第25話 チームの目標

 俺達は学校を後にして、城鶴高校からほど近い国道沿いのファミレスへと足を運んでいた。

 四人掛けの机と二人掛けの机をくっつけて、向かい合わせに三人ずつが座っている。

 俺は誕生日席に腰掛け、改めて彼女たちの様子を窺いつつ、一つ咳払いをしてから口を開いた。


「では、改めて……合同チーム結成ということでいいでしょうか?」


 梨世と静はまだ睨み合っているものの、異論は出てこない。

 どうやら、合同チーム発足に関しては賛成と言う事でいいのだろう。


「それじゃあ、今日から合同チーム結成ということで、今後のことも含めて色々と決めていきたいんだが、まずはチーム結成に当たって、このチームの目標を決めようと思う」

「目標ですか?」


 亜美が首を傾げながら反応してくれた。

 おかげで話が進めやすくなる。


「そうだ、これから公式戦に向けて練習をしていくわけだから、チームとして目標をたてた方が、みんなの方向性が一つになってチームがまとまると思うんだ」

「なるほど、いい考えだと思います! ス○ムダンクでも『全国制覇』という目標がありましたものね!」

「そう言うことだ。チームで明確な目標があれば、モチベーション高く練習に取り組むことが出来るってわけだ。だから、最初に目標を決めておくことは重要だと思ってる」

 

 川見高校男子バスケットボール部も、『インターハイ出場』という目標を立てて日々努力してきた。

 そう言った何か達成できるような現実的な目標は、チームの方針を決める上で大きな指標となる。


「それにしても、目標ねぇ……」


 倉田が顎に手を当てて困った表情を浮かべる。


「大体、バスケ経験者と未経験者。各々能力値が違い過ぎると思うのよ。まずは個々の能力を伸ばすととかでいいのではないかしら?」

「ダメだよ! ここはもっと、パーっと大きく掲げなきゃ!」


 倉田の意見に対して、ティアが真っ向から対立する。


「目標かぁ……」


 睨み合っていた梨世と静もうーんと首を捻って悩みだす。


「私たち、今まで公式戦すら勝ったのとが無いのよ。高望みしすぎる目標設定にしても、目の前の壁が高すぎてかえってモチベーション維持が難しくなる可能性も考えられるわ」


 己の現状をしっかりと分析したうえで、倉田は静の方へ視線を向ける。


「城鶴高校は、具体的な目標とか立てていたのかしら?」


 倉田の問いかけに対して、静が淡々と答える。


城鶴うちは、毎年県ベスト8以上はノルマみたいなものだったから、目標は全国出場だったよ」


 さすがは元強豪校、目標設定のレベルが違い過ぎる。


「県ベスト8……」

「私たちにとっては夢のまた夢のような目標ね」


 梨世はごくりと生唾を飲み込み、倉田は冷静に髪をさっと手で靡かせる。

 正直、今の状態で県ベスト8を目標にするのは間違いなく難しい。


「亜美と柚はどう思う?」


 今度は、バスケット未経験者側の意見を聞いてみることにする。


「私はまず、試合に出ることが目標です。ボールハンドリングもおぼつかないですし、まずは皆さんに恥じないぐらいのプレーをしていきたいと考えています」

「私はもちろん勝ちたいよ! けどそれより、まずはドリブルで相手を抜き去りたいかな! メッ○みたいに!」


 俺は苦笑しながら「そうか」と相槌を打つ。

 やはり、未経験者からしたら県大会なんて目標は現実感が湧かないのだろう。

 具体的なチームの目標を考えさせるのは、少し酷だったかもしれない。


「梨世は、どう思う?」


 ずっと黙ったままだった梨世は、真剣な眼差しで机の一点を見つめながら何かを考えているようだった。

 しばしの沈黙が流れた後、梨世がようやく口を開く。


「大樹はどうしたいの?」

「えっ、俺?」


 質問を質問で返されてしまい、俺は戸惑ってしまう。


「俺はコーチとして、お前らが決めた目標に向かっていければそれで……」

「いや、それは違うよ大樹」


 俺の答えに喝を入れたのは、珍しく静だった。


「大樹が叶えたいことがあったから、コーチを引き受けてくれたのでしょ? 梨世はきっと、そのことを聞いてるんだと思う」

「俺がコーチになった理由……」


 俺は、梨世たちのコーチになることを決意した日のことを思い出す。

 ティアを復活させたい。

 梨世たちを成長させたい。

 突っ走ってここまで進んできたけど、その根底にあるものはなんだ?

 自分に自問自答しながら、俺は言葉を選びつつ答えていく。


 「俺は……梨世たちに勝って欲しい。思い出作りに合同チームを組むんじゃなくて、もっと強くなったチームの景色というのを見て欲しい。だから俺は、コーチになることを決めたんだ」


 そうだ、結局俺は、ここにいるみんなで最高の舞台を観に行きたいのだ。

 だから俺は、梨世から受けたコーチの打診を承諾したのである。


「なら、大樹が思ってる目標は何?」

「俺は……」


 梨世に促されて、俺が口を開こうとした時――


「そりゃもちろん、全国大会出場。だよね!」


 俺の言葉を遮るようにして、ティアが自信満々に言い切った。

 その青い瞳からは、どこかメラメラと闘争心のようなものすら感じられる。


「大樹君言ってくれたもん! 私を復活させてくれるって。ならそれは同時に、私にとってふさわしい場所へ返り咲くって事だもん!」


 ティアと交わした約束。

 彼女を復活させてあげる。

 その中に、チームとしての目標も含まれているということなのだろう。


「で、でも……流石に全国はハードルが高すぎるんじゃ」


 亜美がおずおずと手を挙げながらティアに向かって弱々しい声を上げる。


「最初から無理だって諦めるのは簡単なことだよ。でも目標に向かってひたむきに続けるからこそ、夢って掴めると思うんだ! ス○ムダンクでも同じような名言あるでしょ。諦めたら終わりだって!」


 ティアの言葉を聞いて、亜美は鳩に豆鉄砲を食らったような顔になる。


「そうでした……私、簡単なことを忘れてました」


 亜美は自分に言い聞かせるように、何度も頷いて納得したような表情を浮かべていた。


「だから、このチームの目標は全国出場! 叶わないかもしれないけど、最初から逃げちゃダメだと思うから!」


 ティアが声高々に言い切ると、他のメンバーが周りを見渡して目配せする。

 そして、ふっとみんなが笑みを浮かべて――


「いいじゃん。私はその姿勢、嫌いじゃない」

「そうね、最初から諦めちゃダメだったわね」

「よっしゃぁー! なんだかワクワクしてきた!」


 それぞれ期待に胸を膨らませ、ワクワクしている様子だ。


「全国出場……」


 梨世もその言葉をぐっと噛み締める。

 それは、俺と梨世が交わした約束でもあったから。


「それでいいか梨世?」


 俺が尋ねると、梨世は顔を上げて今までになく輝いた笑みを浮かべた。


「うん! 絶対、このチームで全国出場してみせる!」


 こうして、このチームの目標が決まった。

 合同チームで全国大会出場。

 歴史上成し遂げたことがあるのか分からない無謀な挑戦だけれど、彼女たちは今、一歩を踏み出そうとしている。

 俺は彼女たちの目標を達成させてあげるためにも、最適な練習方法や個々の成長、試合でのマネジメントをしていかなければならない。

 難しい挑戦であることは百も承知だ。

 だからこそ、余計に燃えてくるというもの。


「よしっ、それじゃあこのチームの目標は全国出場。俺がこれからビシバシ鍛え上げていくから、覚悟しておけよ!」


 俺が言い切ると、全員が『はい!』と元気な声で頷いた。


「よっしゃ! それじゃあ目標も決まったことだし、今日は沢山食べるぞー!」

「おい! せっかくの雰囲気をぶち壊すな!」

「だって、なんか決まったらお腹空いちゃったんだもん。それに、腹が空いては戦は出来ぬでしょ?」

「都合のいいときだけことわざを引っ張り出してきやがって……」


 早速食い意地を張る梨世に頭を抱えていると、ティアが俺の手をトントント叩いた。


「まあいいじゃん。今日はチーム結成祝いって事でさ!」


 ティアに宥められて、俺も渋々納得して破願した。

 梨世は勝手に仕切りだして、全員にグラスを掲げるよう指示を出す。


「それでは、これからみんなで一緒に頑張って行きましょー! 乾杯!」

「かんぱーい!」

「おっ、おー!」

「はいはい」

「全くもう、しょうがないわね」


 突然の乾杯に、ノリがいい奴もいれば、ついて行けけずにおどおどしているメンバーがいたりと、反応はばらばら。

 そんな性格や能力値も多種多様な彼女達が、今から全国出場という目標に向かって一歩を踏み出そうとしている。

 彼女達の成長していく姿を一番近くで見届けてることが出来ることに、俺はどこか嬉しさを覚えつつ、自分の中で覚悟を決めきった。


 彼女達を絶対に、全国へ連れて行くと――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る