第45話 その日 ②


 自分は、どれだけ好き勝手にしていても問題ないと思っていた。

 俺にしか使えないコード。この世界には存在しない優れた装備。普通の人間よりもよほど高い身体能力。これらがあれば、どれだけ自由に振舞っても問題はないと、半ば本気で、無意識にそう思っていた。


 なんという、傲慢な勘違いだったか。

 昔、幾度となく感じた無力さを、自身のちっぽけさを、こんな風に嵌められるまで忘れていたなんて。


 その代償が、この無様な姿。


「アルフレッド、さん」


「危険です姉さま。お下がりください」


 前に出ようとする姫さんを押しとどめながら、このクソみたいなシナリオを描いた張本人がぬけぬけという。


「この男の狙いは、姉さまの命かもしれません」


「そんな、はず」


「信じられませんか?ですが」


 リズ、とカレンが声をかけると、あらかじめ決まっていたかのように女騎士が応じて、俺の腰に手を伸ばす。無造作に引き抜かれたのは、俺のナイフと拳銃だった。

 リズからそれらを受け取ったカレンが、姫さんに見せつけるように掲げてみせる。


「こんな危険な武器までもって王城に侵入したのです。これはもう、言い訳のしようもないでしょう」


 俺は抵抗もできずに武器を剥ぎ取られ、悔しさに歯噛みする。

 だが、その中で、俺の脳裏によぎったのは別の違和感だった。


(待て)


 カレンが掲げ持っているのは、ナイフと拳銃。違和感の糸を手繰り寄せて気が付く。そうだ、これはおかしい。


「なぜ、そいつが武器だと知ってる」


 ナイフはいい。だが、拳銃はこの世界にない。それが武器だと断言できる根拠はないはずだ。

 だが、カレンは慌てもせず、平然と言ってのけた。


「何を言っているかわからないな。そんなこと、見ればわかるだろう?」


 そんなわけあるか。

 俺が銃を使ったのは、あの旅の間だけ。つまり、あれを武器だと知っているのは、あの神託の旅を共にした仲間と、銃口を向けられ、身をもって知った魔族たち、だけのはず。

 いや、違う。もう一人、心当たりがいる。


(矢除けの護符を用意した奴)


 それはつまり、姫さんを狙った黒幕。

 それが。


「……お前、だったのか」


 カレンは答えることなどせず、ただ俺に向けて笑みを向けた。それが、すべての答えだった。


「お前が!」


「黙れ」


 俺の口を封じるように老執事が俺の顔を再び地面にたたきつける。必死で顔を上げようとしても、びくとしない。


「口を開くことを許可した覚えはない」


(くそ、が!)


 状況は最悪と言ってよかった。俺たちの命運は今、俺たちを抹殺しようとしてたやつの手のひらの上にある。その全ては、俺があいつの描いた通りに踊り狂ったから。

 もう、失態どころでは済まされない。


「カレン様、もう一つご報告したいことが」


 女騎士が口を開く。


「この男、人間ではありません」


「ほう」


 周囲を囲っていた騎士たちにざわめきが走った。当然、俺も困惑する。

 こいつ、なにを。


「その証拠に。その男の腕を見てください」


「カスツール」


「は」


 老執事が袖をまくって腕を露出させる。そこには、人工皮膚を切り裂かれ、機械部分がむき出しになった俺の腕が。

 やられた。こいつが腕を狙ったのは、このためだったのか。


「これは、オートマタか」


「西方には、そのような技術もあると聞いていたが」


「まるで人間と見分けがつかないぞ」


 周囲のざわめきが広く急速に伝播していく。その事実を知らなかった姫さんまで、眼を見開いてその腕を見て動揺を隠せずにいる。

 これで、俺への信用は完全に地に落ちた。俺がこれからどんな言葉を吐こうと、全ては戯言だと切って捨てられることだろう。同族でないモノへの信頼など、この世界の人間にあるはずがない。


「これで決まりだな」


 カレンの言葉は、この場に似つかわしくないほど晴れやかで、それ故に不気味さを伴っていた。


「こいつはおそらく他国から送られてきた間者だろう。さて、何処から送られてきたのかは、これから拷問でもして吐かせればいい。……自動人形が、大した情報を与えられているとは思えないがな」


 敵意ある、物を見るような視線が、四方八方から俺に向けて注がれる。


 やめろ、そんな目で見るな。


 俺の中の何かが、刺激されて疼きだす。


「リズ。手始めに抵抗できないよう腕を切り落とせ。普通なら死亡してもおかしくないが……。まぁ、自動人形なら問題ないだろう」


「御意に」


 残酷な宣言の下、女騎士の一刀が俺の腕を切り飛ばそうと振りかざされる。

 その瞬間、あの神託の光景がフラッシュバックする。そうだ、俺の腕は、未来では……。

 そうか、今ここで失うのか、俺は。避けようのない運命に抵抗するように、或いはこの敗北を目に焼き付けるように、俺はその時を目を見開いて迎えようとして。


「待ってください!」


 姫さんの制止の声で、その剣が止まる。


「エレオノーラ姉さま、どうしたのですか?」


「もう、やめてください。腕を切り落とすなんて、そんな」


「ああ、目の前でそんな残酷な所など見たくはない、と。これは失礼。では続きは中で」


「違います!そうではなくて!」


 姫さんが、泣き崩れる一歩手前の表情で訴えかける。


「その人を、放して、下さい」


「放せ?それはまた、おかしなことをおっしゃいますね」


 対して、カレンの口調は堂々としていて、この場を支配しているのが誰なのかを思い知らせるようであった。


「まさか、姉さまはこの男を庇おうというのですか?」


「それは、その」


「それともまさか」


 一呼吸分だけおいて、言い聞かせるように言う。


「あなたが、この男を城に招いた、などと言う気はありませんよね?」


 姫さんがカレンの言葉にはっとしたように耳を傾ける。


「もしも、もしもそうならば、話は大きく変わります。この大切な日に、王としての資質が問われるべき時に、無断で男を招き入れ逢引きなど、言語道断でしょう、しかし」


 全部、こいつの用意した舞台だと気が付かずに、藁にもすがるような想いで、垂らされた希望の糸に手を伸ばしてしまう。


「そうなれば、この男にはなんの罪もない、ということになりますね」


 ようやく理解した。こいつの目的は、俺なんかじゃない。俺を使って、姫さんを陥れるため。


「だめだ!エレ」


「黙ってみていろ」


 頭部を女騎士に踏みつけられ、俺は二の句を継げなくなる。


「どうなのですか?エレオノーラ姉さま?」


 その間にも、事態は進んで行く。

 姫さんのことを知ってる奴なら、この先のことは容易に想像がつくはずだ。


「……たし、です」


「ほう」


 カレンが、わざとらしく聞き返した。


「今、なんと?」


「私が、アルフレッドさんに無理を言って来てもらいました」


 そうだ、自分が犠牲になってだれかを救えるというならば、姫さんは、きっと、それを選んでしまう。


「なるほど。それは事実ですか?」


「……はい」


「そうですか。まさか、聡明なエレオノーラ姉さまがそんな真似をするなんて」


 それが、事実上の終幕だった。


「おい」


「は」


 カレンの指示で俺の体はすぐさま解放される。だが、それでもなお、俺は立ち上がることができずにいた。そんな俺を、姫さんは消え入りそうな表情に精いっぱいの笑顔を張りつけて見ていた。

 あまりのいたたまれなさに、泣きたくなる。


「では姉さま、きちんと事情をお伺いしたいので今一度中に戻りましょう。ああ、最初に発見したのが私の手の者でよかった。これなら」



 、姉さまの失態が表に出ることはありません。



「おい、姉さまを城の中へお連れしろ。あくまで、丁寧にな」


 騎士に連れられ、城の中へと消えていく姫さん。それはまるで、罪人が連行されていくようだった。俺は、自分の無力さを痛感する。何故、こんなことになった。


「この男はどのように?」


 老執事が俺を無理やり引き立たせて、カレンに伺いを立てる。


「姉さまが自分の身を削ってまでかばったんだ。外にでも捨てておけばいい」


「ですが」


「いいから、そうするんだ」


「……かしこまりました」


 結局俺はうなだれたまま、何一つできないまま、ただただ打ちのめされて、城の外へと連れ出される。


 ……謝りたかったのに、姫さんとの距離は、遠く隔たってしまった。



 乱暴な手つきで、正門から城の外にゴミのように放り出される。

 銃もナイフも奪われ、体も心もボロボロにされて。


「二度とエレオノーラ様に近寄るな!この自動人形風情が!」


 胸を切り裂くような一言を残して、硬く城門が閉ざされる。あとに残るのは、負け犬が一人きり。


「……ちくしょう」


 歯噛みして、耐える。それしかできない。

 俺が、俺が姫さんの足を引っ張っちまった。

 なんで、こんな。


「くそ!」


 俺はふらふらと立ち上がって、元来た道を歩いていく。

 まるで絶望の暗闇の中を歩いているような気分だった。

 無様な姿をさらしながら、傷つけられ痛む体を引きずって、途中、何度も考えた。今回の失点を全て無かったことにするような方法を。だが、何一つ思い浮かばないまま、俺はこの世界での拠点にしている小屋に何とかたどり着く。


「あ?」


 おかしいな、灯りが付いてる。

 確かに、消して出て行ったはずなのに。

 そっとドアノブに力を込めると、抵抗なく扉は開いた。鍵も、かかっていない。


「なんでだ」


 まだこれ以上、なにかあるというのだろうか?

 俺は警戒しながら、玄関をくぐる。キッチンから、人の気配が感じられた。

 腰のナイフに手を伸ばそうとして、舌打ちする。もう、ナイフも銃もそこに在りはしない。

 意を決して、というよりはもうどうにでもなればいいという自暴自棄を抱えて、俺はキッチンに足を踏み入れると、そこには。


「あれ、思ったより早かった……って、どうしたのさ、アル!フラフラでボロボロじゃないか!」


「お前、なんで」


 ロッテが、どういう訳か勝手にくつろいでいた。


「ボク?ボクは、頼まれてたコードの解析が終わったから……。いや、そんなことより、アル。早く横になって、治療をするから!」


 ロッテが心配そうな声を上げるが、俺の耳には入らなかった。それよりも、重要なことがある。


「待て、お前、なんて言った」


 俺は今、どんな目をしているだろうか。


「コードが、完成したのか」


「え?あ、うん。確かに、これで理論上は君の世界のコードは、全て使えるってことになる、けど」


「見せてくれ」


 この心持ちは、そうだ。

 まるで、あの日々と同じような。


「どこにある!!」


「それは……、君が、いつも譜面を書いてる作業台の上に」


 ロッテのことを押しのけて、俺は駆けだした。もう、待ってなどいられなかった。


「アル待って。君、今」


 最後まで言葉は聞かずに、俺は工房に飛び込む。

 果たして、作業台の上に、そいつは、あった。


 作業台のそれを、齧りつくように必死で見る。

 どこかに矛盾は無いか、本当に使えるかどうか、俺に扱えるかどうか。あらゆる思考を総動員して、その式を読み解く。

 結果は、完璧だった。

 全部、全部考えた上でそう結論付ける。ここには、完璧な理論が横たわっている。

 俺は、泣いているのだろうか?


「なんで」


 何故俺は、この式を大事そうに抱えているのだろうか。


「なんで、今なんだよ!」


 もう、何もかもが分からない。

 何が大事だったのか、誰を救いたかったのか。

 俺が、救われたかったのかどうかさえ。


「アル……」


 俺は、それを一片の傷もつけないように抱えて、嗚咽を漏らしながら泣いた。


「う、うぅ、うぅぅ」


 背後にいる彼女のこと、俺を待っている人のこと、世界のこと、そしてあの予言のことを抱えて、俺は泣いた。

 それだけしか、やりようがなかった。

 けれど、もうだめだった。全部が全部だめになってしまった。

 残酷に時は進み、俺の目の前にあの日の光景が淡々と、現実味を帯びて近づいて来るようだった。

 絶対にならないと叫んだあの日は遠くに去っていき、絶対ならないと叫び見た光景が近づいてくる。

 それは、もうどうしようもなく。

 月明かりの夜の下、彼女の作った美しい式だけが、まるで悪魔の残した契約書であるかのように。

 ただただ、俺の寄る辺であり続けた。

 その、はずだった。


「アル」


 背中に、感じる、温もり。


「……ロッテ?」


「聞いて、欲しいことがあるんだ」


 小さな体が、俺の小さくなった背中を抱きしめている。

 恋人がするように、ではない。俺が、どっかに行っちまわないように。


「ボクの、本当の名前はシャルロット」


「え?」


 偽名。俺と、同じ。偽物の名前を名乗らなくてはならない人生なんて、そんなの。


「ボクという存在は、ある悲劇の結果に過ぎないんだ」


 俺は一瞬、この少女のおかげで自己と言うものを取り戻せた。それは、あの日おやっさんがかけてくれた言葉に似ていて。


 俺の心を、捕えて離さなかった。


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