第51話 泡沫の夢


 この隠し通路は、曽祖父が用心のために作ったのだという。

 しかし、我が祖先も、この通路を最初に使う者が亜人族に先導を頼むとは考えもしなかったことだろう。

 まぁ、それも仕方がない。あの男を追って来たレインはともかく、他にこの通路の存在を知る者は……。


「う」


 鈍い頭痛に思わず足を止めた私を見て、レインが心配そうな顔をした。


「大丈夫か?」


「平気、だ」


 ふらつきながらも、なんとか踏みとどまって私は答える。

 頭痛は完全に収まったわけでは無い。だが、泣き言を言っている場合ではないのだ。

 それに、レインに迷惑をかけたくない。


「先に、進もう」


「……本当に辛くなったら言ってくれ」


「ああ、分かってるさ」


 その気遣いに、感謝する。

 さっきから、レインには助けられてばかりだ。


「ふふ」


 こんな時だというのに、小さく笑ってしまった。

 今までレインを亜人族だと言うだけで毛嫌いしてきた自分が、バカみたいだなと。

 それになんだか、この状況に安心感のようなものを覚えているのも事実だった。

 酷い重荷を下ろした気分というか、胸に空いた大きな穴が少しずつ埋まっていくような気分というか。


(私は、取り戻せるだろうか?)


 これまで、血の呪いによって失ってきた色んなものを。

 もう遅すぎるかもしれないが、それこそあの男の言った通り、滑稽な姿なのかも知れないが、それでも。


「……レイン」


「なんだよ」


 急に、なんだか不安を感じて、私は縋るような声を出してしまう。

 みっともないのは承知している。

 だけど、止められそうもなかった。


「私を、見捨てないでくれ」


「……ああ。そのつもりだよ」



 

『お前が次に出会うもの、それが』


 ふと、頭の隅で何かが蠢くような感触がした。


『お前の最も欲しかったものの、その代わりになる』


 その意味を完全に理解する前に、言葉そのものはするりと消え去ってしまう。

 それはまるで泡沫の夢のように。

 けれど同時に、不快だが抗うことのできないその軋みを、私は明確に自覚することなく、いつの間にか受け入れていた。

 決して落ちることのない、その黒い沁みを。


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