第48話 消え去りし想い ①


 誰かと心を通わせる夢を見た。

 それはとても心地よくて。

 もう一度見たいとさえ思ったんだ。




「何故だ」


 私は、奪う側だったはずだ。


「何故、こんなことに!」


 奴が無慈悲に腕を振るうごとに、闇が蠢き、私の兵士たちを食い散らかしていく。

 影に貫かれる者、闇に囚われ引きずり込まれる者、黒い炎に焼かれる者。その全てが昏倒し、生きているのかさえ定かではない。

 奴は、そんな地獄のような景色の中を悠然と歩み、こちらに向かってくる。

 誰一人、その歩みを止めることはできない。


「放てぇぇぇぇ!」


 半狂乱になった兵士たちは狙いも定めずに魔術を、弓を放つが、全て彼を覆う闇に呑まれて霧のように消滅していく。

 あんなものは、見たことがない。


「ひ」


 小さな声を上げて、また一人兵士が喰われる。

 これでは、破滅へと向かっていくばかりではないか。


「―――――――!!」


 咆哮を上げて、一匹の巨大な亜人が猛然と影に向かって突進していく。

 勇猛からか、或いは狂気に囚われての結果なのかは判然としないが、それでも重厚な巨躯がアルフレッドに接近し、その小さな体を肉塊に変えようと大剣を振りかざす。

 いくら奴でも、岩をも砕く一撃の前では無傷ではいられないだろう。

 そう、私は確信した。


「な!」


 だが、予想はあっさり覆される。

 アルフレッドは背後をちらりと見た程度で、後は特に反応も示さなかった。

 たったそれだけで、影が刃となって亜人の首を断ち切り、残った巨体も影が喰い漁るように分解し黒い霞に変えて消滅させていく。

 後に残るのは絶望に目を見開いた亜人の首が一つだけだ。アルフレッドは、その首には一瞥をくれることもしなかった。


「う」


 塵のように消された同胞をみて、亜人どもがたじろぐ。

 あの亜人の後に続いていくものがいるはずもなく、それどころか。


「ひぃぃぃ!」


 一匹が耐えられずに背を向けて逃げ出すと、それに続くように亜人どもが次々に逃げ去っていく。


(所詮は自分の命だけが大事な烏合の衆か)


 アルフレッドの背後の包囲は崩壊した。だが、彼は後ろのことになど興味がないのか、振り返ることもせず、歩みを止めない。

 当然だ、奴にはその理由がない。


「カレン様」


 その様を見て、リズが私を庇うように一歩前に出る。


「お逃げください」


「リズ、お前」


「あれはもう、私達でどうにかなるモノではありません」


 リズの見据える先には、蠢く闇。もう、人の領域ではない化け物。


「私が時間を稼ぎます。早く」


「駄目だ!」


 私は叫んだ。みっともないかもしれない、けど、今言わなければ。


「お前まで失ってしまったら、私は……!」


「あなたに出会えて」


 だが、声は届いても、私の願いが聞き届けられることは無い。


「閉じかけていた世界を、今一度だけ生きてもいいと思えました」


「リズ!」

 リズが私を置いて行ってしまう。


「勝ってください。それが、私の願いです」


 私の手が空を切った。もう、その背中を追いかけることはできない。私は、そこまで愚か者ではない。


「バカ者が」


 私もまた、リズに背を向けて反対側に走り出す。目指すは屋敷の地下にある隠し通路だ。あそこなら私とリズ以外に知るものはいない。

 まずは逃げる。その後でならいくらでもやりようはある。

 見ていろ、最後には必ず私が勝つ。


「必ずだ」




「『アイシクル・ランス』!」


 詠唱し、狙いを定め、アルフレッドに向けて剣を振るう。

 魔術によって頭上に形作られた三本の氷槍は、剣の向けられた先へと殺到し、主の敵を食い破らんと降り注ぐ。

 しかし、私の最大威力の魔術も、影の守りの触れた瞬間分解され、跡形もなく消え去ってしまった。

 構うものか。あれが致命傷になるなどとは思っていない。


「はぁぁぁぁぁ!」


 気合、裂帛。

 目くらまし、そして上部に影の防御を向けさせることには成功した。

 私は脚部に魔力を集中させ、影を掻い潜るようにアルフレッドへと突進する。

 捨て石にも、相打ちになるつもりもなかった。

 心臓を一突き。それで、終わらせる。

 未知の魔術相手に長期戦など愚の骨頂。

 たった一瞬の勝機にすべてを賭けてこそ、この刃は届きうる。

 事実、影の防御は間に合っていなかった。アルフレッドに肉迫した私は、あの夜に為せなかった一撃をその心臓にくれてやろうと突き出し……。


「ぐ!」


「惜しかったな」


 私の刃は、胸を突くその一瞬前に、止まった。

 腕を、足を、体を、影が縛り上げている。あと少しでその胸を突けるというのに、どれだけ力を込めても、私の腕が動くことはなかった。


 アルフレッドは、微動だにもしていない。


「あと少しで、俺を殺せたかも知れないのに」


 言って、指を一つ鳴らすと、影が鎖へと形を変えて私を吊り上げる。


「く、貴様!」


「カレンはどこへ逃げた?」


 あくまで冷たく、アルフレッドが私に問いかける。


「知るものか!」


 私は精一杯の虚勢を張って、その男を睨みつける。


「知っていたとして、自分の命惜しさに言うとでも思ったか。残念だが……」


「言わないだろうさ。お前は」


 何が楽しいのか、アルフレッドが口元を吊り上げて笑う。

 そのあまりの不吉さに、私は二の句が継げなくなる。


「だが、無駄なことだ」


「……拷問でもしようというのか」


「そんなことはしない」


 彼が手をかざすと、その手に見たことのない光が現れる。


「高潔な意思、屈することなき忠誠心。結構なことだ」


 その光を見て、理解する。

 あれは、ダメだ。

 本能が叫んでいる。あれは、決して触れていいものではないと。


「おい、なんだ、それは」


『それ』から逃れようと体をよじるが、影の鎖はびくともしない。


「やめろ!やめてくれ!」


 私の抵抗も、叫びも虚しく、アルフレッドが無慈悲に宣告する。


「言ったろ?カレンから、すべてを奪うと」


 お前も、その一つだよ。


 光が私の体に触れた。

 その瞬間、私の魂が暴虐に曝される。


「コード『エリクサー』」


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