愛しのメリーさん
@d-van69
愛しのメリーさん
「今どこ?」
電話に出るなり相手も確かめずに訊いた。携帯の向こうから、聞き覚えのない女性の声が応える。
「今……ゴミ捨て場よ……」
来た!通話を切ってすぐ、嬉しさのあまり小躍りしてしまった。今頃あの子はこちらに向かっていることだろう。その姿を想像して思わず笑みがこぼれた。
ことの始まりは半年ほど前のこと。偶然立ち寄った骨董品屋で、外国製と思しき古びた人形を見つけた。その説明書きを見て目を疑った。
『この人形の名はメリーさん。かの有名な都市伝説、メリーさんの電話に登場する人形です。お買い上げの際は、細心のご注意を』
メリーさんの電話とはこんな話だ。
ある少女が引越しの際、古くなった人形「メリー」を捨てていった。その夜、少女に電話がかかってくる。
「あたしメリーさん。今ゴミ捨て場にいるの」
少女が恐ろしくなって電話を切ってもすぐにかかってくる。
「あたしメリーさん。今○丁目の角にいるの」
そしてついに、
「あたしメリーさん。今あなたの家の前にいるの」
恐る恐る少女は玄関のドアを開けるが誰もいない。
やはり誰かのイタズラかと思った瞬間、またも電話が。
「あたしメリーさん。今あなたの後ろにいるの」
怪談や怖いものが大好きな私は迷わずそれを買った。自宅にいるときは常にそばに置いて大切にした。そして今日、私はこのアパートに引っ越してきた。例の都市伝説を再現するためだ。もちろん元いたマンションのゴミ捨て場に人形は捨ててきた。
まさか本当に電話がかかってくるとは思わなかったが……。
再び着信音が鳴った。非通知だ。通話ボタンを押すなり、
「今どこ?」
電話の向こうから怪訝そうな声が返ってくる。
「今……、コンビニの角にいるの……」
それだけ聞いて通話を切った。
順調だ。着々と私の家に近づいている。次はきっとうちの……と思っていたらまた電話が鳴った。
「今どこ?」
しばらくの沈黙の後、
「今、あなたの家の前にいるの……」
「来た来た来た来た」
呟きながら玄関に向かい、喜び勇んでドアを開けた。話の通り誰もいない。
振り返りたくなる衝動を抑えつつ待っていると、またも着信音が鳴った。
受話ボタンをタップし、携帯電話を耳に当てる。
ところが期待したセリフが聞こえてこない。それどころか相手は何も言わなかった。
あれ?どうしたのだろう。
「今どこ?」と問いかけてみても相手は無言のままだ。それでも息遣いだけは聞こえてくる。
「あの……。メリーさんですよね?」
少し間を置いてから、
「違う」
え?人違い?じゃあ誰からの電話?
「あ、ごめんなさい。どちら様ですか?」
「違う……いや、そうじゃない。私は、メリー。違うと言ったのは、想像していたのと違うという意味よ」
は?どういうことだろう。と思っていたら、メリーさんの声は刺々しいものに変る。
「予定とぜんぜん違うんだよ。もっと怖がれってんだこのブス!」
「ごめんなさい」
咄嗟に謝った。どうやら私の言動がメリーさんのプライドを傷つけていたようだ。
「ねぇ。私、どうしたらいい?もう一度最初からやり直そうか?」
「無理」
「そんなこと言わないで。今度はちゃんとするから」
「駄目。あなたとはもう終わったの」
「やだ。お願い。もう1回だけチャンスをちょうだい!」
「嫌よ。こんな気持ちでやり直すなんて絶対無理!」
「だったらメリーさんの気持ちが落ち着いてからでも……」
言い終える前に通話は一方的に切れた。
そんな……。ちょっとはしゃぎすぎただけじゃない。実際に後ろに立っていたら思い切り怖がるつもりだったのよ。チャンスをくれたら、今度はメリーさんが言うとおりに何でもするんだから。
言い訳したかったけど、非通知だからリダイヤルもできない。悶々とした気持ちを抱えたまま、私は部屋に戻った。
1年後。
散々探してやっとたどり着いた。やっぱりここに帰っていたのか。
店主に気づかれないよう店の中に忍び込み、商品棚の陰に隠れた。
私の手の中には小さな紙切れがあった。そこには殴り書きにされた電話番号が記されている。友人知人あらゆる人に頼み込み、思いつく限りの手を尽くし、貯金を全部使い果たした挙句に、ようやく手に入れた番号だ。
携帯電話にそれを入力し、発信ボタンをタップする。
何度か呼び出し音が聞こえた後、ようやく相手が出た。
「もしもし?」
怪訝そうなその声に、笑いが出るのを堪えながら、
「もしもし。メリーさん?
今、あなたの後ろにいるの……」
愛しのメリーさん @d-van69
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