第46話 ロッテ


「ボクとエレンはね」


 ロッテの口調は、どこか優しい。


「本当は姉妹なんだよ。ボクが、お姉ちゃん。エレンは、知らないんだけどね」


 その言葉は、その事実は、重いことのはずなのに。


「多分シャルロットって名前さえ、エレンは知らない。ボクは、生きてちゃいけないんだ。本当は」


 ロッテは、何でもないことのように言うのだった。


「よくある話さ。ボクのお母さんは、恋しちゃいけない人に恋しちゃったんだ。その結果が、ボク。ボクの存在を危険だと思った人たちは、みんなボクのことを無かったことにしようとした」


 この小さな体の女の子は、どれだけの悪意を背負って生きてきたのだろうか。


「だけど、ボクを守ろうとした人たちもいて、その人たちのおかげでボクはまだ生きてる。ロッテって言う名前は、その人たちに」


 だから、大切な名前なんだよと、ロッテは言った。


「なんで」


 背中越しのぬくもりを振りほどけないまま、俺はロッテに問いかける。


「今、そんな話を」


「アルがさ、このままじゃどっかに行っちゃいそうだったから」


 俺は今、惨めなくらいボロボロだ。


「だから、勇気を出して言ったんだよ。誰にも、話したことが無いボクの秘密」


「なんだよ、それ」


 だから、これ以上格好悪くならないように、必死だった。


「意味、分かんねえよ」


「そうだね。ボクも、分かんない」


 俺は、ロッテに正面から向き直る。


「なぁ、ロッテ」


「うん?」


 ロッテの秘密は聞いた。

 なら、俺も話さないと。


「俺も、聞いて欲しい話があるんだ」


「なに」


 ずっと、隠してきたことを。


「俺の本当の名前も、アルフレッドじゃない。それに」


 ロッテの勇気に、応えないと。


「学者なんかじゃない。本当の俺は、ただの犯罪者だ」


「犯罪者って」


「事実だ」


 俺は汎用ツールを取り出して、ひとつのコードを表示させる。


「これを見て欲しい」


「なに、これ」


「人の魂にアクセスして、書き換えるためのプログラム」


 俺の世界の、悪魔のプログラム。


「名は、エリクサー」



 俺は話した。ロッテに、このプログラムがどうやって世界を蝕んで行ったか。

 そして、俺もまたその一人であったことも。


「俺は、この違法プログラムを何度も使って、世界を壊し続けるテロリストだった」


「なんで、そんなこと」


「さあな。最初の理由なんて、忘れちまったよ」


「忘れたって」


「事実さ。けど、落ちていくのは早かったよ」


 おやっさんたちを裏切って、俺は魔術師と呼ばれる電脳犯罪者となった。


「それで現実世界で追い詰められて、もうどうにもならないって時に、あのゲートが現れたんだ」


 そこから先は、ロッテたちの知る通り。


「とっさに偽名を名乗ったのもさ、ただの癖からだよ」


「ねえ」


「ん?」


「君の本当の名前、なんていうの?」


「ああ」


 そういえば、まだ言ってなかったか。


「アルフォンス。似合わないだろ?」


「そんなこと無いよ。それに、なんだ」


 ロッテが、ふわりと笑みをこぼした。


「アルは、アルだ」


 その言葉で、俺がどれだけ救われたか。


「大丈夫。ボクが、君の問題を全部解決してやる。約束だ」




 それから、ロッテは俺の昔の話を聞きたがった。

 俺は色々なことを思い出しては、ロッテの質問に答えて。

 そうして、夜は更けていく。

 俺の中の不安定なものを、急速に成長させながら。


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