第6話 嵐のような女の子
そこに立っていたのは、俺や梨世と同じ年くらいと思われる金髪美女だった。
英文字の書かれたロゴTに、白のサイドラインが入った黒のショートパンツとスポーディーな格好をしている。
目は青くて、肌も白い。
肩甲骨辺りまで伸びた金髪は、まっさらで煌びやか。
日本人とは思えぬ雰囲気を漂わせながら、ぶんぶんと手を大きく振り、こちらに対してパスを要求していた。
とそこへ、先ほどまで公園で楽しく遊んでいた小学生達が姿を現す。
「そこの兄ちゃん! その金髪女にパスしちゃだめだ!」
「そうだそうだ、それは僕達のボールだから!」
見ていなかったのでどういう状況か分からないが、どうやら少年たちと金髪美女がボールを奪い合っているらしい。
俺はひとまず、ボールは少年たちのものだろうと思い、彼らの方へボールを投げ返してあげる。
「ほい」
ボールは放物線を描きながら、少年たちの元へと向かっていく。
が、膝を曲げれず勢いをつけることが出来なかったため、ボールは少年の元へ届かず何度もバウンドして転がってしまう。
「お兄ちゃん下手くそ!」
「あはは、ごめんごめん」
流石子供たち、ケガ人にも容赦がない。
「隙あり!」
すると、緩いボールの軌道を見た金髪美女が、少年たちの前に泊まってしまったボールをかっさらってしまう。
「あぁー⁉ 横取りずるいぞ!」
「そーだそーだ! 大体突然入って来て俺達の邪魔して何がしたいんだよ⁉」
抗議の声を上げる少年たちをよそに、ボールに追いついた金髪美女はダムダムドリブルをしながら、楽しそうな微笑んだ。
「そんなに返してほしければ、私からボールを奪い取ってみな!」
金髪美女は大人げなく小学生たちに人差し指で挑発する。
「んなっ、年上なのに大人げねぇぞ!」
「そうだ、そうだ! 金髪ババアの癖に調子乗んな!」
「金髪ババアだなんて酷い。お姉さんまだ高校生なのに……」
「うるせぇ。ボールを奪っておいて何言ってんだよ! それに、俺達より年上なら全員ババアじゃねぇか」
「もー怒った! 私からボール奪い取るまで絶対に返してあげないから!」
そう言って、金髪美女は金網内のコートへと戻っていってしまう。
「あっ、ずりぃぞ!」
「何勝手にルール決めてんだよ⁉」
「ほらほら、取れるもんなら取ってみなー」
金髪美女は少年たちの不満に間髪入れずにドリブルを開始して、少年たちから逃げていく。
「待てコラ!」
「舐めやがって。俺達を甘く見るなよ!」
少年たちは躍起になってドリブルする金髪美女の後を追いかけていく。
金髪美女は、少年たちに向けてベーっと舌を出す。
「嫌だよーだ。お姉さんをババア呼ばわりした君たちには返しませーん。ほら、カモン、カモン」
わざとらしく挑発を繰り返す金髪美女。
「なっ……」
「俺達を舐めんじゃねぇぞ!」
ついに我慢ならなくなった少年二人は、金髪美女の挑発に乗かってしまった。
一気に間合いを詰めていき、ボールを奪いにかかる。
「とうーっ!」
「んなっ⁉」
しかし、金髪少女は見事なハンドリング捌きで少年たちを華麗に交わしていく。
「ほらほら、こっちだよーだ」
「てめぇ……」
「いい加減にしろよ!」
少年たちは顔を見合わせると、今度は左右から2人がかりでボールを奪いに行く。
「おっ、考えたね。でも甘い!」
金髪美女は少年たちの息の合ったディフェンスをあざ笑うかのように、スピードを上げて少年二人の間を割っていってみせた。
「なにぃ⁉」
「そんなのありかよ⁉」
「へへーん。残念でしたー!」
相変わらず少年たちをおちょくっている金髪少女。
そんな様子を、俺と梨世は河川敷の遊歩道から眺めていた。
「ねぇ……あの子、経験者だよね?」
先ほどまでの不穏な雰囲気を消し去るようにして、梨世が俺に尋ねてくる。
「だろうな。じゃないと、あんな華麗なボールハンドリングは出来ないだろ」
ドリブルの突く力、足腰の使い方。
なめらかなハンドリング捌きに細やかなステップ。
どう見ても経験者の動きであり、かなりバスケに精通していることが窺える。
「今度こそ!」
「ぶっ潰してやる!」
ついに我慢の限界にきた少年二人は、ファール覚悟で少女に突進を試みた。
「とりゃっ!」
すると、金髪美女は手にボールを吸い寄せたかと思うと、そのまま力一杯地面にボールを叩きつけた。
思い切り地面にたたきつけられたボールは、反動で大きく宙を舞う。
その隙に、突進してきた少年二人を華麗なステップで交わしにかかる。
「させるか!」
がしかし、少年達も我慢の限界だったらしい。
金髪美女に向けて、捨て身のタックル繰り出したのだ。
流石にあれは避けられない……!
ぶつかる……!
俺がそう悟った瞬間だった。
「とうっ!」
彼女は膝を大きく曲げ、バネのような跳躍力で、天高くジャンプしたのだ。
「なに⁉」
「そんなのありかよ⁉」
少年たちの○大タックルを華麗に避け、彼女は金髪を靡かせながら少年たちの頭上を越えていく。
宙を舞っている姿は、まるでバレリーナを見ているかのよう。
最後はシュタっと膝を大きく曲げて、見事な着地を決めてみせる。
そのまま一気に駆け抜けていくと、宙に浮いていたボールの着地地点に到達。
ボールをキャッチする。
「もーらい!」
そのまま独走状態となり、ゴールへ一直線にドリブルしていく。
勝利のウィニングシュートだ。
1.2とステップを踏んで、最後は腕を伸ばして右手でボールをゴールへ置きに行くようにして、レイアップシュートを放った。
ガンッ。
「あっ……」
しかし、彼女の放ったシュートは、ボードに当たって大きく跳ね返り、リングをかすめることなく明後日の方向へと転がって行ってしまう。
「なんだよ。あんなにイキってた癖に、シュートはめちゃくちゃ下手くそじゃねーか」
「もーらい!」
少年達は、彼女のシュートを馬鹿にしながら、自分たちのボールをようやく回収することに成功する。
「うしっ、もう他のところ行こうぜ。これ以上付き合ってられねぇわ」
「だな」
見事ボールを奪い返すことに成功した少年たちは、近くに置いてあった自転車のかごにボールを入れて、逃げるようにして公園を後にしていく。
「また遊ぼうねー!」
「誰がお前なんかと遊ぶかよ!」
「そーだ、そーだ!」
大きく手を振りながら、自転車で去っていく少年たちを見送る金髪美女。
少年たちが曲がり角を曲がっていき姿が見えなくなると、公園内には彼女一人だけが取り残された。
「ふぅ……」
彼女は大きく一つ息を吐き、踵を返して少年とは反対側の出口、つまりは俺と梨世がいる方向へと歩いてきた。
すると、立ち尽くしていた俺と梨世の存在に気が付き、パっと柔らかい表情を向けてくる。
「あれ? まだいたんだ」
一連の様子を立ち止まって眺めていた俺と梨世は、どう言い訳をしようかと目を合わせてあたふたとしてしまう。
「あははっ、恥ずかしいところ見られちゃった」
金髪美女は照れくさい様子で、頭を掻きながらはにかんだ。
その金色の髪からは、運動した証の輝く粒が滴り落ちている。
「えっと……」
「それ、怪我したの?」
「へっ?」
「だ・か・ら、膝」
彼女は俺の膝を差しながら尋ねてくる。
「あぁ。この前試合でやっちゃったんだ」
「そっか……」
すると、彼女はどこか俺に同情めいた視線を送ってきたかと思うと、そのまま回れ右をして歩き出してしまう。
「あのっ!」
「治るといいね!」
「えっ?」
彼女が何者なのか尋ねようとしたところで、再び彼女に言葉を遮られた。
「怪我、治るといいね」
「あぁ、うん。ありがとう……」
俺が面白みのない返答を返すと、彼女は何事もなかったかのようにふわりと微笑んで手を振ってきた。
「それじゃ、see you」
そう言って、彼女は軽やかなステップを踏みながら、河川敷を学校方面へと歩いて行ってしまった。
そんな嵐のような金髪少女に、俺と梨世はただ唖然としたまま見つめることしか出来ない。
彼女の姿が見えなくなったところで、俺と梨世は顔を見合わせた。
「嵐のような子だったね」
「だな……」
しかし、この出会いが今後のバスケ人生の大きな転機になるとは、この時俺達は知る由もなかった。
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