第17話 正式な部員
女子バスケ部のコーチとして始動してまもなく、川見学校は夏休みに突入した。
外からはセミの音がけたたましく聞こえており、夏の暑さをさらに助長している。
校内にいつもの喧騒はなく、部活に勤しんでいる運動部の掛け声や吹奏楽部の楽器を奏でる音が午前中から鳴り響いているだけ。
俺はとある人物の元を訪れていた。
「そうか、女子バスケ部のコーチにね」
「はい、相沢さんみたいになれるかはわかりませんが。女子バスケ部を戦えるチームに出来るよう頑張りたいんです」
俺は相沢さんに事の経緯を話している。
心配してくれていたし、なにより退部届を提出した身として、再びバスケに関わるとなったら、相沢さんに筋を通しておくべきだと思ったのである。
相沢さんはしばらく黙っていたが、ほっと一息吐くと、優しい微笑みを向けてきた。
「いいんじゃないか? 梨世たちも、それを望んでいるんだろ?」
「本当ですか⁉」
「あぁ、もちろん。僕は大歓迎だよ。大樹には、どんな形であれバスケ部に残ってもらいたかったからね。大樹がまたバスケットに対してひたむきな姿勢を見せてくれるだけで、僕はとても嬉しいと思っているよ」
「ありがとうございます!!」
俺は感謝の意を込めて、再び相沢さんに向かって大きく頭を下げた。
「そんなに畏まらなくていいよ。実を言うと、僕もどうしたら大樹がまたバスケットに向き合っていけるかって考えていたところだったからね」
「相沢さん……」
俺は涙が出そうになってきてしまう。
あんな形で退部届を提出してしまったのに、相沢さんはずっと俺のことを考えてくれていたなんて……。
本当に気遣いの出来る、心優しい人であることを改めて実感させられる。
「じゃあ、この退部届はなしってことでいいね?」
そう言って、相沢さんはおもむろに引き出しから取り出した俺の退部届を手にする。
「え? でも、俺はもう選手ではないので、バスケ部ではないですよ?」
「選手じゃなくても、バスケ部として何かしら少しでも関わっていれば、部員であることに変わりはないさ。だから、君もバスケ部にコーチとして携わるなら、川見高校バスケットボール部の正式な部員だよ」
「相沢さん……」
俺は本当に頭が上がらないなと思った。
その意味も込めて、俺は深々と頭を下げる。
「これからコーチとしてですが、よろしくお願いします!」
「よろしくね大樹君。書類関連のことはこっちで何とかしておくから、ひとまずこれは返却するよ」
そう言って、相沢さんから退部届を返却される。
受け取った俺は、その場で退部届をくしゃくしゃにしてしまう。
その様子を見て、相沢さんがふっと笑みを浮かべた。
「それじゃ、今後は女子バスケットボール部の練習に関しては、大樹に一任するよ。もし男子と合同で練習がしたいときはいつでも言ってくれ」
「はい、わかりました!」
こうして俺は、相沢さんの許可を得て、正式に川見高校女子バスケ部のコートに就任することとなった。
「というわけで、コーチ就任おめでとう!と言いたいところなんだけど、早速大樹コーチに大事な話があるんだ」
ほっとしたのも束の間、相沢さんがキリっとした表情で真っ直ぐな瞳を向けてくる。
「大事な話、ですか?」
「あぁ、これは今後の川見高校女子バスケットボール部の未来を左右する大切な話だよ」
相沢さんに大切な話だと言われて、俺は思わず息を呑んでしまう。
「大切な話というのは何でしょうか?」
俺が恐る恐る尋ねると、相沢さんはおもむろに口を開いた。
「実は……」
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