第11話 同士

 帰り道、俺はゆっくりと河川敷の道を歩きながら、航一に言われた事を思い返していた。

 どんな形でもバスケに俺を残すか……。


 航一の言うことも一理ある。

 自分がプレーをしていない状態で客観的に他の人がバスケをやっている姿を見て、自分だったらこうするのになぁと感じたり、インスピレーションが湧いてくることもあるとは思う。

 けれど、梨世からの打診は、あくまでコーチとしてのお誘い。

 客観的にプレーを見たうえで、練習メニューを考えたり総合的に物事を判断していかなければならないのである。

 そんな相沢さんみたいな能力が、俺に備わっているとは到底思えなかった。

 果たして、俺がプレー以外で何かバスケットに貢献できることがあるのだろうか?


 同じことを何度もぐるぐると頭の中で反芻していると、堤防に座る人影が視界の端に映り込んでくる。

 顔を上げると、そこに座っていたのは形原さんだった。


 川を眺める形原さんは、西日を浴びて、きらきらと金色の髪が粒子のように輝いている。

 その後姿は、まるで映画のワンシーンかというほどに洗礼されており、つい見入ってしまうほどに美しい。


 すると、形原さんが俺の気配に気づいたのか、ぱっとこちらを見据えてくる。

 手で髪を耳に掛けながら振り向き、きょとんとした表情を浮かべる彼女の姿は、まさに幻想的だった。


「あっ、やっと来た!」


 形原さんは俺を見るなり、パッと華やかな笑みを浮かべて見せる。


「……どうも?」

「何、その畏まった挨拶。私たち今日からクラスメイトでしょ。瀬戸大樹君」

「俺の名前知ってるの?」

of courseもちろん! 私、クラスメイトの名前と顔覚えるのは結構得意なの!」


 自慢げに胸を張り、ドヤ顔を浮かべる形原さん。


「それに……」


 そして、含みのある笑みを浮かべたかと思うと、プラーンと堤防に伸ばしていた足を上に乗せると、そのままスカートをするりと捲っていく。


「えっ、ちょ⁉」


 突然の行動に、俺が咄嗟に視線を逸らす。

 形原さんはにやりとした笑みを浮かべたまま言い放った。


「同じ怪我をしたもの同士。ちょっと気になっててね」


 そう言われて、恐る恐る視線を戻すと、彼女はスカートを膝上まで捲り上げ、その左ひざにある痛々しい傷跡をこちらへ見せつけてきていた。


「それ……」

「そっ、私も君と同じ怪我をしたの。丁度一年前にね」


 彼女から告げられたのは、俺と同じひざのけがを負ったということだった。


「……そうだったんだ」


 どう反応していいのか分からず、俺は当たり障りのない返事をすることしか出来ない。


「あっ、そんなに落ち込まないでいいよ。私はもう完治したし! 普通に運動も出来るから!」


 形原さんはそう言って、再び堤防の方へプラーンと大きく足を伸ばした。

 彼女の綺麗な足が伸びて、夕日に照らされる。

 その一挙手一投足が神秘的に見えてくる。

 彼女を見ていると、不思議なパワーが沸き上がってくるようだ。


「ここ、座りなよ」

「えっ、うん……」


 促されるまま、俺は形原さんの隣に腰掛けた。

 手が触れあいそうな距離に隣り合って座り合っているので、なんだかそわそわしてきてしまう。

 川沿い特有の強い風に乗って、形原さんの爽やかな香りが漂ってきているような気がした。


「ねぇ、君って結構バスケ強かったの?」

「えっ?」

「だから、レギュラーだったのかって聞いてるの!」

「まあ、一応スタメンだったよ」

「ってことはエースって事だ」

「いや、なんでそうなる?」

「だって、一応とか付けてるって事は、バスケに相当自信がある証拠だもん!」

「それは人によるんじゃない?」

「でも君は今、否定しなかった」


 こちらを覗き込んでくる形原さんの青い瞳を見つめ返すことが出来ず、俺はすっと視線を逸らしてしまう。


「知ってるか分からないけど、川見うちの高校、今年全国出場決めたんだ」

「Wao。それは凄い」

「でもその決勝戦で怪我しちゃって。俺は全国の舞台に立つことは出来ないんだ」

「なるほどね。だからずっと、暗い表情をしてるわけか」

「まあそんな感じ。完治するのは早くて十カ月後。その時にはもう、俺は高校三年生になってて、高校最後のインターハイの予選が始まってる」

「なら、それに向けて標準を合わせればいいじゃない」

「無理だよ。十カ月も試合に絡めないなんて、一年を棒に振るようなものだ。練習もまともに参加できない奴が、もう一回試合に絡むことなんて、到底出来ないよ」

「ふぅーん。なら、もうバスケはいいんだ?」

「……そういう形原さんだって、バスケはもうやらないとか言ってなかったっけ?」

「oh。聞かれちゃってたか」


 てへっとわざとらしく頭に拳を置いて舌を出す形原さん。

 そんな彼女の本音が、つい聞いてみたくなってしまった。


「どうしてバスケはもうやらないの? この前公園であんなに楽しそうにプレーしてたのに」


 俺が尋ねると、形原さんは姿勢を正して、どこか遠くを見つめながら言い放ったのである。


「私ね、バスケが怖くなっちゃったの」

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