね」
俺は足を引きずりながら二人の元へと歩いていく。
「練習がぬるい! 梨世、それで倉田を抜けるとでも思ってるのか!」
「い、いきなりそんな事言われても……」
「いい訳にするなって言ってるんだ! 試合に出れないのと練習がぬるいのは関係ない!」
なおも強い口調で言い放ち、俺は呆れ交じりにため息を吐いた。
「はぁ……まあいい。二人に紹介したい人がいるんだ。ティア、こっちにおいで」
俺がティアへ声を掛けると、彼女は借りてきた猫のように身体を縮こまらせてこちらへコートへと入ってくる。
「澪ちゃん⁉」
「あら」
梨世と倉田もティアの姿を見て、驚きを露わにしている。
「梨世。ボール貸せ」
「え、うん……」
梨世が拾い上げたボールを俺にパスしてくる。
女子バスケットのボールは、男子よりも一回り小さいので少々軽く感じた。
俺はちらりとネット近くに佇むティアを手招きする。
「ティア、レイアップシュートだ」
「えっ⁉」
「大丈夫だ。今のティアを全力で表現してみろ」
「う、うん……!」
戸惑った様子のティアだったがまま、俺がパスを出す体勢に入ると、ティアは慌ててゴールに向かって走り出した。
ティアの走っている速度を落とさぬよう、俺は丁寧にバウンドパスを供給する。
俺の出したパスは、ティアの手元にピタリと収まった。
そのままドリブルを突き、ティアはゴールへと向かっていく。
1……2……とステップを踏み込み、バネのように華麗な跳躍。
そのまま手を伸ばして、ボールを置いてくるようにレイアップシュートを放つ。
がしかし、ティアは力んでしまい、手先からボールを放すと、ボールは勢いを付けたままボードに当たり、リングに触れることなく跳ね返ってしまった。
明後日の方向へと飛んでいったボールが、ダムダムと体育館の床にバウンドする音だけが鳴り響く。
「OKだティア。いいぞ、その調子だ!」
「全然良くないけど⁉」
俺がティアのプレーを褒めると、梨世はすかさずツッコミを入れてくる。
「ティアはあれでいいんだよ。俺が磨き上げて行くんだから」
そう言って、俺は転がっていったボールを追いかけていき、体育館の端に行ってしまったボールを拾い上げる。
振り返ると、ティアは恥ずかしそうにコートの中で人差し指を突き合わせていた。
俺はティアへ声を上げる。
「ほらティア、言いたいことがあるんだろ? ちゃんと二人に伝えないと!」
「う、うん……」
俺が発破をかけると、ティアはすぅっと一つ深呼吸してから、二人に向かって大きな声を張り上げた。
「私、形原・ティアリ・澪! 特技はバスケ! 常にバスケのことばっかり考えてるバスケ馬鹿です! こんな私ですが、皆さんと一緒にバスケをやりたいです! どうか私を女子バスケ部に入部させてください! よろしくお願いします!」
ティアは覚悟を決めて、梨世と倉田に向かって入部させて欲しいと頭を下げた。
「顔上げて澪ちゃん」
彼女が顔を上げると、二人はふっと優しい笑みを浮かべて、ティアへ手を差し伸べた。
「こちらこそよろしくね! ようこそ川見高校女子バスケットボール部へ!」
「快くあなたを歓迎するわ」
二人がティアの手を取って歓迎の言葉を口にすると、ティアは嬉しそうにはにかんだ。
「ありがとう! 私、頑張るね!」
こうして、ティアが川見高校の女子バスケ部に入部することが正式に決定した。
三人はお祭りムードではしゃいでいるが、俺からもう一つ大切なことを言わなければならない。
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