第22話 入部したきっかけ

 「実は、二人はバスケ未経験者でして……」

「え?」


 今、何て言った?

 バスケ未経験⁉

 俺が咄嗟に二人を見つめると。亜美は恥ずかしそうに身を捩り、柚は頭の後ろに手を置きながら、呑気に笑みを浮かべていた。

 どうやらこの提案、前途多難な障壁が待ち受けていそうな予感がプンプン漂い始める。


「私、元々中学まではサッカー部だったんだー! けどこの高校に入学したら、女子サッカー部なくってさー! それで他の運動部探してたら、バスケ部に勧誘されたの! そこで静先輩に『あなたなら1年で即レギュラーになれるわ!』って言われて入部したんだ!」


 小林さんがニコニコしながら当時の入部時エピソードを語ってくれる。

 静のやつ、部員がいないことを隠してかっこいいセリフで騙したな……。

 てか柚も、女子サッカー部ある学校ちゃんと探してから受験しようぜ。

 知らない人にほいほい付いて行ってしまいそうなタイプだな……。

 将来が心配だ。


「それでね、亜美ちゃんはねー!」

「柚ちゃん! 私の理由はいいから!」


 自分の入部理由を言い終えたところで、柚が今度は亜美の入部理由を語ろうとしたが、亜美は慌てて柚の口を手で塞いでしまった。


「⁉?!?! ぶはっ……ちょ、いきなり何するの亜美ちゃん⁉」

「恥ずかしいから、私の理由は話さなくていいの!」

「なんで? 別に変な理由じゃないからいいじゃん!」

「それはだって……」


 黒須さんは指を突き合わせて、恥ずかしそうに俯いてしまう。


「言いたくないなら、別に言わなくてもいいよ」

「えー? でもバスケ部じゃないのに高校からバスケ始める子なんてそうそういないし、気になるよー!」


 梨世が空気を読まずに亜美へ追い打ちをかける。

 おい、せっかくのフォローが台無しじゃねーか。

 プレッシャーになるだろうが。


「いや、ほんとに大した理由じゃないんです……」

「澪ちゃんも気になるよね?」

「まあ、気にはなるかな。これから一緒にバスケしていくんだし! あっ、別に無理は言わなくてもいいからね!」


 さすがティア、再びフォローを入れてくれた。

 やっぱりティアは俺の味方だな!


「えーっ! 友ちゃんだって知りたいよね?」


 納得がいかない梨世は、倉田へ同意を求めた。


「そうね、私も言いたくないのなら言わなくてもいいけども……高校からバスケを始めた理由は個人的に気になるわ」


 おい! 

 余計言わなきゃいけない雰囲気だしちゃったじゃんこれ。

 バカ倉田!


「そうね。確かにこんなにもったいぶられたら気になるかもー!」


 ついにはティアまで梨世サイドについてしまった。

 あーあ。 

 亜美はというと、顔を真っ赤にして恥ずかしさMAXと言った様子で身体をもじもじとさせていた。


「わ、笑わないでくださいね……」

「うん、笑わないよ」


 梨世が優しく微笑みかける。

 その表情を見た亜美は、意を決したように声を上げた。


「ス、ス○ムダンクの影響なんです」

「えっ、ス○ムダンク?」

「はい……あぁ、恥ずかしい」


 羞恥に耐えきれず、黒須さんが顔を両手で覆ってしまう。

 ス○ムダンクは、三十年近く前に某雑誌で大ブレイクした日本を代表する人気バスケットボール漫画だ。

 今も熱狂的なファンが多く、数年前には二十年越しの映画化が発表されたことでバスケ人気が再熱したことでも知られている。


「ス○ムダンクって、あの大人気漫画の?」

「はい、ス○ムダンクの映画を見て、主人公の宮○くんみたいになりたいって思ったんです」 

 

 あー分かる。

 漫画に影響されてやってみたくなることってあるよね。

 俺もス○ムダンクのプレーとかよく真似て練習してたっけ?

 いや待てよ。

 冷静に考えたら、今俺ってコーチなわけだから、あの名言を言う事が出来るチャンスなのでは?


 バスケが……バスケがしたいです……!


 あっ、これ宮○のセリフじゃなくて三○のセリフだったわ。

 とまあ、俺がくだらない想像を膨らませていると、バスケ部に入部したきっかけを語ってくれた亜美の元へ梨世が近寄って行き、彼女の頭を優しく撫でた。


「それって普通のことだから、全然恥ずかしがることじゃないよ。それに、むしろ凄い事だよ! ほんとにやりたいと思って実行できるなんて、ほんの一握りしかいないもん。バスケ部に入りたいと思って高校から入部したって事だけでも、私は亜美ちゃんこと尊敬するよ!」

「ほ、本当ですか?」

「うん!」


 梨世が満面の笑みで頷くと、亜美ほっとしたのか、安堵したような表情を浮かべた。


「私も中学時代キャプ○のシュートとか憧れて練習とかしたし、今後はス○ムダンクの技でも練習してみようかな?」

 

 真剣な表情で顎に手を当てて、俺と似たようなことを考える柚。


「私もやりたいなーとか、こうだったらいいのになーって思うこと沢山あるけど。いざ行動に移すってなったら中々できないもん。背中を押してもらわないとできないことだっていっぱいあるからね」


 そう言って、ティアは青い瞳で俺の方を見つめてくる。

 俺は咄嗟に視線を逸らす。

 

「ほんと、行動に移すって難しいものね。そうやって実際に行動へ移すことは素晴らしい事よ」


 倉田もクールな口調ながらも亜美の行動力を褒め称えた。

 みんなが受け入れてくれたことに亜美は感動したのか、目を潤わせている。

 全員優しい笑みを亜美に浮かべてると、その温かい気持ち受け取った亜美は、泣きだしそうだった表情から、次第にパっと華やかな笑みへと変化していく。


「私、頑張れる気がしてきました!」


 どうやら勇気を出して話したのが功を奏したらしい。

 彼女の目は自身に満ち溢れている。

 亜美が元気になってくれて何よりだ。

 そんなバスケ部の微笑ましいワンシーンを遠目から眺めていると、亜美が俺の方へと小走りに向かってくる。

 キュっと立ち止まり、嬉しそうな笑みを浮かべながら言い放った。


「瀬戸さん、これからご指導の程、よろしくお願いします!」

「お、おう……こちらこそよろしく」

 

 亜美のいきなりの行動にも驚いたけど、その練習着越しからでも分かる双丘がブルンブルン上下動しているものだから、返事がどもっちゃったよ……。

 彼女の未来と胸元には、夢と希望が詰まっているに違いない。

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