第23話 静の本性

 そうこうしているうちに、試合形式の練習が終わったらしく、古田さんが静をこちらへ呼び寄せてきてくれた。

 近づいてくるほどにわかる彼女の身長の高さと威圧感、そしてキリッとした表情は、とても自身に満ちたバスケットに対する情熱が窺える。


 引き締まった体に艶やかな白い肌。

 スラリとした腕と足。

 まるでモデルかのようなすらりとした腕と足にもかかわらず、その腕と足にしっかりついている筋肉は、今まで鍛え上げてきた賜物だろう。

 唯一残念なのは、男子に混ざっても全く目立たない女性特有の膨らみがないことであろうか。

 横から見ても真っ平らな胴体。

 成長分が全部身長にいっちゃったんだね。


 大丈夫、諦めないで!

 まだ成長期はこれからだから!


 心の中で静の女性事情について将来の成長を祈願していると、俺達の所へ静がやってきた。

 練習直後と言うこともあり、静の表情はキリっとしている。

 どこか戦い終えた戦士のような風貌さえ感じてしまう。

 そんな静を目の前にして、倉田とティアはその威圧感を前に圧倒されている様子だ。

 俺は気にすることなく、いつもの軽い調子で手を挙げながら静に声を掛ける。


「よっ、久しぶりだな静」

「大樹……久しぶり」


 改めて向かい合うと、前に会った時よりもさらに背丈が伸びているような気がした。

 練習中に掻いた汗を手でぬぐいながら、静は俺の膝へと視線を注いでくる。


「怪我の調子はどう??」

「まあ、ぼちぼちって感じかな」

「そうなの? でも、膝痛そう」


 俺の膝には、変わらず漆黒の器具ががっちりと固定されている。


「心配ないって、これでも毎日地道にリハビリ続けてるおかげで、曲げ伸ばししてもそんなに痛くないんだぜ?」


 そう言って、俺はその場で膝の屈伸運動をしてみせる。


「それならよかった」


 声のトーンはいつもの通り低いままだが、少し安心したようでほっとため息を吐く静。


「それで、合同チームの件なんだけど……」

「うん、先生から話は聞いてる。コーチが大樹だって聞いて驚いた」


 静は低いトーンのまま、少し柔和な笑みは崩さずに言葉を続ける。


「また大樹とバスケが一緒にできる、うれしい」

「静は合同チーム結成に関しては賛成なんだな」

「うん、だって大樹が練習教えてくれる。私もより一層頑張れる。一石二鳥」


 静は合同チーム結成については前向きの様子で、サムズアップしながら目をキラキラと輝かせている。

 これで、城鶴高校側の部員全員からOKを貰ったわけだが……。


 俺は最後の納得していない人物へ視線を向ける。

 梨世は、静を鋭い眼光で睨み付けていた。


「大樹……」

「ん、どうした静?」

「久しぶりにアレしたい」

「えっ⁉」


 すると、静に唐突に言われて、俺は思わず狼狽えてしまう。


「い、今じゃダメか?」


 俺はキョロキョロと周りを見つめてしまう。

 みんなが見ている前で、流石の俺もアレは恥ずかしい。


「えい」

「おえっ⁉」


 そんな俺の気持ちなどお構いなしに、静は俺の頭をガシっと掴むと、そのまま自身の胸元へと引き寄せたのだ。


「なっ!」

「////」


 その場にいた全員の空気が凍り付く。

 そりゃそうだ、だってみんながいる前で、静が堂々と俺を抱き締めたのだから。


 静とは小学生からの付き合いで、梨世、航一の四人でよく遊んでいたもう一人の女の子である。

 そして成長期も早く、俺の身長を早々に追い抜いてしまうと、その頃から突然、静は俺を胸元へ抱き寄せ、まるでわが子をいたわるようなスキンシップを取ってくるようになったのだ。


 最初の頃は、頭をクシャクシャしたり軽い遊び感覚だったのだが、小学校高学年くらいに上がったころから、静のスキンシップはどんどん過激になっていき……。

 気が付けば、毎回会った時は頭を掴まれ、静の平原な胸元へと引き寄せてられるのがお決まりになってしまっていた。


 中学時代まで毎日のようにやられていたので、抱き寄せられることに抵抗はなくなってしまったものの、今は状況が状況なのと、久々に抱き寄せられたらか、恥ずかしさが込み上げてきている。

 全く……高校生にもなって、人目を憚ることなく抱き着く癖は頼むから直してくれ。

 いくら何でも大胆過ぎる。

 恥ずかしいったらありゃしない。


「んーこれこれ。このすっぽり収まる感じがたまらない。落ち着く」


 静はさっきまで練習をしていたこともあり、練習着には汗が染みこんでいた。

 ほのかに香る甘い香りと、汗の甘酸っぱい匂いが俺の鼻孔を刺激する。

 しかし、そんなのお構いなしにすりすりと自身の胸に俺の顔を押し付けてる静。


 やばい、なんか頭がクラクラしてきた。

 身体が熱い、もしかしたら熱中症かもしれない……。


「あなたたち、そういう関係だったの?」


 ほら、やっぱり勘違いされたよ。

 お願い倉田様。

 人をゴミ虫のように蔑むような目で見ないで……。

 ってか古田さんも、どうしたらいいか分からなくて困ってるじゃん。


「私の大樹君が、私の大樹君なのに……。私と誓い合ったのに……許さない」

 

 ティアは小声で何か呪いの呪文のようなものを唱えている。

 心なしか、目のハイライトが消えているのは気のせいだと信じたい。


 空気が氷河期を過ぎた頃、ようやく満足したのか、静は俺を解放してくれる。

 がしかし、すぐさまガチっと腰に手を回されてホールドされてしまう。

 静は未だに恍惚とした表情を浮かべていた。


「ふぅー堪能、堪能。あっごめん、汗付いちゃった。でもいいよね? 大樹、私の汗の匂い嫌いじゃないって、昔言ってくれたもんね」

「……」


 静、頼むから自重してくれ。

 今なお現在進行形ですっごい後ろから包丁突き刺すような視線が注がれてるから!

 てか、なんだよこのラブコメみたいな展開は⁉


「こらぁぁぁぁ!!!!!」


 そんな空気を突風のように吹き飛ばしたのは、梨世だった。

 雄たけびを上げ、鬼のような形相で静に食いつく。


「相変わらず変わってないわねあんたは! みんな勘違いするでしょ⁉」

「あら? 梨世じゃん。いたの?」


 どうやら静は、梨世の存在を完全に視界からシャットアウトしていたらしい。


「最初からいたっての! あぁもう! いいから大樹から離れなさい!!」


 梨世は俺と静の間に割って入り、強引に二人を遠ざけた。


「あ、大樹……」


 静が背中に回していた腕が離れ、そのままペタンと地面に崩れ落ちてしまう。


「た、助かった……」


 俺はホッとため息を付いた。

 そう、これこそ北条静の本性である。

 バスケをしている時はかっこよくて、普段は寡黙で何を考えているのか分からないような不思議ちゃんなのに、俺を前にするとパっとキャラが変わったかのように過度なスキンシップを取る。


 静は、まるで猫のような気分屋なのだ。

 梨世は梨世でまた別ベクトルでネジが飛んでいるけど、ホント俺の幼馴染達はバスケやってる時以外はどうしてこうも残念なんだろうか。


「付き合ってもないのにそういうことしない!」


 梨世は静を嗜める。

 もっともなことを言ってるけど。梨世も梨世で結構ぶっ壊れてるところあるからなぁ……。

 そんなことを思っていると、それを知っている静が、空気を読まずに言ってしまった。


「え? でも梨世だって、中学の頃大樹にバクしてたじゃん」

「え⁉」


 静が放った衝撃発言により、周りで女子部員達が驚きの声を上げた。

 俺は思わず虚空を見上げてしまう。

 ……どうしてくれるの、この空気。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る