第49話 消え去りし想い ②

 

 私は生まれからして、呪われた生を約束されていた。

 我が一族は、王家に連なる正当なる血統を持つ一族だ。

 だが、王となるものが出たことは一度としてない。


「王になれ、カレン」


 それは、遺言のようなものか。


「私では為しえなかった。奪っても奪っても、あの男に届くことは一度として無かった」


 一族の悲願を受け継いだ男は、私にも同じものを遺していった。


「だから私は、お前に託すしかない。聡明なお前なら、もしかしたら」


 ここまで来れば妄執の域だ。父も、祖父も、皆大馬鹿者だ。


「はい、お任せください、お父様」


 だが、結局、私もそれを継いでしまった。

 醜く、無意味で、その先に幸福などないと分かっているのに。


「どのような手を使ってでも」

 

 王になる。

 誰を押しのけてでも、悪魔と取引を交わそうとも。

 結局の所、私にだって流れているという訳だ。

 たった一つの妄執に憑りつかれた、呪われた血が。

 ただ、それだけの話。




「はぁ、はぁ、はぁ」


 酷い息苦しさだった。壁に手を付きながら、ゆっくりと暗い地下通路を渡っていく。

 逃げなければ、あの男に、追いつかれる前に。

 リズが稼いでくれた時間を、一秒たりとも無駄にするわけにはいかない。


「ぐ」


 足が震えて、立ち止まりそうになるのを歯を食いしばってこらえる。まるで、自分が虫けらになったかのような惨めさだった。

 それでも、行かなければ。

 ここを出れば、或いは。


(ここを出て、それから?)


 寒気がして、また足が止まりそうになる。

 リズも、私を信じてついて来てくれた兵たちも、もういない。

 そんな世界を、生きていくのか?


「ああ、そうだ」


 私は弱々しくも、それでも一歩を踏みしめる。

 単純な話だ。

 ただ、欲しいものが、やるべきことが一つ増えただけ。

 私が踏み越えていくべき屍が、一つ積まれただけのことだ。


「見ていろ、いつか、必ず……」



「いつかとは、また随分と悠長な話だな」



 背後から、声が聞こえた。

 濃い、嘲りの色を含んだ声音だった。


「……アルフレッド」


「よう」


 私は、地下に潜む闇のみを間に挟んでその男と再び対峙する。

 もう、逃げ場はない。


「何故、この場所を」


「決まってるだろ?」


 愉快だとでも言いたげに、アルフレッドが口元で笑みを作る。


「お前の、忠実なる騎士様が教えてくれたんだよ」


「そんなはず……!リズに何をした!」


「さてね」


 瞬間、アルフレッドが一歩の踏み込みで彼我の距離をゼロにし、その腕で私の喉を掴んで壁面に叩き付ける。


「ぐ、ふ」


 不意の衝撃で、私は肺の空気を全て吐き出してしまう。

 だが、手加減はされていたのだろう。私は気絶もしていなかったし、呼吸をする余裕も、言葉を発する余裕も与えられていた。


「貴、様」


「一つ、聞かせろ」


 私を片手で吊り上げたまま、アルフレッドの赤い瞳が私を見据える。


「お前は何故、俺を狙った」


「心当たりなら、あるだろう」


 私は必死でその目を見返す。

 まだだ、まだ、私は負けていない。


「お前、だけじゃない。神託を持つものは、全て、排除する。エレオノーラも、あの騎士も、魔術師も、雇われの護衛も、全員」


「何故、そんな必要がある!」


「とぼ、けるなよ」


 私は、アルフレッドと会話を続けながらも、隠した右手を自らの腰に伸ばす。


「神託、そう、神託だ」


 アルフレッドの瞳が困惑に揺れた。そうだ、私を見ろ。


「魔王の、神託。そう聞いて、すぐに理解したよ」


 苦しみ、喘ぎながらも、私はアルフレッドに叩き付けるように言ってやる。 


「魔物と手を組み!王女を貶め!そうだ、どんな手を、使ってでも王位を欲さずにはいられない!この呪われた血を持つ、私こそ!」

 


「私こそが、魔王!」


 

「だからこそ、神託を持つものを全て排除する!私の、たった一つの悲願のために!」

 一瞬、アルフレッドが呆気にとられたような顔をして、すぐにその相貌を崩す。


「く、くくく」


 こらえきれないといった体で、アルフレッドが大声で笑い出す。


「あはははははは!お前、滑稽だな。本当に、滑稽さ」


 理解が、追いつかない。

 この男は、笑ったというのか。この私を、あろうことか滑稽だ、などと貶めて。


「貴様!」


 怒りに身を任せて、腰から切り札を抜き放つ。

 それは、昨夜この男から奪い取ったあの武器だった。

 原理はまだ解明していないが、使い方は分かっている。クロスボウの一種で、照準を付けて引き金を引くだけのもののはずだ。

 あまりにも予想外だったからなのか、アルフレッドは自身の胸部に真っ直ぐ向けられたその武器を眺めることしかできない。

 私は、無我夢中でその引き金を引き絞る。

 これで、終わりに。


「そんな、バカな」


 だが、何一つ、変化は起きなかった。

 その武器が、予想したような威力を発揮することも、なにも。


「生体認証さ」


 なんだ、それは。


「俺にしか使えない」


 アルフレッドは、あっさりと武器を取り上げて、私を地面に放り投げる。


「ぐ」


「さて、聞くべきことも聞いたし」


 自身の懐に武器をしまいながら、アルフレッドは私に言った。


「後は、そうだな。お前に相応しい罰を与えてやろう」


「何、を」


 すぐに、気が付く。

 足元から黒い泥が私に忍び寄り、侵食するように体を覆い始めていることに。


「離せ、なんだ、これは」


「そうだな、お前が行ってきた不正の証拠、全て」


 奴の手には、光。

 私の体から、力が抜けていく。もがいても、もがいても、泥の中に沈み込んで行くばかりで、浮上する兆しさえ、少しも感じられず。


「やめろ……!」


 手を伸ばす、だけど、その手を掴んでくれる人は誰もいない。

 私の、最も信頼する騎士も、ここには……。


「それと、お前を縛り続けてきた呪い、執着。そういったものから、全部解放してやるよ」


 光が、私の額にかざされる。

 がたがたと震えて、思わず嘆願する。


「やめ、やめて」


「いい夢を、カレン」


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