第三章 二人の騎士
第53話 第三章 序章 騎士の神託
「では、まずあなたから」
旅の終わり、神託の儀で最初に指名されたのは僕だった。
「僕、ですか」
「はい」
騎士として臆してはならないと、強く一歩を踏み出す。
「分かりました。神託、謹んでお受けいたします」
「では、こちらへ」
巫女様が先導する先、そこには我らクロイツェルの民を守護するとされる精霊神の像がある。
巫女様は像の前に跪き、祈りを捧げると。
「これは」
神聖魔術で成されていたであろう偽装がほどけ、僕らの前に地下へと続く階段が現れる。
「ここから先が、神殿になります」
案内する気があるのか無いのか、僕の返事も待たずに巫女様は先に地下へと降りて行ってしまった。なんというか、そのあまりの少女らしからぬ無感情さに僕は少しばかり戸惑いを覚えたが。
(何を恐れることがある)
僕はこの地に、神託を授かりに来たのだ。怖気づくためではない。
「行ってまいります」
「はい。お気をつけて」
僕の勇敢な姿にエレオノーラ様はきっと感激したことだろう。僕はそのお顔を見るような無粋なことはせずに、巫女様の後を追って神殿へと続く階段を降りて行く。
この時僕は、自分こそが神託によって選ばれた勇者なのだと半ば本気で信じ込んでいた。
「ここが」
明かりの届かない地下の暗闇の中、巫女様は慣れた手つきでランプに火を灯していく。
頼りない光に照らされた地下の一室は、神殿と呼ぶには、その、少しばかり装飾に欠けているように思えた。
壁や天井はよく見れば土のままだし、部屋全体がなんとはなし狭くて息苦しい。
それは、なんというか、この場所を使う巫女様への畏敬があまりに感じられず、僕は何だか少しやるせない気分になって目を背けた。
「あなたは」
「……?」
「本当に騎士らしい人なのでしょうね」
巫女様が強い瞳でもって僕を真っ直ぐ見据える。
「では始めましょう。これからあなたが目にするのは、あなたが変えなければならない未来」
「僕が、変えるべき未来」
「はい」
僕は自分に問いかける。心の準備は出来ているかと。
無論だ。恐れることなど、なにも無い。
「騎士様」
「失敬、覚悟をしていただけのことです」
立ち向かうべき滅の未来と、そして魔王の神託。
なって見せよう。それらを全て切り伏せる、エレオノーラ様の剣に。
「お願いします」
「分かりました、では」
神聖なる瞳が、再び僕を捉える。
「これがあなたへの、そして終わりの始まりの神託」
目の前が歪み、体験したことのない感覚に襲われ、僕は立っていられなくなり。
光の中に圧倒されるように、いつの間にか見知らぬ景色の中に居た。
「これが、神託」
そこは、見たことのない場所だった。少なくとも、王都ではないだろう。
最初の印象は、枯れた大地であろうということ。まるでここが世界の果てであるかのような錯覚さえ覚える程の、黒と灰色の色彩無き世界。
霧が晴れていくように徐々に鮮明になる世界で、僕はその光景を目にする。
枯れた大地で剣を交える、誰かと誰かの姿を。
「あれは、僕?」
何かを叫びながら騎士剣を振るっているのは、一人は紛れもなく僕だった。
だが、その声は何かに邪魔されたように濁っていて、意味を理解しえない。
「相手は誰だ?」
こちらは、影に覆われていてその姿を見ることはできなかった。
だから、確証があったわけじゃない。
「まさか」
二人が紡ぐ、剣舞のような光景。その実、一瞬の隙さえ致命傷となる命のやり取り。実力は、互角。
「馬鹿な、そんなはず」
その剣閃を、僕は知っていた。この身を持って。
だが、それはありない。
これは魔王の神託だと巫女様は語っていたはずだ。ならば、ここで剣を振るっている相手は、魔王に組する者のはずだ。
あの高潔で、真に騎士の誇りを持っていたはずの彼女が、この世界を滅ぼす魔王の下に着くなど到底信じられなかった。
やがて、決着がつく。
寸止めなどではない。僕の剣が、その影を貫いたのだ。
「あ、ああ」
僕の声が、ようやく意味を伴って聞こえた。
未来の僕は、嗚咽を漏らしながら影を抱えて蹲る。
……泣いて、いるのか。
「終わったか」
「貴、様」
蹲る僕に、また新たな影が現れ僕達を見下ろした。
直感的に理解できる。この男が、すべての元凶になるもの。
『魔王』と呼ばれるべき存在。
「案外使えなかったな」
「――――になにをした!」
その影を睨み付けながら、未来の僕は未だに立ち上がれずにいる。影の胸に刺さった剣を、今一度握れずにいる。
抱えた影を守るようにしながら、『魔王』を見上げるだけだ。
「すぐに分かるさ。お前にも」
そう言うと同時に、背後から誰かが未来の僕を魔術で打ち抜く。
未来の僕は、声も上げずにその場に倒れ伏した。
最後まで、抱えた影を庇うように。
「これでよかったの?」
「ああ、勿論さ」
見えている景色が、少しずつ霧に閉ざされて曖昧になっていく。
「不服か?」
「ううん。君がそう言うなら、ボクは……」
遠くに未来が消えていき、僕は訳も分からず必死で手を伸ばした。
(まだ)
そう思ったが、神託の未来はするりと追いすがる僕を置き去りにして。
いつの間にか、僕はまた神託の場に立っていた。
「はぁはぁ、……今、のは」
「これが、あなたの未来」
「僕の」
呆然としたまま、僕は先ほど見た光景を反芻する。
「教えて下さい。あれは、誰だったのですか」
思わず呟いた僕に、巫女様は緩やかに、けれどしっかりと首を横に振った。
「見ることが叶わなかったのならば、それは知るべきではないことなのです。今は、まだ」
「そんな!」
僕は、知りたかった。
あの魔王のことじゃない。僕と、決闘を演じていた人物。あれは、誰だったのか……。
「そんなの!」
本当に、彼女なのか。その真実を。
「あなたは、許さなければいけない」
「……許す?」
意味が分からず、僕は再び問いかける。
「何を、許せというのですか」
「そして、許されなければいけない」
巫女様は、僕の問いかけには答えずにそう続けた。
「それが、あなたがあの未来を変えるために必要なこと」
どんな過酷な未来でも、僕には立ち向かえるという自負と自信があった。
だけど、僕にとってこの未来は難解で不可解だ。
「忘れないで」
これが、僕の神託。
僕に示された、やがて訪れる変えるべき未来の姿。
それから僕は地上に戻り、巫女様に指示された通りその時見たことは誰にも、エレオノーラ様にすら語らなかった。
僕にも迷いがあったことは確かだ。彼女であるという確証はなく、それ以上にまだ罪を犯していない者の罪過など問いていいものではないという思いもあった。
そんな僕の甘さが、こんな未来へと僕を招いたというのだろうか。
「カーク・グライス」
僕の知らない、憎悪によって染められた瞳。
彼女に何があったのか、僕は知らない。
「貴様さえ、居なければ!」
途絶した僕らの過去と未来が交差する。
剣を取り落し、片膝と片手を地面について彼女を見上げる僕。
そんな僕に、容赦なく刺突剣を突きつけるエリザ。
窓から差す月光に照らされたその顔は、何処までも冷たい。
「…………」
勘違いしてはいけない。僕は、あの未来を拒絶するために神託を授かったわけでは無い。
変えるために、今ここにいるのだ。
「聞かせてくれ、エリザ」
巫女様は言った。許さなければならないと。
僕が、どうしても許せなかったこと。僕達の間に残ったままのわだかまり、それは。
「何故あの日、君はわざと僕に負けたんだ」
その問いによって、僕達の止まっていた時が動き出す。
数年間の、止まっていた時が。
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