第2話 お味はいかが?
――そんなある日。
私と弟は同じように喧嘩をして、母に2人して怒られていた。
「〇〇……、あなたも言いすぎです。トシ、あなたは男なのに手を出すとか言語道断です」
弟トシは怒られたことで、すっかり塞ぎ込んでしまい自分の部屋で啜り泣いていた。
「〇〇はいいよな……ちゃんと真っすぐ生きれて、僕もそんな風に生きたかった」
私は、この言葉を聞いても、弟が何を言いたいのか、全くわからなかった。
そんなことを思うくらいなら、今からでもちゃんとしたらいい。なんて思っていたくらいだ。
また近くで一連の出来事を見ていた妹みつきは、みつきで弟トシに怒った私に対して、「〇〇言い過ぎだって……トシ泣いていたよ?」と彼の肩を持っていた。
これも私にとって、理解できないことだった。
悪いのは、ちゃんとしない弟トシだとそう考えていた。
グチャグチャなった髪を整え、鼻水を啜りながら考え込む私に母は、優しい声で話し掛けてきた。
「〇〇、ご飯にしよっか……トシにも声を掛けてあげて、来なくてもいいから。できたら謝ってあげて」
その母の言葉に、疑問を抱きながらも弟の部屋の前に来て声を掛ける。
「トシ……さっきはごめん。言い過ぎた。ご飯だって……くる?」
「ゔん……ごめん〇〇。ちゃんと、でぎなぐて……グズッ、あとでいくから」
弟トシは泣いていた。
この時。
初めて弟の気持ちがわかった。
彼がこの状況を一番どうにかしたかった。
だが、どうすればいいかわからず、弟トシなりに足掻いていたのかも知れない。
今の自分をなんとかして変えたい。
現実と向き合うと辛い。
でも、どうにかしたい。
こんな矛盾した気持ちを抱えながら。
でも、もしこの時、母の一言がなければ私は今もまだ弟を無意識に下に見ていたのかも知れない。
そう考えると母の偉大さを感じた。
なにもかもお見通しだった――。
◇◇◇
――しばらくして、泣きすぎて顔を腫らした弟トシと私。
声を震わせていた妹と母で食卓を囲んだ。
4人がけのテーブルの上には、いつもの玉子焼きとおかずが数種類用意されている。
だが、重苦しい雰囲気が流れていて、誰も会話をしようとしなかった。
それは当然のことで、喧嘩して謝ったからと言ってすぐいつも通りになるわけがなかった。
母は、こんな状況だというのに、仲直りできてよかった。
と笑顔を咲かせていた――。
◇◇◇
――3年後。
あれからも色々なことがあった。
私は高校を卒業して、就職した会社は事情撤退を余儀なくされて25才を前にして無職になり、ハローワーク通いとなり、鬱病を発病した。
弟トシは、よくわからない女に騙されて自暴自棄になり自殺未遂。
唯一、妹みつきはちゃんと奨学金を借り、短大へ進学することは出来ていたが、色々なことがあり過ぎて心を閉ざすようになっていた。
だが、母は気丈に振る舞っていた。
大丈夫。生きていれば、死にたくなることくらい何度かはあるよ。
でも、死んだら勿体ないよ。
死んだら、そこで終わり。
死ぬくらいなら、なにか出来るよ。
だから、ほら前向いて。
取り敢えず1つ何かにチャレンジしてみよう。
きっと、今は苦しくてもどうにかなるよ。
だって、あなた達は、誇るべき私の子ども達なんだからと。
やはり母は泣かなかった。
そんな母のおかげで私たちは再び前を向き始めた――。
◇◇◇
――更に1年の歳月が経過した。
ここは、大阪府のとある結婚式場。
私は人生の門出を迎えようとしていた。
母が教えてくれたように、どんなに辛くても人にやさしく接してきた。
どんなに苦しくても笑顔でいた。
どんな時も、母のように。
そのおかげで、私の隣には生まれ変わっても一緒になりたい人がいて。
式場の中には、今まで関わってくれた様々な人たちが駆けつけてくれていた。
小学校時代の同級生。小学校時代の担任の先生。
中学生時代の親友。高校時代の部活仲間。
社会人になってから出来た友人たち。
今の会社の同僚に上司に。
私の一番大切な人の家族。
そして、私の親族の席には、人に優しくしたいと言って介護職に就いた弟トシ。
右隣りには、短大を無事卒業し保育士として子どもたちを育てる妹みつき。
その横には、綺麗にメイクをしてもらい、和服を着せてもらったというのに、台無しになるほど涙する母の姿があった。
それでも、式は順調に進んでいった――。
指輪の交換では、なかなか指輪が入らず周囲を笑わせ。
愛の誓いでは緊張しながら、人の前で初めて大切な人とキスを交わした。
そして、披露宴。
紙吹雪を飛ばすバズーカから始まり、いきものがかりの気まぐれロマンティックが流れた。
盛り上がりと祝福の歓声の中、ケーキ入刀。
とても一口では入らない大きさのスプーンを使った大切な人とのケーキファーストバイト。
酔い始めていた友人からの昔のエピソードトーク。
お世話になった人たちからのお祝いの言葉。
ここに来た全員が全力で私たちを祝ってくれていた。
私は、幸せ。
とても、とても、とても。
とても、とても、とても幸せ。
私が幸せを噛みしていると、最後挨拶の時間がきた。
本来であれば、男性が務めるところを大切な人の家族の好意もあっては、私の母が挨拶をすることになっていた。
内容は事前に知らされていなかった。
「大きくなったね。本当に大きくなった。私はあなたが五体満足で、大きくなってくれたことが母として、なによりも嬉しいです。
あなたは小さい頃から優しく誠実で人一倍責任感の強い子でした。
兄妹や私のことを気遣ってくれたり、ドがつくほど優しい子でした。
そのあなたに足りないところを埋めてくれる人が現れて母はとても安心しています。
きっと間違いなく、あなたが見初めた大切な人と、ずっと幸せな笑いの絶えない家庭を気づいていくと確信しています。
皆様、これからもどうかこの2人にご尽力賜りますよう、よろしくお願い申し上げます」
秦基博のひまわりの約束が流れ、母はこの式場に来た全員に深く頭を下げていた。
私はその姿に涙が止まらなくなっていた。
理由はわからないが、止まらなくなっていた――。
◇◇◇
――あれから、3年後。
私は、よく玉子焼きを焼いている。
別に生活に困窮しているわけではない。
でも、時折。
大切な人にこの味付けの玉子焼きを無性に食べさせたくなる。
それは、母がどんな思いで私たち兄妹に玉子焼きを焼いていたのか、やっと真の意味で理解出来たからかも知れないし、違うかも知れない。
でも、確かなことは、今日も大切な人の笑顔を見たいということ。
だから、私は今日も玉子焼きを焼く。
「玉子焼き、できたよ。食べますか?」
「お、ありがとう! 食べる!」
「ふふっ、お味はいかがですか?」
「もちろん、美味しいよ!」
あの時の母のように。
自分の大切な人を笑顔にするために――。
玉子焼きのお味はいかが? ほしのしずく @hosinosizuku0723
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